16、ハインツ
海斗は、会議が終わったあと一人、訓練場へ向かった。
訓練場にいたのはハインツ。シャツ一枚、ズボン姿で木剣を握り、汗だくで素振りをしていた。
海斗が近づいても、ハインツは気付かない。
訓練場には誰もいない。意外にも真面目に素振りしていることに、海斗は少し驚いた。
そして、声をかける。
「よう、真面目にやってんじゃん」
「あぁ? チッ……んだよ、真面目にやってんだろ」
「少し休憩だ。俺と話をしようぜ」
海斗は訓練場にあるベンチに座り、ハインツに水のボトルを差し出す。
ハインツは舌打ちし、木剣を投げて海斗からボトルを受け取る。そして、水をガブガブ飲み、海斗の隣にドスッと座った。
海斗は、近くでハインツを見て思う。
(へえ、意外と……)
ハインツは、意外にも筋肉質だった。
二の腕は太く、ただ遊んでいるだけでは付かない筋肉がある。
つい最近付いた物ではないだろう。
「んだよ、話って」
「お前、脱走はするけど、真面目にやる時はやってるみたいだな」
「……はあ? 説教か?」
「そんなんじゃない。なあ、お前……なんでスキルに目覚めない? いや、『聖騎士』の力がまるで覚醒しないのはなんでだ?」
「オレが知るか。つーかよぉ、休みくれぇよこせよ。オマエにやられて以来、訓練訓練訓練訓練……スキルが目覚めねぇのは、疲れてるからに決まってんだろ」
「……まあ、それはあるかもな」
ジョブ能力のスキルに目覚めるのは、精神状態によって左右される。
リクトの仲間にもいた。ハーレムメンバーの一人で、希少なジョブに目覚めたはいいがスキルを持っておらず冷遇された少女。リクトの励ましによりスキルに目覚め、執行官との戦いで活躍し、そのままハーレムメンバーとなる。
スキルに目覚めたきっかけが、リクトの励ましによる心の成長……つまり、ハインツは身体こそ鍛えられているが、心が全く成長していないということだ。
逃げ癖のある、女と酒好きのまま。言われたから訓練を続け、殴られるの、捕まるのがわかっているから逃げないだけ。
「……はあ」
「んだよ、ため息なんて吐いて」
「いや。お前に期待するのは、無理かもな……って思って」
「あ?」
「だってお前、全然変わってないし……ざまあキャラで世界を救うって展開をやってみたくて、お前の運命を変えてみたけど……ダメだなあ」
「……あぁ? んだテメェ、バカにしてんのか!? 運命だ? お前にオレの運命をどうこうする力ぁあると思ってんのか!?」
水のボトルを投げ捨て、ハインツは海斗の胸倉に手を伸ばす……が、海斗はマークス仕込みの格闘術で、伸びてきたハインツの手を掴み、捻り上げた。
「あいだだだだぁぁぁ!?」
「……はあ」
海斗はすぐに手を離す。
ハインツが海斗を睨むが、海斗は憐れむような目をしていた。
「別に言ってもいいか。ハインツ……俺は『予知』があるんだ」
「……はあ?」
正確には『予知』ではなく『原作知識』だが、そこまで説明するつもりはない。
「お前は本来、執行官に殺される運命だった。でも、俺が先回りして執行官を倒したことで、お前の運命は変わった……お前は死なず、こうしてここにいる」
「な、なに言ってんだ、お、オレが……死ぬ!?」
「死ぬはずだった。ってことだ。お前だけじゃない、マルセドニーも、ナヴィアも、執行官に殺される運命だった。でも、俺が救った」
「…………そんな、嘘」
「信じなくてもいい」
海斗は、「俺も含めて死ぬ運命だった」とは言わなかった。
「俺は、死の運命を覆した。この先のこともある程度は予想できる……でも、その先に、本来死ぬ予定だったお前たち三人を組み込めば、面白いことになると思った。でも……期待外れだった。お前は成長しないし、何も変わらない」
「…………!!」
「とりあえず、スキルを得るよう努力は続けろ。ドワーフの国にも連れて行く……期待はしないけどな」
「……ッ!! テメェ、さっきからワケのわかんねー御託並べて……人をなめてんじゃねーぞ!!」
「やるか? かかって来いよ」
海斗に向かって走り出すハインツ……だが、その動きがビシッと固まった。
いきなりのことで、ハインツも驚いている。
海斗は、右手を向けたまま静かに言う。
「『骨傀儡』……つい最近覚えたジョブでな、俺が右手を向けた相手の骨を操作する。まあ、射程が短いから三メートル以内限定だけど」
「ぐ、ぎぎぎ……!!」
「俺は、この世界に来て、すでに四つのスキルに目覚めた。お前はどうだ? 少しは成長したか?」
「…………ッ!!」
「まあ、もう期待はしない。せいぜい頑張れ」
海斗は拘束を解くと、そのまま背中を見せて歩き出した。
ハインツは、動くこともなく、静かに拳を握り……悔しそうに歯を食いしばるのだった。
◇◇◇◇◇◇
ハインツと話終えたあと、海斗は自室に戻ってベッドにダイブした。
「これで、少しはやる気出してくれるといいけど……」
期待はしない、というのは半分だけ嘘だった。
怒鳴りつけ、力で屈服させることはできる……だが、ハインツはそれで変わらない。
あえて、興味を失ったように、期待なぞしないと言って突き放した。
怒鳴るのではなく、失望する。
そうすれば、見返そうと心が変わるかもしれない……と、海斗は考えたのだ。
「クリスティナの準備ができたらドワーフの国だ。ドワーフの国でのイベント……くそ、リクトのハーレムメンバーの一人、ドワーフの女がいたっけ……関わりたくねぇなあ」
海斗は机に入れていたノートを手に、イベントを確認する。
「十二執行官序列第十一位、『楽師』スカピーノ……できれば、戦う前に始末したい。こいつの能力、弱点は……リクトはどうやって倒したっけ。えーと」
海斗は、スカピーノを倒すための作戦を練り始めるのだった。