17、マルセドニーとナヴィア
マルセドニーは、ひたすら勉強をしていた。
図書室にて、机に周りには山ほど本が積まれている。
げっそりした見た目だが、眼だけがギラギラしており、ブツブツブツブツと何かを呟いてはノートにひたすらメモをしていた。
その様子を、海斗はメイヤーズと少し離れた本棚の影から見ていた。
海斗は、少し感心していた。
「なんだ、真面目じゃないか」
「真面目、なのかねえ……」
「……何か問題が?」
メイヤーズはため息を吐く。
「単語一つにつき1ギール支払う約束しているんだよで、それ聞いてやる気出してねえ……」
「……結局、金か」
「ああ。でもまあ、やる気にはなってるよ。金貰えるから、ってのが前に来るけどね」
「……まあ、知識が身についてるなら別にいいか」
「問題は、その金の使い方さね。あいつ……夜な夜なこっそり城を抜け出して、町でギャンブルしてるんだよ。あたしも、知ったのは昨日さ」
「ギャンブル? おいおい、禁止してるはずだぞ」
「どうやら、兵士を買収したみたいでね。そういうことばかり知恵の働くやつだ」
「……はあ」
勉強はしている……が、結局スキルはひとつも身についていない。
ただ、魔法に関する知識を身に着けているだけ。
しかも、金のため。禁止したギャンブルをするため。
海斗は呆れ、大きなため息を吐いた。
「こいつも、ダメかなあ……」
欲望は、ジョブを成長させ、スキルを得るきっかけになると思っていた。が……歪んだ欲望にジョブは決して応えないと、海斗は理解した。
そして、諦めたように言う。
「もういいや。勉強だけさせて、あとはもうギャンブルでも好きにやらせてくれ」
「……いいのかい?」
「ああ。ざまあキャラに期待した俺が間違ってたのかもな……」
もう一度だけ、マルセドニーを見た……が、やはり欲望に囚われて勉強をしているようにしか見えなかった。
◇◇◇◇◇◇
ナヴィアの様子を見に来たが……こちらも、ただ祈っているだけだった。
シスター服を着て、真っ白な神像に向かって祈りを捧げている。
でも、それだけ。
海斗は、マリアに聞いた。
「あいつ、真面目に祈ってるみたいだけど」
「祈ってるだけです。真の祈りでなければ、神には届きません」
「……えーと、つまり?」
「ただ手を組んで、祈っている振りだけ。彼女は……信仰心の欠片もありません」
「……あー」
手を組み、祈ったように見せかけるだけなら、海斗にもできる。
だが、シスターは違う。
信じ、心からの祈りを届けようと願う。その信仰心が届き……スキルとなる。
マリアは元聖女で、今も『聖女』のジョブを持つ。
本来ならマリアに仲間になってほしいと思ったが、マリアは信仰心が高すぎるせいで、教会から出たがらないのだ。
マリアは祈りながら言う。
「彼女はダメですね。祈ってはいますが、祈っていない。何もかもが無駄に終わるでしょう」
「そ、そうですか」
辛辣な言葉だった。
マリアはもう、ナヴィアを見ていない。
「……やっぱこいつも無理か。ざまあキャラは、どこまでいってもざまあキャラ……やっぱ、イチから探すしかないか。俺の、本当に頼りになる仲間を」
この世界を救う覚悟は固まっていた。
原作知識と、強い仲間。原作では一巻で死ぬざまあキャラは、クズキャラだがいいスキルを持っていた……だったら、こいつらを利用する。
そう思い、原作を曲げて救ったはいいが、何をしてもクズはクズだった。
海斗は、三人を見限ることに決めたのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日、海斗はさっそく行動を始めた。
「リクトのハーレムメンバーだけど、出会うのは終盤で、王国に戻ってからだから……まだ、お手付きになっていない。でも……」
海斗は、一人で城下町を歩いていた。
お供も付けず、クリスティナにも内緒。外に出たのも「今日は休みだから町でメシ食う」と言って出てきたのだ。
海斗は、これまで真面目に過ごしてきた。
本当の『カイト』は自堕落で、ざまあキャラ三人と仲良くなって国を危機に陥れるのだが……ここにいるのは『海斗』であり、この世界の物語の知識を持つ少年だ。
海斗は裏路地に入ると、アイテムボックスからいくつかの骨を出す。
「『骨命』」
ネズミの骨に命を与えると、小さな三匹の骨ネズミが海斗の足元へ。
しゃがみ込み、ネズミたちに命令する。
「いいか、誰にも見つかるな。それで、スラム街にある『ヨルハ』の家を探して、この手紙を持っていけ……よし、行け」
ネズミたちはダッシュで路地裏に消えた。
海斗は表通りに出て、いい感じのテラス席がある喫茶店に入り、果実水を頼む。
ついでにパンケーキを注文……この世界にもしっかりパンケーキがあり、美味しかった。
そして、思う。
「ヨルハ、か」
原作キャラ、そしてリクトのハーレムメンバーの一人。
原作終盤で仲間になる女キャラで、とある事情により最初は敵である。
問題は、その理由……それをリクトが解消し、仲間になるという。そしてヨルハを救うために奔走したリクトに惚れ、最後は盛大な結婚式を挙げるメンバーの一人となる。
正直、ハーレムメンバーには関わりたくないと考える海斗。だが、ざまあキャラが使い物にならない以上、味方は必要だ。
なので、鍛える必要のない味方。最初から強い仲間と考えていると、王都では一人しか思いつかなかった。
それが、ヨルハ。
「お……思った以上に早いな」
ネズミが戻ってきた。
一匹だけ。残りの二匹は始末されたようだ。
海斗はアイテムボックスに骨をしまい、ネズミの背骨だけを手に取り、わざとプラプラさせてからアイテムボックスに収納。
会計をして、のんびり歩き出す……すると、一人の老人が近づいてきた。
「すみません。道に迷うてしまいまして……」
「ああ、そりゃ大変だ。案内しましょうか? まあ俺もこの辺には詳しくないけど」
海斗は、腰の曲がった男性にそっと触れた。
次の瞬間、老人の身体がぴたりと止まる……が、海斗と並んでゆっくり歩き出した。
「『骨傀儡』……ここじゃない、静かな場所で話をしようぜ」
「…………」
海斗にはもうわかっていた。
この老人こそ、海斗の探していた人物だと。
◇◇◇◇◇◇
城下町にある小さな宿屋へやってきた。
受付は海斗がした。金を払い、一部屋だけ取り、二人で中へ。
おじいちゃんと孫が、少し離れた村から城下町へ遊びに来た……という設定だ。
部屋に入るなり、海斗は老人から少し離れ、備え付けの椅子に座る。
「お前に会いたかった……ヨルハ」
「はて、何のことか……それより、これは何だい? 身体が動かない」
「ヨルハ。暗殺一族「夜行」の最高傑作と呼ばれた暗殺者。「傾奇者」というジョブを持つ変装の達人だが、12歳の時に一族が皆殺しにされ一人生き残った……四年経過して十六歳となったが、他者との関わり方を知らないせいでロクな仕事ができず、貧乏生活を送っている……か」
「…………」
目の前にいる老人はニコニコしていた、が……海斗が最後まで言うと笑顔が消えた。
そして、目の前で顔が、服がドロドロになり、地面にドロドロが触れると消滅。
そのドロドロの下にあったのは、黒髪をポニーテールにし、頭巾をかぶり、口元をマスクで隠し、忍者装束を着た少女だった。
目付きが恐ろしい。海斗を敵と認識している。
「……目的は何だ。拙者を始末しに来たのか」
クール系美少女……と、海斗は思った。
だが、原作を知る海斗は知っていた。
海斗は、喫茶店で買った焼き立てパンをアイテムボックスから出し、ヨルハへ。
「食え」
「……貴様、拙者を馬鹿にしているのか」
と、次の瞬間……とんでもない腹の音がした。
ヨルハの腹からだ。
ヨルハは真っ赤になり、涙目になり、プルプル震える。
海斗は頭巾を外し、マスクをずらし、『骨傀儡』の力を少し弱め、上半身だけ動くようにした。
「腹減ってんだろ。とりあえず話は食ってから……ああ、毒とかはないぞ。ってか、俺が買ったのどこからか見てただろ?」
「……た、食べていい、のか」
「ああ。おっと、俺を攻撃とかするなよ。敵意はない」
「……依頼人なのか?」
「まあ、そういうことだ」
海斗はパンを全て渡す。
ヨルハは顔を綻ばせ、焼き立てパンをほおばり……おいしいのかパクパクと食べる。
海斗はアイテムボックスから果実水の瓶を渡すと、それも一気飲みした。
そして、パンを全て完食……海斗は食べている途中で『骨傀儡』を解除したが、ヨルハは食べるのに夢中で気付いていなかった。
「はああ……おなかいっぱい」
「そりゃよかった。ほれ、座って座って」
「ああ、感謝する」
敵意ゼロだった。ニコニコしながら一人用ソファに座り、姿勢を正す。
「それで、依頼か? 誰を殺す? それとも情報収集か?」
そう、ヨルハ。
彼女は優秀な殺し屋であり……本来は『リクト暗殺』のため、物語後半で執行官が雇い、刺客として差し向けられる予定のハーレム要員の一人だった。
海斗は言う。
「お前、金に困ってるんだよな。お前が抱えてる問題を全て解決するためにいくら必要か言え。俺が全て負担してやる……その代わり、俺の仲間になってくれ」
「……え?」
海斗は、ヨルハを雇う。
原作の誰よりも、リクトよりも、執行官よりも早く。
原作知識があるゆえに、海斗はヨルハを確実に仲間にできると確信していた。





