23、十二執政官序列五位『鷲鼻』のプルチネッラ①
海斗がネヴァンを逃がした数日後……デラルテ王国の上空を『カラス』が覆い尽くした。
何が起きたのか。
クリスティナは慌てて城の中庭へ。そして、武装した騎士、兵士たちも集まりだす。
そして、海斗は真っ青になり、部屋の窓からその様子を眺めていた。
「さ、最悪だ……」
上空を、数千羽のカラスが飛び、旋回……そして、カラスたちが一か所に集まると、漆黒の炎が包み込み、一気に爆ぜた。
そして、カラスたちがいた場所に、一人の男がいた。
上空から、羽もないのに浮かび、ゆっくりと降りてくる。
その様子を、海斗は心臓が止まりそうなくらい緊張し見た。
間違いなかった。
「十二執政官、序列五位……『鷲鼻』のプルチネッラ」
原作終盤で、リクトたちが戦う敵。
そのころのリクトは勇者の力にとっくに覚醒、数多くの仲間、そしてジョブの能力に目覚めており、プルチネッラと対等の戦いを繰り広げた。そして……辛勝。
原作終盤のリクトですら、プルチネッラには苦戦を強いられたのだ。
それなのに、まともな戦力もない今の状況……勝ち目など、あるわけがない。
「目的はまず間違いなく『魔王の骨』……どど、どうする? 渡すか? いやでも、渡したら殺されるし、渡さなくても殺される……」
冷や汗が止まらない。
原作ではどうしたか。リクトはどうやって戦ったのか。プルチネッラの弱点は。
考えるが、何も浮かばない。というか、考えられない。
すると、プルチネッラがついに地上へ降りてきた。
「…………フゥム」
クリスティナは、汗をだらだら流し、震え、歯をカチカチ鳴らしながらも、カーテシーで一礼。
歪んだ笑顔を浮かべ、プルチネッラに言う。
「は、はじめまして……わたくし、デラルテ王国代理女王、クリスティナと申します」
クリスティナは、プルチネッラの存在を知らない。
この場にいる誰もが知らない。だが……その存在感、圧倒的魔力、そして威圧感が、スカラマシュ以上の魔族……バケモノだと理解せざるを得なかった。
プルチネッラは静かに言う。
「安心したまえ。ワタシは……絶望的なまでに、キミたちに興味がない」
そして、コツコツと足音が響き、クリスティナに顔を寄せる。
クリスティナは、おびただしい量の汗を流す。
プルチネッラは、クリスティナの髪を一房掴み、指で弄びながら言う。
「魔王の骨。それはどこにある?」
「……ぇ」
「それだけだ。ワタシは人間に全く興味がない。肉としては良質だが……ワタシのカラスたちは最近肉を食べ過ぎなのでね。昆虫食に切り替えているのだよ」
「ぁ、はぃ」
クリスティナは、かすれ声しか出なかった。
そして、プルチネッラは続ける。
「魔王の骨さえ回収すれば、これまでと変わらない生活が送れる。魔王の骨……どこにある?」
それが何なのか、クリスティナには全く理解できない。
だが、『知らない』と言って機嫌を損ねれば、クリスティナは一瞬で塵となる。それか、上空を旋回しているカラスたちが、この場にいる人間に襲い掛かるだろう。
「おやおや、怖がらせるつもりはないのだがね」
クリスティナは、あまりの恐怖、震えで失禁していた。
気を失わないだけでも大したものだが、プルチネッラは首を振る。
「知らないようだ。フゥム……魔王の骨を手にいれた者が隠しているのか。んん?」
ふと、微弱な魔力を感じた。
プルチネッラが視線を向けると、四つん這いになって逃げだそうとする人間がいた。
ハインツ、マルセドニー、ナヴィアの三人である。
三人は、何かの騒ぎが起きたととりあえず中庭に集合。プルチネッラの威圧感に押されて腰を抜かし、ようやく動けるようになり、四つん這いで逃げだそうとしていた。
プルチネッラは、そんな三人を見て笑う。
「はっはっは!! そこの三人……お前たち、ネヴァンと交戦したな? 僅かに、彼女の魔力が付着しているぞ」
「「「!!」」」
ビクッと震える三人。
プルチネッラは興味を持ったのか、三人にゆっくり近づいて顔を覗き込む。
「ひっ」
「あ、あひ」
「うひぃぃぃ!!」
三人は寄り添い、震え、漏らし、泣きだした。
尋常じゃない震えに、プルチネッラは苦笑する。
「あまりにも程度の低い、クズ中のクズといったところか。こんなクズに、我が愛しのカラスは傷を負わされたのか……フゥム、ではでは、少し余興をしよう」
すると、上空から一羽のカラスが舞い降り、プルチネッラの肩に止まる。
「今から、お前たちの三人のうち、誰か一人の心臓をこのカラスが食い破る。フゥム……お前たち三人で、誰を生贄にするか、選びたまえ」
「「「……え」」」
「ネヴァンの件、それで手を打とう。さあ、どうする?」
ハインツ、マルセドニー、ナヴィアはそれぞれ顔を見合わせた。
「マルセドニー、テメェが生贄になれよ。お前が魔法をしくじったの、それでチャラにしてやる」
「ばば、馬鹿を言うな。それだったらナヴィアだろう。何の役にも立たない聖女なんて、意味のないクズだしね」
「はああ? ふざけんな、元はといえば、ハインツがビビッてるから悪いんじゃん!! オマエが死んじまえバーカ!!」
ギャアギャアと、三人は互いを罵り合う。
その様子を、プルチネッラはもちろん、騎士も、兵士も、タックマンも、メイヤーズも、マリアも、そしてクリスティナも見ていた。
あまりにも、醜い争いだった。
そして、プルチネッラは笑う。
「く、ははは。はーっはっはっは!! ククク……人間は全種族の中で最も愚かな種族と聞いて、スカラマシュが管理するのは当然と思っていたが……まさか、ここまでとは!! 特にこの三人、人間の中で最も下劣で、クズで、生きる価値のない存在ではないか!!」
「「「…………え」」」
「周りを見てみろ。フゥム……これほどとはなあ」
その場にいる全員が、ハインツたちを見ていた。
憐憫の目……落伍者を見るような目で。
「いやあ、楽しませてもらった。フゥム……ワタシも長く生きているが、これほどのクズに出会ったことはない。喜べ……お前たち三人は、この世界で最も醜く、憐れで、情けないクズである」
「「「…………」」」
三人は真っ青になり、俯いてしまった。
プルチネッラはニコニコ顔のまま言う。
「さて。魔王の骨に戻ろうか……フゥム、誰も知らないと言うなら、もうこの国に用はないわけだが。楽しいモノを見せてもらった礼に……そこのキミ」
「え、あ、はい」
クリスティナを指差すと、カラスが数羽上空から降りてきてクリスティナを囲う。
「ワタシのカラスのエサとなる名誉を与えよう」
「え」
「さて、こうなれば魔力の残滓を追うしかないか。やれやれ、面倒だ」
そして、カラスが一斉にクリスティナに向かって行く。
「っきゃああああああああ!!」
「姫様!!」「姫様!!」「姫様!!」
タックマンが剣を抜き、メイヤーズが詠唱を始め、マリアがクリスティナを守ろうと飛び出す。
だが、カラスがクリスティナの身体を啄もうとした時だった。
「魔王の骨なら、俺が知っている」
「───!!」
ピタリと、カラスが時間を止めたように停止した。
プルチネッラがゆっくりと振り返ると……中庭の入口に、海斗が立っていた。
「フゥム。キミが……持っているのかね」
「正確には持っていない。俺しかわからない場所に隠した。俺の命令で、いつでも破壊できる」
「…………」
次の瞬間、カラスが一斉に海斗を取り囲んだ。
だが、海斗は表情を変えない。
「別に、殺しても構わんのだが?」
「やめた方がいい。さて……なんで俺がこんな余裕を見せているかわかるか?」
そう言い、海斗は鳥の骨を手に持つ。
「『骨命』」
すると、骨が組み上がり小鳥となり、パタパタと飛び始めた。
「俺のジョブは『邪骨士』……見ての通り、骨に干渉できる。その意味、わかるか?」
「…………」
プルチネッラは目を細め……思い切り見開いた。
「まさか、貴様……!!」
「正解。俺は『魔王の骨』に干渉できる。もし、この国に手を出せば……『砕け散れ』って命令しても構わないんだ」
海斗が指を鳴らすと、プルチネッラの周りを飛んでいた骨の小鳥が爆散した。
新技、『骨爆弾』……骨を破裂させるスキルである。
「お前ら魔族にとって、『魔王の骨』がどれだけ大事か理解しているつもりだ」
「…………く、ククク、クハハハハ」
プルチネッラは笑った。
そして、パンパンと手を叩き、海斗を称賛する。
「面白い。キミは……ワタシがこれまで出会った人間の中で、最も腹立たしい」
「それはどうも」
「では、取引といこう。どうすれば……『魔王の骨』を譲ってくれる?」
「……この国から手を引くこと。そして、今後一切、手を出さないこと」
「いいだろう」
プルチネッラは即答した。
海斗の予想通りだった。
プルチネッラは、人間に興味がない。だから、こう言えば手を出すことはないと、海斗は確信していた。
「約束は守ろう。さて……渡してくれるかな?」
「……ここでは渡せない。国外の、安全な場所で渡す」
「いいだろう。では……東にある大平原で待っている。何人でも連れてくるがいい。ワタシは一人でお出迎えしよう」
「わかった」
プルチネッラは帽子を押さえ、カラスたちに囲まれると……そのまま姿を消すのだった。