13、一人目終わり
執行官スカラマシュの消滅。
海斗は、スカラマシュが完全に消滅したのを確認し、胸を押さえた。
「……は、ははは」
痛いくらい、心臓が高鳴っていた。
緊張、そして魔族殺しの重圧、さらに策がうまくいった喜びと安堵……それらが一気に押し寄せ、よくわからない感情が海斗を支配していた。
海斗は大きく深呼吸……手に持っていた『魔王の右腕』をカバンにしまう。
「そういや、アイテムボックス系の魔道具があったっけ。おいクリスティナ、ちょっといいか?」
「…………」
「おい、こっちは終わったぞ。おーい」
爆風で燃えたドレス、煤まみれの顔、唖然とした表情のクリスティナ。
ハッとなり、海斗の元へ猛ダッシュで向かって来た。
「なななな!! なんですかこれ!? この爆発!?」
「落ち着けよ。発破石だよ。頼んだの、地下に仕込んだだろ?」
「そ、そうですけど……こ、こんな爆発するなんて思いもしませんでした……は、廃教会が跡形もなく消えちゃいました……」
「スカラマシュと、あいつの部下も爆散したぞ。腐っても十二執行官だな。爆発だけじゃ死ななかった」
「死ななかった、って!! ヘタしたら私も巻き込まれるところでしたよ!?」
「まあいいだろ。骨だけ残ったら俺が復活させてたな。まあガイコツのままだけど。はっはっは」
「笑いごとじゃなーい!! ううう、ここが廃教会でよかったです……って!! ちょっと待ってください。執行官の方を倒した、ってことは……こ、この国は、別の執行官に狙われる可能性も」
「ないな」
海斗は断言する。
そして、海斗の胸倉をつかんでいたクリスティナの手を外した。
「『十二執行官』は別に、仲良しこよしの集団じゃない。ってか魔神の命令で動いてるだけで、他の執行官が死のうが関係ない。報復とか復讐とかからは最も縁遠い連中だよ」
「そ、そうなんですか?」
「ま、原作を読む限り、会話こそあるけど仲がいい描写とかほとんどないしな」
「原作?」
「ああいや、こっちの話。とにかく、これで魔族の支配地が一つ減った。残りは十一人……順序よく、序列十一位を狙うか」
「……ほ、本当に、終わったんですね」
クリスティナは爆心地を見てごくりと唾をのむ。
一度も堕ちたことのない、魔神が特別なジョブを与えた十二人の魔族、そのうちの一人が倒された。
救世主……魔族からの解放を願って召喚したはずなのだが、クリスティナには実感がない。
「さて、クリスティナ。次の仕事だ」
「……えと。なんでしょう」
「ドワーフの国、ガストン地底王国へ向かう準備だな。そこにいる序列第十一位を倒しに行く。入国の準備をしておいてくれ。あと、必要な物もいくつかあるからその手配も」
「まま、待って、待ってください。そういきなり言われても。ってか魔族から解放されたのなら、やる仕事も山積みで……」
「ああそうだ。お前の父親、国王に関することもあるから。ふふふ、しばらくは死ぬほど忙しいぞ。今日は風呂入ってしっかり休んだほうがいいかもな」
「…………うう、嫌な予感しかしません」
こうして、スカラマシュは討伐……人間の国デラルテが解放された。
◇◇◇◇◇◇
スカラマシュ討伐から数日が経過。
海斗は訓練場で、マークスと組み手の真っ最中だ。
「つまり、執行官を倒した、ということで?」
「ええ、ハメ技で。うまくいってよかったです」
「……どうりで。姫様が寝る間もなく政務に奔走しておられた」
現在、接近戦での格闘訓練をしていた。
海斗はナイフを使った接近戦を学び、徐々に形を作っている。
マークスは、海斗に身体の使い方を叩きこみつつ、会話を続けた。
「執行官を倒したことで、魔族へ供物をささげる必要もなるなりました。今、姫様は国民たちへの減税、滞っていた国内の整備、予算の計算などに追われています」
「国民への説明は、まだしないんですよね」
「ええ。ある程度、準備が整ってからですね……しかし、国王陛下は」
「仕方ないでしょうね。魔族を欺いて資金を横領し、莫大な金を持って国内脱出を図っていたんですから」
これも、海斗が原作を知っていたからの情報だ。
原作では、スカラマシュ討伐は覚醒したリクトの仕事だ。同時に、国王の不正を暴き、リクトがこの国の王になるきっかけでもある。
国王は、魔族に献上する物資や資金の他に、自分用にと資金を集めていた……いわゆる、二重帳簿だ。
その考えは、国を捨て、残りの余勢を国外にある森に移し、こっそり別荘を建築し、そこで愛人たちと余生を過ごすというもの。
国をクリスティナに任せ、自分は逃げる……その計画を海斗から説明され、クリスティナは頭を押さえ倒れそうになった。
そして、国王の私室から二重帳簿を発見し、全ての計画をクリスティナが国王に突きつけた……国王は崩れ落ち、王位を手放し、今は地下牢に幽閉されている。
それらの事実は伏せて病床とし、今はクリスティナが代理女王として国政を担っている。
「まあ、クリスティナに国は任せていいと思いますよ。あいつ、頑張ってるし」
「そうですね。姫様なら、この国をより良い方向へ進めてくれるでしょう……やめ」
海斗の手が止まり、汗をぬぐう。
喋りながらでも、攻防は続いていた。だが一度もマークスに攻撃を当てられない。
「実戦訓練はここまで。次はジョブを使った訓練です」
「はい」
と、ここでハインツがダッシュで駆け抜けた。
「やってらんねぇええええええええええええ!! あばよおおおおおおお!!」
逃げたのだ。
だが、どこからか大量のロープが飛び、あっという間に拘束された。
タックマンがロープ掴んで引っ張ると、ハインツは地面を引きずられて戻ってくる。
「これで何度目の脱走だ? 全く、根性なしめ」
「うるせえ!! 人の頭ボコスカ殴りやがって!! オレぁ普通の人間なんだ、戦い何てしたくねぇし、人を守ろうとか思ってねぇし!!」
暴れるハインツ。だがロープはほどけない。
そして、どんよりした目のマルセドニーが。フラフラしながら戻って来た。
「たしゅけ、でぇ……もう、やだぁ」
「待ちな。まだまだ終わってないよ」
魔法師のジョブを持つ図書館司書が、フラフラのマルセドニーの首に杖を引っかけた。
「『賢者』のジョブは様々な魔法を自在に使うことができる。でもね、魔法ってのは一長一短で覚えられるモンじゃない。日々の勉強、積み重ねが大事なんだよ!!」
「うう、も、本、やだ」
ゾンビのようにフラフラのマルセドニーだが、司書が無理やり引っ張っていった。
「もうやだもうやだもうやだァァァァァッ!! お菓子食べたい、ジュース飲みたいいいいいいいい!!」
「ダメですよ。さあ、教会に戻りましょうね」
「いやだああああああああ!!」
シスター服を着たナヴィアが、修道女に引っ張られていた。
「『聖女』は清き心に反応し、スキルを授かるといいます。ナヴィア……あなたのその、醜く歪んだ汚く憐れでおぞましい腐った魂を浄化するために、まずは一日二十時間のお祈りが必要なのです」
「祈るのやだああああ!! もう『聖女』じゃなくていい!! やだああああ!!」
ナヴィアは引きずられて教会へ。
ドアがバタンと閉まる光景は、まるで大口を開けたサメに飲まれるようだった。
三人の様子を見て、海斗は言う。
「あいつら、使い物になりますか?」
「今のままでは厳しいでしょうね。でも……」
数年後はわからない。マークスはそう評価するのだった。
◇◇◇◇◇◇
海斗は夜、ボロボロの三人に召集をかけた。
場所は、城内にある会議室の一つ。
「さて、お前たち……スキルの一つでも覚えたか?」
「「「…………」」」
どうやら覚えていないようだ。
海斗はため息を吐く。
「ったく……少しは使い物になってくれないと困る。準備が出来次第、俺とお前たちでドワーフの国に行くんだからよ」
「はぁぁぁぁぁぁ? ドワーフの国……って、おいおい冗談だろ」
「意味不明だね。何をしに行くんだい?」
「行きたくなーい……かったるいわ」
三人は行く気が、というかやる気もあまり感じられない。
海斗は言う。
「俺たちで、執行官を倒しに行く。あと大事なモンの回収だ」
「「「はぁ?」」」
「そのうち発表されるだろうから言っておく。デラルテ王国を支配していた執行官は、もう俺が倒した」
「「「はぁぁぁ?」」」
「つまり、人間の国は自由。俺は救世主としての役目を果たした。ってことだな」
「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」
シンクロして驚く三人。
どうも信じられないのか、ハインツが疑ってかかる。
「嘘つくんじゃねぇよ。執行官、魔族の超最強の十二人の一人だぞ? それを、お前みたいなゴブリンに苦戦する雑魚が倒しただ? ははは、冗談はほどほどにしとけよ」
「冗談じゃない。まあ、近くわかることだ」
「……で? なんでドワーフの国? 仮にキミの話が本当だとしても、放っておけばいいじゃないか。他国のいざこざに首を突っ込むなんてゴメンだね」
「そういうわけにはいかないんだよ」
「あたし嫌だし。ってかさぁ、ま~だ何もできない雑魚なのよねぇ。スキルも使えないし、毎日祈ってるだけだしぃ?」
「……ふーむ。じゃあこうしよう」
海斗はパチンと指を鳴らし、ポケットから『指輪』を出す。
指輪に魔力を注ぐと、海斗の手元に黒い穴が開き、そこに手を突っ込み大きな袋を取り出した。
ジャラリと、大量の金貨が詰まった袋だった。
「な、なんつう大金……!!」
「……ゴクリ」
「ま、まさか、くれるの!?」
海斗は確認させると、すぐに金貨を異空間へ収納する。
指輪は、アイテムボックスという、魔力をキーにして異空間への扉を開き、無限にモノを収納することができる道具だ。
お金は……国王の横領金である。
アイテムボックスは非常に貴重な物で、一つの国に一つずつしかない至宝。それを海斗はクリスティナに無理を言って貰い、今では横領金、そしてクリスティナに頼んで集めさせている動物や魔獣の『骨』を収納していた。
「お前たちの働き次第、成長次第で……コイツをやってもいい。その時には女も、酒も、ギャンブルも、化粧品や豪遊もしていいぞ」
「「「……ゴクリ」」」
「毎日辛いよなあ? 勉強漬け、訓練漬け、祈り漬け……逃げ出したくても逃げられない。メシ食って訓練して寝るだけの生活。たまにはハメ外して遊びたいよなあ?」
「「「…………」」」
「だったら、本気でやれ。生意気言うな、死ぬ気で成長しろ……わかったか」
「「「…………」」」
三人は頷く。
やる気を出すというか、海斗をい憎むような目をしていた。
三人を部屋に返し、海斗も自分の部屋に戻る。
「さて、あいつらの成長は……ほんの少しだけ期待して、ドワーフの国でやるべきこと、執行官の情報を確認しておくか」
海斗は、まだ気付いていない。
ストーリー通りに進んでいる、そう思った時が一番、危ないということに。