27、十二執行官序列五位『鷲鼻』のプルチネッラ⑤
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海斗たちは、プルチネッラが待つ東の平原に向かっていた。
東の平原……周囲に遮る物はない、見渡す限りの大平原。
プルチネッラがそこを選んだのは、海斗による卑劣な作戦、罠を回避するためだろうか。
少なくとも、プルチネッラは海斗を『敵』と認識している。
「くそっ……」
先頭を歩く海斗が舌打ちすると、タックマンが言う。
「カイト。焦り、油断は禁物だぞ」
「……わかってます。でも……本当に、勝ち目が薄い」
「それでも、やらねばならん。ふふ……まさか、生きている間に、執行官と戦うことになるとはな」
タックマンは誇らしげだった。
スカラマシュの脅威が消え、人間の国は平和になるはずだった。だが……『魔王の骨』のせい。いや、海斗がストーリーを歪めたせいで、こうして本来の筋書きでは関係のないタックマンたちが危険に晒されている。
これは、海斗のせいでもあった。
「……すみません。俺のせいで」
「何を謝る。カイト……キミは、この世界を救う『救世主』だ。謝ることなんてない、思ったように、自分の力を尽くして戦いたまえ」
「……はい」
タックマンの武骨な優しさは、今の海斗の心に沁みた。
そして、歩くこと二時間……上空に、カラスが集まり出した。
「……監視のカラスか」
「カイト、どうする」
「……恐らく。ネヴァンもどこかに潜んでいるはずです。作戦通り、タックマン団長は、ネヴァンの相手を。ジョブ能力者の魔法師を補佐にお願いします」
「わかった。カイト……気を付けろ」
「ええ、俺だって死ぬつもりありませんよ」
タックマンが下がり、騎士と魔法師たちに命令をする。
そして、海斗の傍にメイヤーズと、数名の騎士が来た。
「あたしらは補佐でいいんだね?」
「ええ。俺がプルチネッラと戦います……マークスさん、俺の補佐を」
「わかりました。あなたのことは、命を懸けて守りますので」
「そういうのは必要ありません。生き残るために力を尽くしてください」
「……わかりました」
そして……との時は来た。
上空に、大量のカラスが集まり、カァカァと鳴き始めたのだ。
海斗たちが上空を見上げると、一羽のカラスが上空で羽ばたき、そのカラスを中心に大量のカラスが集まり出し、一つの大きな黒い塊となる。
黒い塊が一気に爆ぜると……そこにいたのは、漆黒のスーツにマント、帽子をかぶった鷲鼻の男。
手にはステッキを持ち、ゆっくりと地上に降りてきた。
「フゥム。これはこれは、大勢のお客様だ。歓迎せねば」
十二執行官序列五位『鷲鼻』のプルチネッラ。
クルクルとステッキを回し、どこか楽しそうにタップダンスを踊り出す。
すると、上空から一羽のカラスが飛んできて人の形になり、海斗を睨みつけた。
「お前……やっと殺せる」
ネヴァン。
リクトのハーレムメンバーの一人、魔族に魂を売った『翼人』の少女は、両手にナイフを持ち構えを見せた。
だが、プルチネッラがステッキで頭をコツンと叩く。
「待て待て。これで最後なんだ……話をしようじゃないか」
「……別に、話すことなんてないだろ」
海斗はアイテムボックスから鳥の骨を出し、両手で握る。
だがプルチネッラは余裕を込めて言った。
「戦うつもりのようだが……それは最大の愚策と言わざるを得ない。ワタシをスカラマシュと同じとは思っていないだろう?」
「…………」
「魔王の骨。それを渡せば、少なくとも人間に手を出さないと誓おう。ワタシを信じてほしい」
「……っは」
海斗は鼻で笑った。
「『骨命』」
そして、骨に力を込め、骨の小鳥を四羽作り出す。
「お前を信じる? そんな馬鹿な話あるか。お前は魔族……虫人をカラスのエサにして食わせ、領内を『餌場』とか言うゲス野郎だ。そんなお前の言葉なんか信じるわけがない」
「フゥム。なぜ、虫人の領内のことを知っている? フゥム……今更だが、キミは何なんだ? 普通のジョブ能力者ではない、何か特別なものを感じる」
「さあな。でも、俺はお前のこと、よく知っているぞ。例えば……仲間意識なんて欠片もない十二執行官だけど、お前は『恋人』コロンビーナを愛しているとか」
「…………」
プルチネッラの眉がピクリと反応した。
海斗はニヤリと笑って言う。
「だけど……『道化』アルレッキーノがいるからそれは無理だと思っている。だが、心の内ではアルレッキーノを殺し、コロンビーナな手に入れたいと思っている……とか」
「…………」
プルチネッラの眉がピクピクと反応する。
いつの間にか、海斗はプルチネッラと二人で対峙している。
他の騎士、魔法師たちがいない。そのことにネヴァンが気付いた。
「あ、主!! 人間たちの様子が変です!!」
「なら、あなたがどうにかなさい。ワタシは、この小僧に話がある……」
ネヴァンは海斗をジロリと睨み、仕方なくその場を離れた。
プルチネッラは、ステッキを海斗に突きつける。
「貴様……何者だ?」
「全部図星か。くくく、教えてやろうか? 俺は未来予知、さらに過去を知ることができるんだ」
「…………」
「さて、プルチネッラ……お前の未来、どうなるか教えてやろうか? それとも、未来を変える方法か? 例えば……十二執行官序列一位、『道化』アルレッキーノを殺す方法、とか……」
プルチネッラ以上に邪悪な笑みを海斗は浮かべ、手にじゃれつく骨の小鳥を撫でた。
海斗の策……海斗は、内心で冷や汗を流していた。
(乗ってきた。いいぞ……隙を見せろ)
そう思っていると、すぐ近くでカラスたち、そしてネヴァンが暴れ出した。
タックマンが指示を出し、ネヴァンを相手に立ち回っている。
魔族だが、ネヴァンはそこまで強くない。タックマンなら、魔法師と協力してネヴァンを間違いなく打ち取るだろう。
それに、プルチネッラは海斗を見て考えている……これも、海斗の作戦だった。
(序列二位、『恋人』コロンビーナ……苦し紛れのエサ情報だったが、こうも揺れるとは。今なら、こいつを殺れる……!!)
海斗は冷や汗を流しつつ、機会を待つ。
チャンスは一度……この機会を逃せば、恐らく勝機はほぼない。
「一つ、質問をしても?」
「……ああ、いいぞ」
「『恋人』……コロンビーナを、本当に手に入れることが? ああ、あなたを疑ってはいません。ワタシの想いはネヴァンも、他の十二執行官も知らない。ワタシだけの気持ち……それを知った理由も興味はない。だが、『道化』アルレッキーノを倒せるというなら……」
次の瞬間、プルチネッラの背中に苦無が突き刺さった。
心臓を貫通……プルチネッラは驚いたように自分の心臓を見る。
「……な」
「油断したな。なあ、ヨルハ」
プルチネッラが首だけを動かすと、背後にいたのはヨルハだった。
冷たい目をしており、苦無を握ったままグリグリと心臓を抉るように動かしている。
「……ぐはぁ!?」
プルチネッラは盛大に吐血。
苦無を抜き、ヨルハはプルチネッラを見下ろす。
そして、海斗が言う。
「悪いな。まともにやっても勝てる気がしないから、卑怯な手を使わせてもらった。ふぅ……上手くいってよかった。ありがとな、ヨルハ」
「いえ……では、誰かに見られるわけにはいかないので、ここで」
ヨルハは近くの藪に飛び込んだ。
海斗は、プルチネッラに近づいて言う。
「まさか、お前が本気で『道化』を倒そうとするなんてな……俺の情報を頼るとは、そこまで『道化』は厄介なんだな」
「き、貴様……」
どくどくと、プルチネッラの心臓から血が流れている。
魔族の弱点である心臓の『核』に亀裂が入った。もう、プルチネッラは助からない。
海斗は安心したようにしゃがみ込み、プルチネッラに顔を寄せる。
「『道化』の弱点は知ってる。そいつだけじゃない……俺は、十二執行官全員の弱点を知ってるんだよ。さて、これで残り十人……執行官は、俺が全員殺してやるよ」
「…………」
「お、見ろよ。お前の可愛いカラス、落ちそうだぜ」
海斗が指差した方向を見ると、ネヴァンが魔法と矢の一斉射撃を受け、深いダメージを受けた瞬間だった。矢が背中に何本も刺さり、魔法で焼かれ半身に大火傷を負っていた。
そして、勝てないと判断したのか、フラフラとどこかへ飛んで行くのが見えた。
「さあ、お前も終わりだな。プルチネッラ……安心して消滅しろよ。お前の仲間も、みんな送ってやるからよ」
「…………さん」
「あ?」
次の瞬間、海斗は見た。
プルチネッラの瞳が真っ赤に輝き、牙を剥き出しにした瞬間を。
「貴様だけは許さん……殺してやる!!」
「ッ!!」
すると、プルチネッラの周囲に大量のカラスが集まり出す。
上空を旋回していたカラス、森に潜んでいたカラス、そしてプルチネッラが新たに生み出したカラスがプルチネッラを包み込み、巨大な漆黒の球体となって浮かび上がった。
海斗は真っ青になり叫ぶ。
「やべえ!! おい魔法師部隊、弓矢部隊、一斉射撃!! あの玉を破壊しろぉぉぉ!!」
海斗が叫ぶ。
魔法師たち、弓矢部隊も海斗から聞いていた。
魔法を、矢を放ち漆黒の玉を狙って放つ……だが、黒い玉が爆発するように爆ぜ、吹き飛ばした。
現れたのは……漆黒の翼を持つ、カラスが擬人化したような存在。
「許さん、許さんぞ……人間!! 貴様だけではない、この場の全員、そして人間の国!! 何もかも滅ぼしてくれるわ!!」
プルチネッラ、そして『鴉王バズヴ』の融合形態。
十二執行官だけが使える、災厄魔獣との融合。
その強さは、従来の数十倍。
「…………くそ!!」
状況は、最悪だった。
この『魔性化』こそ、海斗が使わせたくない、執行官の切札。
プルチネッラの命は間違いなく終わる……だが、その怒りが、恨みが、プルチネッラを生かしていた。
書籍化決定しました。
レーベルはGA文庫さんです。詳細は後日改めて報告します!