キリューネ
海斗、イーナの二人は、キリューネたちより先回りし、定期船に乗って海洋国オーシャンへ向かっていた。
海斗とイーナは甲板に出て確認をする。
「原作では、卒業式を終えて本国へキリューネが送り、途中でキリューネの部下が卒業生を攫い、他国へ送られるって感じだった。その現場を押さえる……」
「……本当に、人身売買があるなら、ね。ここまで付き合ってあげるなんて、私も優しいなー」
イーナは海を眺めながら、海斗に微笑みかける。
海斗は言う。
「イーナさん。お願いがある……どうか、あんたの部下に、あんたは手を出さないでくれ」
「それはダメ」
完璧な否定だった。
イーナは、執政官としての顔で海斗に言う。
「部下の不始末を付けるのは私の仕事よ。カイト、余計な手出しをしたら、あなたでも許さないわ」
「…………」
説得は不可能だった。
海斗は舌打ちを堪えて思う。
(……イーナが部下の粛清をするところをオーミャが目撃する。だから、リスクを減らすには俺がやるのが一番だ。でも……イーナはそれを許さない。俺が手を出そうモンなら敵対しちまう。オーミャは孤児院にいるけど、リスクは減らしたい……くそ)
イーナは、海斗の額を指で軽く押す。
「難しい顔しないの。カイト、全部あなたの杞憂で終わるんだから。ふふ、お姉さんとデートに出かけるみたいな、軽い感じでお話しましょ」
「で、デートって……あのな」
「ふふ、なんか可愛い子。あなた、女の子慣れしてないの?」
イーナが顔を近づけてくると、海斗は無意識で顔を逸らす。
耳まで赤くなっていることに気付いていない。だが、イーナは気付き、海斗の耳を引っ張る。
「耳、真っ赤っか」
「……ああもう、からかうな!!」
「あはは。ごめんごめん」
普通の少女みたいな、そんな風にしか見えない。
海斗は、赤くなった耳を押さえるように、イーナから距離を取るのだった。
◇◇◇◇◇◇
港に到着し、海斗は周囲を見渡した。
「ここが、地上区だっけ……?」
「うん。魔族の自治区だけど、ここは主に船着き場と、海人たちの居住区画でもあるの。魔族のエリアに行くのかな?」
「ああ。人身売買は……えっと、確か」
記憶活性をした海斗は、場所の名前を思いだす。
「確か、卒業生は『神殿』で明るい未来を……みたいな感じで祈るんじゃなかったっけ。そこが、人身売買の本部だったはず」
「神殿……ああ、『エレシュキガル大神殿』のことね。どの自治区にもある神殿だけど……」
「じゃあ、そこに行こう。人間だけど、入って大丈夫だよな」
「ええ。自治区は一般開放されてるわ。海人も多くいるけど……一応、あなたはフードを被ったほうがいいわね」
「そうするよ」
海斗はフードを被る。
そして、イーナの案内で神殿へ向かって歩き出した。
歩くこと数十分。デラルテ王国の城下町とそう変わりない地上区。魔族が多く、海人も同じくらい多い……デラルテ王国の自治区と違い、魔族はみんな穏やかな顔をしていた。
「種族の違いなんて、些細なモンなんだな……」
「そうね。十二種族はみんな、仲良くなれる……私はそう思う。まあ、異端なんだけどね」
イーナは苦笑した。
ちなみに、今のイーナは魔族としての特徴を出している。ツノや目の色が魔族と同じになるだけで、こうも印象が変わる。
そして、神殿に到着。
「でけえな……世界遺産みたいだ」
「いさん?」
「ああ、こっちの話」
エレシュキガル大神殿は、巨大で荘厳……真っ白な塔がいくつも合わさったような形状で、多くの魔族が出入りしていた。
イーナはキョロキョロし、海斗の手を掴んで神殿の側面へ回り込む。
「待ち伏せするんでしょ?」
「そうだけど……」
「じゃあ、こっち。掴まってて」
神殿の側面には人が少ない。
イーナは腕に大きな『蜘蛛』をくっつけ手を上へ掲げる。すると、蜘蛛が糸を吐き、神殿の上部にくっついた。
イーナは海斗を掴み、蜘蛛に命じて一気に上昇。海斗が叫ばないよう、海斗の顔を胸に押し付けていた。
「~~~っ!!」
「はい、ここなら大丈夫。さ、待機……どうしたの?」
「……べつに」
海斗は顔が赤く、イーナをまともに見れなかった。
◇◇◇◇◇◇
海斗たちがいたのは、神殿の塔の側面。
地上からかなり高い位置にあり、地上から見上げただけでは見つからない。
「神殿の中に、隠し通路とかあったはずだ」
「……じゃあ、見張るしかないわね」
イーナの手に、小さな蜘蛛が現れた。
海斗も、アイテムボックスから小鳥の骨を出す。
「『骨命』」
「行きなさい」
ネズミの骨が形となり、柱を一気に駆け降りる。
指先程の小蜘蛛が、壁を伝って神殿の中へ。
「『視覚共有』……これで見張れる」
「へえ、私と同じことできるんだ」
「今の蜘蛛で、中を見れるのか?」
「ええ。蜘蛛の目と私の目、繋がってるから」
「じゃあ……真実を一緒に見ようか」
それから数時間後……卒業生の少女数名、キリューネ、キリューネの部下が来た。
海斗、イーナは黙りこむ。
神殿に入り、キリューネが少女たちに笑顔を向け、何かを言っている。
『さあ、神に祈るといい……これからの未来に』
『はい、先生』
『ふふ、未来かあ……わくわくだね』
『うん、がんばろう』
少女たちが、エレシュキガル大神殿の中央にある神像に祈りを捧げていた。
そして、祈りが終わるなりキリューネは言う。
『向こうの部屋に、もう一つ神像がある。そちらにも祈りを捧げよう』
「……え?」
「どうした?」
「もう一つの神像……そんなの、初めて聞いたけど」
蜘蛛、骨ネズミが後をつける。
そして、キリューネの部下がドアを開け、少女たちは中へ。
ネズミ、蜘蛛も滑り込むように中へ入り、ドアが閉まった。
『あれ、像なんてないですけど』
『ああ、すまないな……それは嘘だ』
『え? って……な、何を!?』
『きゃあ!?』『せ、先生!?』
キリューネの部下が、少女たちを拘束。
キリューネの手にある蜘蛛から糸が発射され、少女たちをグルグルと包み、まるで繭のようにしてしまった。
『運べ』
『はい、キリューネ様』
『ザンニが消えたとはいえ、ドットーレ様の研究は続いている。海人の需要はある……ククク、これからも卒業生には役立ってもらおう』
『ええ、そうですね……しかし、インナモラティは気付かないのですか?』
『あの善人は気付かない。卒業生が全員、町で仕事をして幸せに暮らしていると思ってるからな。やれやれ、あのバカの『親友』を続けるのも楽じゃない。ドットーレ様は褒めてくれるだろうか』
『一度、ドットーレ様の元へ帰ることも考えては?』
『そうだな。休暇が欲しいと言えばいいか。どうせインナモラティは気付かない』
『ははは、そうですね』
これが現実だった。
すると……海斗の背筋が凍り付いたような錯覚がした。
思わずイーナを見ると。
「…………キリューネ」
イーナではなかった。
十二執政官序列九位『求愛』インナモラティが、そこにいた。
イーナは、海斗を見て言う。
「ごめんね、あなたの言う通りだった……」
「……待て!! まさか」
イーナの身体に蜘蛛の糸が巻き付くと、そのまま壁と同化して消えた。
粛清……海斗は、イーナがキリューネを殺しに行ったのだと理解する。
そして、ネズミに視覚を戻そうとした時、宮殿の外で信じられないものを見た。
「…………は?」
◇◇◇◇◇◇
「なあ、卒業生ってのはどこに?」
「神殿でお祈りするのが決まりなんです。きっとそこに」
◇◇◇◇◇◇
リクトとオーミャがいた。
あり得なかった。なぜ、ここにいるのか。
そして、リクトの傍にもう一人いた。
「か、海洋国オーシャンの、姫……ネプチュン」
サブヒロインであり、オーミャの親友であり、海洋国オーシャンの国王ブルースの娘、海人のネプチュンが何故かいた。
あり得なかった。なぜ、この場に、このタイミングでいるのか。
海斗の背筋に、冷たい汗が流れた。
「ね、ねじ曲がった、原作……まずい」
このままでは、リクトとハーレムメンバーが、そしてオーミャが、イーナを殺す。
「──クソがあ!!」
海斗が苛立ちに壁を殴りつけると同時に、教会内から叫び声が聞こえてきた。





