28、十二執行官序列五位『鷲鼻』のプルチネッラ⑥
プルチネッラの姿は、一言で表現するなら『人の形をした巨大なカラス』だ。
全長は三メートル以上、重さも数百キロはありそうだ。
背中には巨大な翼、顔立ちにプルチネッラの名残はあり、鷲鼻はそのままだ。
海斗は冷や汗が止まらなかった……それくらい、プルチネッラの威圧感が凄まじい。
「絶対に許さん……貴様を、徹底的にいたぶってやる」
プルチネッラが翼を広げると、パラパラとカラスの羽が落ちる。
同時に、落ちた羽が変わり、カラスとなって海斗、そして周囲の味方に襲い掛かった。
「『鴉魔』!!」
「全員、カラスから身を守れぇぇぇ!!」
無数のカラスが、鋭利な嘴を向けて襲い掛かって来た。
海斗は犬の骨、蛇の骨を投げて叫ぶ。
「『骨命』!!」
骨の犬、骨の蛇が顕現、犬がカラスに食らいつき、蛇が海斗の腕に巻き付く。
海斗は腕を振り、蛇の骨を鞭のように使いカラスを叩き落とすが、カラスの動きが素早い。
「ぐあっ!?」
背中に、カラスの嘴が突き刺さった。
骨の犬が海斗の背中にいたカラスに食らいつく。
「くそ、数が欲しい……力はデカいけど、仕方ない」
海斗はアイテムボックスから、デカい骨を何本か出して放る。
「『骨命』───熊!!」
熊の骨が組み上がり、全長二メートルほどの骨の熊へ変わる。
骨の熊は、両手をブンブン振ってカラスを叩き落とす。
「では、これではどうだ? 『付与』」
「まずい!! 魔法師部隊──……」
海斗が叫ぶ。だが、魔法師部隊の数名はすでに、カラスに啄まれ悲惨な肉片になっていた。
タックマンを見ると、片腕を失っていた。メイヤーズを守りつつ騎士たちに指示を出している。
他の騎士は、回復士たちを守ろうとカラスに立ち向かっている。だが、あまりの数の多さに完全には守り切れていない。マリアが血を流しながら、味方の回復をしていた。
「ぐぁぁっ!?」
余所見をしている場合ではない。
骨の熊でも守り切れない。
海斗が見たのは、真っ赤に燃えるカラス、凍ったカラス、カマイタチを纏ったカラス、紫電を帯びたカラス……プルチネッラの『完全付与』で属性を帯びた、無数のカラスだった。
「『骨命』、虎、犬!! ……っぐ」
海斗はめまいがした。
負傷もある、だがそれ以上に『邪骨士』の力を酷使しすぎた。
現在、海斗が使役できる『骨の動物』は、最大で四体。大きさを変えればもっと呼び出せるが……犬が二頭、虎、熊が一頭ずつだ。
熊は本来、単体で使役する動物だ。だがそんなことを言っている場合ではない。
「ククク……貴様は、徹底的にいたぶって殺してやる。この場にいる人間、全員を殺してから、貴様の手足を食い千切り、王都の人間を皆殺しにするのを見せつけ、絶望しきったところで殺してやる!!」
完全にブチ切れていた。
海斗の背中に、凍り付いたカラスが激突し、背中が裂けて血が出る。
「う、っぐぁ……!?」
地面に倒れると、土の中から現れたカラスが腹に激突し、カマイタチを帯びたカラスが腕に激突する。そして、雷を帯びたカラスが海斗の背中に着地した。
「ぐぁっがああああああああああ!!」
感電。背中の傷が焼け、意識が吹き飛びそうになる。
すると、海斗の操っていた骨が全て、ただの骨となってしまう……集中が切れ、スキルが解除された。
海斗はギリギリのところで意識を繋いでいたが、プルチネッラが海斗のすぐそばに着地……頭を踏みつけた。
「う、ぐ……」
「さて、少年……これを見たまえ」
「……ッ!?」
プルチネッラの手には、傷だらけのヨルハが掴まっていた。
「ククク、隠し玉としては見事。気配の消し方は野生の動物と同等だね……フゥム、彼女はキミにとって、大事な人間かね?」
「…………」
海斗は答えない。
すると、プルチネッラが指を鳴らす。
「では、これを見たまえ」
プルチネッラが海斗を蹴り飛ばすと、海斗は地面を転がった。
そして、見た。
「な……」
タックマン、メイヤーズ、マリア……そして、プルチネッラ討伐に同行した全ての騎士、兵士、魔法師、回復士たちが、カラスによって両腕を掴まれ、上空を浮遊していた。
全員、大怪我をしていた……意識を失い、血を流している。
海斗は、開いた口が塞がらない。
「ハッハッハッハッハッハ!! まさか、本気で人間如きが、魔族の頂点である十二執行官、序列五位であるワタシを倒せると思ったのかね? 実に面白い!!」
プルチネッラは爆笑した。
そして、海斗の背中を踏みつけ、何かに気付いたように周りを見回す。
「おや、ネヴァンがいない……逃げたのか。まあいい。正直もう飽きていたところだ。野良のカラスに戻ったところで、特に問題はない」
「…………」
「さて少年。全員を殺す前に……」
プルチネッラは、ヨルハを投げ捨て……海斗の胸倉を掴んで持ち上げた。
そして、顔を近づけて言う。
「『魔王の骨』を出したまえ。人間という弱い種族の中では、よくやった方だ……怒り、我を忘れたが……ここで出すなら、この場にいる全員の処刑だけで、王都の人間に手は出さないと誓おう」
「…………」
海斗は、痛む背中、出血でぼんやりする頭で思った。
(……あーあ。俺……なんでこんなことやってんだろ)
目の前には、プルチネッラ。
そもそも、少し前までただの高校生だった海斗が、こんなバケモノに適うわけがないのだ。
知っているラノベの世界だから、シナリオを知っているから、先回りすれば敵をハメ殺せるから。だからこの世界は俺が救う……そんな、馬鹿みたいなことを考えてしまった。
その結果が、これ。
(……俺は俺のままで、リクトが気に食わないって理由だけで追放なんかしないで、リクトの補佐でもしてれば……こんな目には)
プルチネッラの手を掴む力が、弱くなる。
海斗は、アイテムボックスにある『魔王の骨』のことを考えた。
そして、気付いてしまった。
「ああ……はは、そうかぁ」
自分なりに、やったつもりだった。
その結果がこれだ。
結局、海斗も同じだったのだ。
「俺も、自分のことしか考えず、自分だけの考えで行動してる……クズじゃねぇか」
「フゥム? 頭がおかしくなったのか?」
「…………俺は」
海斗は、打ちのめされた。
もう、勝ち目がない。
そう思い、『魔王の骨』を渡そうとアイテムボックスを開こうとした時──。
◇◇◇◇◇◇
「「「うおおおおおおおおおおおおおお──ッ!!」」」
◇◇◇◇◇◇
どこかで聞いたことのある声が、聞こえてきた。
その場にいる誰もが、その声の方を見た。
「フゥム。あれは援軍かね?」
「…………はあ? なんで」
物凄いスピードでこっちに向かってくるのは、一頭の馬に無理やり乗った三人の男女。
ハインツ、マルセドニー、ナヴィアの三人だった。
「カイトのクソ野郎ぉぉぉぉぁぁぁぁ!! 諦めたような顔してんじゃねええええええええええ!!」
ハインツが叫ぶ。
プルチネッラはつまらないものを見るように鼻を鳴らすと、数羽のカラスが飛んでいく。
属性を帯びたカラスが、三人の乗る馬に直撃しようとした時だった。
「ボクの頭脳を舐めるなよ」
眼鏡を煌めかせ、マルセドニーが右手の人差し指で側頭部を叩き、左手を向けた。
「『火』、『水』、『風』、『雷』」
四つの『指弾』が飛び、カラスに命中、カラスが消滅した。
馬が止まり、マルセドニーとナヴィアが降りた。
プルチネッラは眉を吊り上げて言う。
「何……? クズが、何を」
「ななな、舐めるなよ!! ぼ、ぼぼ、ボクの頭脳ならなあ!! そのカラスが属性を帯びてることくらい一瞬で判別できるんだあ!! あ、ああ、相反する属性をぶつければ、簡単に相殺できるんだよお!!」
ジョブ能力、『賢者』
スキル『鑑定』、そしてスキル『詠唱破棄』。
マルセドニーは、足をガクガク震わせながらも、プルチネッラに指を突きつけた。
「余所見してんじゃねええええええええええ!!」
「ッ!!」
いつの間にか、馬に乗り落ちていた突撃槍、背中に盾を背負ったハインツが接近。
突撃槍でプルチネッラの腕を叩くと、海斗を離す。
ハインツが海斗の腕を掴むと、そのまま力任せにナヴィアの方へ放り投げた。
プルチネッラは、自分の腕をさする。
「この、威力……貴様」
「舐めんじゃねえ!! オレぁな、オレぁ……こんなところで負けられねえんだよ!!」
ジョブ能力、『聖騎士』
スキル『騎乗』の力により、ハインツは騎乗した動物を意のままに操り、その潜在能力を極限まで解放する。
そして、ナヴィアは海斗の前で、真剣な表情で祈る。
「お、まえ……」
「黙って」
その凛とした声は、いつものだらしないナヴィアではなかった。
「『超回復』」
ジョブ能力、『聖女』
スキル『超回復』の力が、海斗を癒す。
背中の傷が消え、細かい傷も全て消え……海斗は身体を起こし、ナヴィアを、マルセドニーを、ハインツを見た。
ハインツはプルチネッラを相手に勇敢に立ち回り、マルセドニーは飛んで来る属性付与されたカラスを魔法で撃ち落とし、ナヴィアはカラスに拘束されている兵士たちを回復する。
「オレぁ……」
「ボクは……」
「あたしは……」
三人は、同時に叫んだ。
「「「クズなんかじゃ、ない!!」」」
その魂の叫びは、海斗の心に突き刺さった。
◇◇◇◇◇◇
三人が覚醒した。だが……プルチネッラ相手に長くは持たない。
海斗は立ち尽くし、自分の馬鹿さ、そして間抜けさを本気で呪った。
「ははは……」
これではっきりした。
誰よりもクズなのは、海斗だった。
三人は変わり、諦めず、抗った。そしてここに来て、誰もが認める戦士となった。
覚悟の違い……それを、海斗は見せつけられた。
「………そうだよな。ああ、そうだ……覚悟を決めなくちゃいけないのは、俺だった」
「うっぐぁぁぁ!!」
「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ハインツが無数のカラスに襲われ、馬が負傷し吹き飛ばされた。
マルセドニーも、撃ち落とせなくなったのか、カラスに襲われ始める。
ナヴィアも、慣れない回復魔法を連発し、疲労が濃い。
それでも三人は、諦めなかった。
ハインツが叫ぶ。
「おいカイトぉ!! 休んでないで手ぇ貸せよ!!」
「……ああ、そうだな。俺も……腹ぁ決めたよ」
海斗は、アイテムボックスから『魔王の骨』を取り出した。
「プルチネッラぁぁぁ!!」
「───!! おお、それは……!!」
海斗は、『魔王の骨』を頭上に掲げる。
右腕の骨……指先から肩まで揃った、人骨だ。
「お、おおお!! 神々しい、なんと神々しい!! そ、それが……魔神様の一部、魔王の骨!!」
「そうだ。お前ら魔族がずっと探している、七つの骨の一つ!!」
「よ、よこせ、それは、貴様のような人間が触れていいものではない!!」
海斗は、魔法の骨を掲げたまま叫んだ。
「俺は、覚悟を決めた!! 仲間を、この世界を守るため……命を懸けて戦う!!」
魔王の骨を強く握る。
不思議と温かく、まるで熱を持ったような気がした。
「『魔王骨命』!!」
海斗の切札……それは、『魔王の骨』を使うことだった。
海斗が魔王の骨に力を注ぐと同時に、魔王の骨が砕け散った。
同時に、骨が粒子となり周囲を漂い、そのまま海斗の右腕に吸収される。
そして……海斗の腕にファイアパターンのような紋章が刻まれた。
その様子を、プルチネッラは茫然と、周りの人間たちも唖然として見ていた。
「き、さま」
海斗は、自分の右手を開き、閉じ、握りを確かめる。
「なるほどな、こりゃいいや」
ニヤリと笑い、右手をハインツ、そしてマルセドニー、ナヴィアと順に向ける。
すると、骨が操作され、身体が勝手に動いて海斗の元へ。
「お前ら、悪かった。お前らはクズなんかじゃない……ざまあキャラでもない。この世界に生きて、この世界を守ろうとする意志を持った、れっきとした人間だ」
「「「は?」」」
「ハインツ、マルセドニー、ナヴィア。手ぇ貸してくれ」
海斗が言うと、ハインツたちは顔を見合わせ……笑った。
そして、海斗の隣に並び立つ。
「へっ、手ぇ貸してやるぜ。この『聖騎士』ハインツ様がな!!」
「フ……天才の頭脳も必要だろう? この『賢者』マルセドニーのね」
「バカな脳筋男たち~、すぐ怪我しそうだし、この『聖女』ナヴィアが治してあげる」
海斗は、三人より一歩前に出て、右手をプルチネッラに向けた。
「さあ、ここからのシナリオは、俺たちが作る!!」
最終決戦が、始まった。