十二執政官序列九位『求愛』インナモラティ②
海斗は全ての作戦を放棄し、神殿の屋根から飛び降りた。
リクトたちは……すでに神殿内。考え付く限り、最悪のシナリオが進行……いや、正しいシナリオへと導かれるように、リクトたちは向かっていた。
海斗は呟く。
「……くそ。ヨルハ、クリスティナたちの元へ。最悪の場合、俺一人じゃ厳しい。ツクヨミたちをこの場へ。それと、ハインツたちも」
返事はない。だが、ヨルハならどこかで聞いているはず。
海斗は神殿へ飛び込む……すると、多くの海人、魔族たちが逃げ惑っていた。
理由は簡単だった。
「が、っはぁ……き、さまぁ、なんで」
「……それを、アナタが言うの? キリューネ」
キリューネの胸に手を突き刺し、心臓を鷲掴みしているイーナがいた。
そして……その現場を、リクトたち、そしてオーミャ、サブヒロインのネプチュンが見ている。
遅かった……海斗は歯噛みする。
すでに、キリューネの部下は消滅していた。
「え……園長、せんせい」
「……オーミャ」
グシャッ!! と、キリューネの心臓が握り潰された。
「……ドットーレ、さ、ま……」
キリューネが消滅。
イーナは、悲しげに消滅するキリューネを見ていた。
そして、リクトがオーミャを庇うよう前に出る。
「……お前、執政官だな」
「…………」
イーナは、周囲を見渡す。
傍には、キリューネに売り渡されようとしていた子供たちが気絶している。
そして、遠巻きにそれを見る魔族、海人たち。
リクトは、どこからか剣を具現化し、イーナに突きつける。同時に、ハーレムメンバーたちも戦闘態勢に入った。
「駄目だ……おい、やめろ!!」
海斗は飛び出した。
そして、リクトたち、イーナの間に割り込む。
驚いたのはリクトだった。
「あれ、カイト!? おま、なんでここに」
「イーナ、やめろ!! このままじゃ、シナリオが」
「……ごめんね、カイト。もう手遅れ……」
すると、天井から大量の『蜘蛛』が落ちて来た。
イーナの身体を蜘蛛が這いまわり、まるで服のように変わっていく。
魔性化……『蜘蛛神アトラク・ナクト』との融合が始まっていた。
「ここはマズイ、リクト、住人の避難を!!」
「ああ!! カイト、お前も脱出しろ!! 先に行くぞ!!」
エステルに言われ、リクトたちは脱出した。
海斗は、変わりつつあるイーナに向かって叫ぶ。
「やめろ!! このままじゃ、リクトたちがあんたを敵と認識しちまう!! あんたは子供を救っただけ、そう言えば問題ないだろうが!!」
すると、蜘蛛の糸が絡みついて『繭』のような姿になったイーナから声がした。
「ごめんね、カイト……」
「……え」
「もう、私がキリューネを殺すところ、いろんな人に見られちゃった……魔族の姿で、執政官の姿で、私が魔族を殺すところを」
「……イーナ」
「やるしかないの。私が、執政官の私が暴走して、魔族に危害を加えた。それを、救世主であるあの少年が止める……そうすれば、私一人が全ての『悪』として断罪される。あの『偽善者』なら……きっと、魔族には手を出さない」
「……まさか、死ぬ気か?」
すると、繭が爆ぜた。
現れたのは、背中に巨大な蜘蛛の脚を八本生やす、異形となったイーナ。
十二執政官序列九位『求愛』インナモラティの、戦闘形態だった。
「カイト。あなたは……ここにいちゃダメ。どうか、あの『偽善の勇者』が私を討伐したあとの海洋国オーシャンを……」
「ふざけんな!! それじゃダメなんだ……今わかった。この世界のシナリオは、修正されつつある!! この場にリクトがオーミャを連れて現れるなんて、本来ならあり得ないんだ!! お前の計略も無駄に終わる可能性が高い!! ダメなんだ、イーナ!!」
「……ごめんね、カイト」
すると、イーナの手から蜘蛛の糸が発射され、海斗の手足が拘束された。
同時に、巨大な繭が、残っていた子供たちを守るよう、ドーム状になって形成される。
「なっ……!?」
「カイト。あなたのやさしさ、忘れないわ。どうか子供たちを……」
「ダメだ、ダメだイーナ!! おい、イーナァァァァァッ!!」
イーナは、海斗に微笑み、そのまま神殿を出て行った。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
神殿から出たイーナは、待ち構えていたリクトたちに向かって言う。
「あなたが、救世主ね? ふふ……私は執政官インナモラティ、よろしくね」
「お前……そういや、冒険者ギルドで聞いたぞ。最近、子供たちが行方不明になる事件が起きてるって。お前の仕業だな!?」
「正解……海人の子供たちはお金になるの。私が全ての元凶」
イーナは、感じていた。
救世主『勇者』リクト。彼の強さは、イーナよりも上だった。
そして、リクトが剣を掲げると、仲間の少女たちの圧が増す。
「執政官インナモラティ!! この勇者リクトが相手してやる!!」
そして、オーミャが前に出る。
「……園長先生」
「オーミャ。あなたも戦うのかしら?」
「……園長先生、あなたは許せない。私が……倒します!!」
「……ふふ」
オーミャの力も増した……リクトの力だろう。
ねじ曲がったストーリーが、強引な展開で修正されつつある。
イーナは、蜘蛛の糸を身体中から出し、リクトへ向かって放出する。
「さあ、かかってきなさい。あなたを絡めとってあげるわ!!」
糸はトトネの魔法、エステルの剣で切断される。
そして、ネヴァン、リリ、シャイナが向かって来た。
「……ふふっ」
インナモラティは……イーナは、少しだけ微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
海斗は、首を何度も振り、アイテムボックスから犬の骨をバラバラと落とした。
「『骨命』!!」
骨が犬となり、海斗に絡みつく糸を噛み千切る。
腕が自由になるとナイフを抜き、全ての糸を切断した。
「クソ、クソ……!!」
ねじ曲がったストーリーの改変。
不自然な改変だった。まるで、海斗がストーリーを無視しすぎたせいで、物語そのものがストーリーを修正しているような不自然さがあった。
海斗は、神殿の外へ出ようとした……が。
「…………ぁ」
神殿の中央にある神像の前に、イーナが座り込んでいた。
全身、血だらけだった。
胸に大穴が空いており、心臓が破壊されている。
髪が真っ白になり、両足、腕がパラパラと粒子化していた。
「イーナ……」
「……ぁ、ぁ、カイト」
イーナは、微笑んだ。
海斗は駆け寄り、身体に触れる……すでに手遅れだ。
「……なんで、俺の言うこと聞かなかったんだ。こんな……ちくしょう」
「……ごめん、ね」
イーナは、残った右手を動かし、そこに嵌められた指輪から包みを出す。
アイテムボックス……イーナが持っていた。
その包みは、骨だった。
「魔王の、左腕……」
「……言った、よね。死んだあとの、こと……考えて、たって」
「……最初から、持ってたのか」
「うん……なんとなく、感じてた。執政官が、死にはじめてから……いつか、わたしの、ばん……くるって」
「……」
イーナは、微笑んだ。
「……ほんの、ちょっとだけど……あなたに、あえて、よかった」
「ふざけんな!! お前は生きるべきだった!! ちくしょう……ちくしょう」
腕が粒子化し、アイテムボックスが落ちた。
「……あげるね、欲しかった、でしょ?」
「いらねえよ!! ああ……俺の、俺のせいで。俺、あんたを助けたかった……」
報われないキャラだった。
魔族と海人の未来を案じていた。ドットーレの計略であっけなく死んだ。しかも……リクトに殺された。挿絵も僅かだったが、イーナというキャラは海斗の印象に残っていた。
だから、この世界では、救いたかった。
「……カイト」
「イーナ、ごめん……俺が、ストーリーを、歪めなければ」
それでも、イーナは死んでいた。
関わらなければ、こんな辛い思いをしなくてよかったのかもしれない。
「救えたよ」
「……え?」
「あの子、たち……みんな、無事だよね」
「……ああ」
キリューネに、売り飛ばされかけた少女たちは無事だった。
安心したのか、イーナは亀裂の入った顔で、笑顔を浮かべる。
「よかった……」
「……イーナ、おい」
「……カイト」
イーナは、海斗を見て、初めて会った時と同じ笑顔を浮かべた。
「ありがとう……」
そして、砕け散った。
海斗の腕の中で、満足そうに。
執政官としてではなく、孤児院の延長イーナとして。
「…………ッッッ」
海斗は、一筋の涙を浮かべ……自分の拳を床に叩きつけた。
◇◇◇◇◇◇
外に出ると、そこにあった光景は。
「くそ、魔族ってのはこんなやつばかりなのかよ!! おい海人のみんな、魔族に近づくな!!」
リクトが、魔族に剣を向けていた。
逃げ惑っている魔族たち。海人の兵士たちが、無抵抗の魔族に槍を向けていた。
「……やめろ」
友好的だった魔族は、執政官インナモラティが起こした事件により、あっという間に亀裂が入った。
リクトが叫ぶ。
「海人のみんな!! ここから避難してくれ、魔族に近付いちゃダメだ!!」
ハーレムメンバーたちが、無抵抗の魔族たちに剣を向けていた。
イーナが築いた関係性が、あっという間に崩れ去っていた。
その光景を見て、海斗の胸……腹の奥から、熱い何かがせり上がって来た。
「……『骨鋼』」
イーナが死んだ。
リクトと、ハーレムメンバーに殺された。
「……『骨傀儡』」
許せなかった。
偽善者。海人と魔族の関係性も知らず、海人を救うと魔族に剣を向ける、無知で野蛮な偽善者が。
海斗は、全身の骨を鋼に変え、自らの骨を操ってあり得ない速度で走り出す。
「───……クト」
もう、リクトしか見えていなかった。
「あ、カイ」
「リクトぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
この日、海斗は人生で初めて、人間を殺すつもりで殴った。
リクトの顔面に海斗の鋼の拳が叩きこまれた。
バキゴクグチャ、と嫌な音がした。
リクトが吹き飛ばされ、数十メートルもバウンドし、町の中央にある神像に激突した。
それを見て驚愕するハーレムメンバーたち、回復を持つリリが慌ててリクトに駆け寄り、他のハーレムメンバーたちは海斗に武器を向けた。
エステルが言う。
「貴様、何のつもり」
「うるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
腹の底から、怒りと怨嗟の声が出た。
海斗は、アイテムボックスから無数の骨を出し、全てに命を注ぎこむ。
怒りそして僅かな涙に染まった瞳はリクトに向けられ……海斗は叫んだ。
「リクト……ブチ殺してやる!!」





