11、十二執政官・序列第十二位『短気』なスカラマシュ①
二月。海斗はカレンダーにチェックを入れる。
昨夜、クリスティナから報告があった。
『三日後。二月のはじめに、人間の国デラルテの管理者……十二執政官の一人が来ます。いいですか、私たちはあなたを、救世主のことを秘匿しています……過去に召喚した救世主は、皆が『ごくまれに生まれる未知のジョブ能力者』と報告しています。我々の庇護から外れた魔族に仇なす者……あなたも、そういう扱いですので、くれぐれもお気をつけて』
つまり、海斗を召喚したことは内緒。海斗は『ジョブ水晶で確認できなかった能力者』として扱われる。召喚の事実を隠すため、王国側で隠れて補佐はするけど、後は自主的に魔族と魔神を倒してくれ、とのことだ。意外にも杜撰な隠蔽であり、海斗としては『その辺の設定は練られていないのかな』と適当に考えた。
だが、海斗はクリスティナに言った。
『お前こそ、余計なこと言うなよ』
『余計なことって……あなたが私にお願いした、よくわからない仕事のことですよね』
『ああ。まあ、スカラマシュは月始の確認に来るだけだろ。本来の目的は別だ』
『確認というか……はあ、魔族の方々に支払うお金、物資、そして犯罪者や労働力……本当に、頭が痛くなる両なんですよ?』
魔族は、この世界を支配している。
十二の地域には魔族領があり、十二の種族は毎月そこに、物資や労働力、金品などを支払っているのだ。種族が疲弊しないよう、適切な量を毎月。
魔族はわかっている。締め上げ、搾り取るだけではすぐに滅びる。なので、種族に管理させ、種族のトップに統治をさせ、統治者から決まった物を、決まった分、毎月受け取った方がいいのだ。
逆らえば、待っているのは死。
『頭のいいやり方だな。搾り取るんじゃなくて、ある程度の余裕を持たせた搾取……だから、国は腐っていないし、人間や他の種族も笑顔で生きている』
『ですが、搾取されていることに変わりありません。魔族は、滅びるべきです』
『それに関しては同感だ』
死なない程度に搾り取られても、笑顔で生きていける。
それでいいという人間は多いだろう。
だが海斗は知っている。魔族はいずれ、十二の種族を滅ぼし、魔族だけの世界を作る。
魔神の復活さえしてしまえば、他の種族に用はない。
今、魔族は『重要なモノ』を探しているはずだ。
『スカラマシュを倒したら、ドワーフの国に行く』
『え!! 旅立つんですね!!』
『違う。用事済ませたら戻って来る』
『えー……何をしに行くんですか?』
『決まってんだろ。魔王の骨を取りに行く。ああ、ドワーフの王に謁見する必要があるから、手紙と手土産の用意を頼むぞ』
『…………魔王の、骨?』
『重要アイテム。ま、今はそれだけ』
魔王の骨の詳細が明らかになるのは、物語の後半だ。
魔族がずっと探している、始まりの魔族の骨。
七つある魔王の骨。その内の一つを、海斗はすでに手に入れていた。
『さて、俺はちょっと出かける。ああ、三バカは逃げないように宿舎に閉じ込めておいてくれ』
『ええ。でも……あの三人、逃げる気力もないくらいクタクタよ? 騎士団長の訓練、耐えきれる新兵はいないって話だし』
『ハインツは何度か脱走。マルセドニーは壁に穴を開けようとしていたところを発見。ナヴィアは兵士を色仕掛けしようとして捕まった。とにかく根性なしだから逃げないように。疲れてても逃げようとするぞ』
『少しくらい、休みをあげた方がいいんじゃ……』
『ダメ。少なくとも今は』
『……ねえカイト。その、本当に……倒せるの? 執政官の一人を……』
クリスティナは、疑っていた。
海斗はどう見ても強そうには見えない。何か小細工をしているようだが、邪骨士という骨を操るジョブでどんな小細工をしても、スカラマシュを倒せるヴィジョンが見えないようだ。
だが、海斗は言う。
『倒せるよ。まあ、かなり卑怯臭い手で、だけどな』
海斗はニヤリと邪悪に微笑み、クリスティナはドン引きするのだった。
◇◇◇◇◇◇
海斗が出かけた三日後、王城に魔族の集団がやって来た。
クリスティナ、国王、騎士、兵士が出迎える。
「チッ」
魔族。
白い肌、銀髪、尖った短い耳、そして猫のように縦長の瞳孔。
魔族は人間離れした美しさを持つ種族。そして、常識ではあり得ないほどの『魔力』を持ち、本来はジョブ能力がなければ使うことのできない『魔法』を、大人から子供まで使うことができる。
クリスティナたちは膝をつき、冷たい汗を流したまま俯いていた。
「フム……相変わらず臭いところだ。毎月、この家畜小屋に来るのが本当に憂鬱だよ」
魔神が直接、特別なジョブを与えた十二人の魔族。
人間の国デラルテの管理者。
『十二執政官』序列第十二位、『短気』なスカラマシュ。
着ているのは、真紅のスーツ上下。胸元が大きく開いており、病的なまでに白い肌が見える。
髪は短く逆立っており、外見年齢は二十代半ばほど。
部下に魔族の女性数名を連れており、胸元にあるハンカチを取り出し口を押さえていた。
スカラマシュはイヤそうな顔をしたまま指をくいっと上げると、妙な力で国王、クリスティナの顔がグイっと持ち上がった。
「いつもの用意は?」
「で、できております」
「あっそ」
それだけ。
人間が魔族に渡す食料、物資、金、その他もろもろ。
スカラマシュはそれらを引き取りに、そして人間の国の管理者という名目で話を聞くために来た……のだが、スカラマシュはこれまで一度も、話を聞いたことなんてない。
ちゃんとやれ。やらなければ殺す。
それだけ。現に、過去の王族はスカラマシュによってあっさり殺されたこともある。
スカラマシュの機嫌を損ねるわけにはいかない。なぜならスカラマシュは、とても『短気』だから。
すると、部下の女性が言う。
「ね、スカラマシュ様。町で遊んでいい~?」
「いいけど。お前らよくあんな臭いところで遊べるねぇ。オレはここにいるだけで豚屑のニオイがしてダメなのに」
「そう? 人間って器用でさ、美味しい料理とか、綺麗なアクセサリーとか作るの上手いんだよ?」
「ま、好きにしな。ああでも、今日は大事な用事があるから、それ終わったらな」
スカラマシュはニヤリと笑う。
そして、クリスティナを指さした。
「そこの豚屑」
「はい!!」
豚屑。そう呼ばれてクリスティナは返事をした。
しなければ殺される。背中はびっしょり汗を流しているが、それどころではない。
「東に廃教会があったよな。案内しろ」
「わかりました!! ……え」
返事をして、変な声を出してしまった。
幸いなことに、スカラマシュは気付いた様子がない。
「ああ、豚が群れると臭いから、お前だけでいい」
「わかりました!!」
本来なら、王女であるクリスティナが一人で案内するなんてあり得ない。だが、スカラマシュがそう言うなら仕方ない。兵士が付いて来ようとするだけで殺される可能性もある。
「じゃ、行くぞ」
スカラマシュ、部下の女性たちはふわりと浮き上がり、ふよふよと空を飛び始めた。
そしてクリスティナ。
「──ッ!!」
慌てて走り出す。
スカラマシュたちとはぐれたり、遅れたりしたら死ぬ。
案内人である以上、遅れるわけにはいかない。
「ひぃぃぃぃっ!!」
王女とは思えない、スカートを持ち上げ、全力ダッシュで王都を駆けるのだった。