海斗とオーミャ
ハインツたちは、リクトの足止めということも忘れ、普通に喋っていた。
「懐かしいな。なあなあ、オレらのこと覚えてるよな?」
「ああ。センパイ冒険者の……ハービン、マルセイ、ナビヤだよな!!」
「ちっがうし!! この二人はどうでもいいけど、あたしはナヴィアね!! ナヴィア!!」
「ボクはマルセドニーだ。覚えておけ、この天才の名前を」
「オレ、ハインツな!! っていうか、なんか女ばかりのパーティーだなあ」
久しぶりに、和気あいあいとしゃべっている。
なんとなく居場所がないのか、オーミャが言った。
「あの、私……孤児院に帰るので。久しぶりの再会なんですよね? どうぞごゆっくり」
「あ、オーミャ」
「大丈夫です。孤児院は近いですし、先生たちもいますから。リクトさん、皆さん、ここまで送ってくれて、ありがとうございました」
オーミャはペコっと頭を下げ、その場を去った。
先生と呼ばれた数人の女性たちも、リクトたちに挨拶して去って行く。
ハインツは言う。
「なんか邪魔したか?」
「あ、いや」
「ならさ、みんなでご飯食べない? ここのお魚ちょー美味しいし、あんたがどこで何してたか聞きたいしね!!」
そう言うと、エステルが言う。
「確かに、情報交換も必要か。そちらは執政官を四人も討伐しているしな」
「ふむ、そちらのことも気になるな。食事がてら、話をするのは賛成だ」
マルセドニーも同意。リクトたちは、近場の食堂へ。
移動前、リクトは一度だけオーミャが走った方を見た。
「……まあ、いっか」
リクトは、ハインツたちと一緒に食事へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
一方、海斗は。
「…………よし」
孤児院へ向かう道を、オーミャより先に歩いていた。
わざとゆっくり歩き、オーミャが向かって来るのを待つ……そして、オーミャと女性が並んでいるのを見て、ニヤリと笑う。
(あれは……キリューネか)
ポニーテールの、シャツにズボンを履いたスタイルのいい女性だ。
身長が高く、モデルのような体型と言ってもいい。オーミャが何か言うと指を立てて指摘したり、腕を使って大袈裟なリアクションを取ったりと忙しそうだ。
いい先生なのだろう。だが、その正体が『狂医』ドットーレの忠実な配下と知るのはいない。
海斗は、わざとポケットからハンカチを落とした。
「あれ、すみませーん」
「ん。ああ、俺ですか?」
「はい。これ、落としましたよ」
オーミャがハンカチを拾い、海斗へ手渡してくる。
海斗は受け取り、ぺこりと頭を下げた。
「ご親切にありがとうございます」
「いえいえ。ところで……この先に何か用事ですか? ここから先、孤児院しかありませんけど」
オーミャが不思議そうに首を傾げると、海斗は頷く。
「ええ。所長のイーナさんに会いに。デラルテ王国から来ました」
「デラルテ王国? すごく遠いですね……」
「ええ。俺、『救世主』なんです」
海斗はあっさり正体をバラした。
オーミャが「えっ」と驚いている……ついさっきまで、同じ『救世主』であるリクトと喋っていたので当然だろう。
すると、ほんのわずかにキリューネの眉が動いたのを、海斗は見逃さなかった。
「実は、俺たちの追っている魔族が、海洋国オーシャンに入ったって情報が入って……今、本国にはデラルテ王国の女王も来ているし、危険があるかもしれないから、大きな建物があるところに警告してるんです」
「……ま、魔族が、ですか?」
「そうです。海洋国オーシャンに属さない、他領地の魔族です」
海斗がそこまで言うと、キリューネが言う。
「失礼。その魔族って、どこから来た魔族? デラルテ王国から逃げたとでも言うの?」
「いや、違います」
海斗は首を振り、キリューネに確認するように言った。
「十二執政官序列三位『狂医』ドットーレの配下です。俺らは、そいつを追って海洋国オーシャンに来ました」
「…………そうなんですね」
キリューネは、動揺しなかった。だが……海斗の言葉に僅かな何かを感じたのか、それ以上は言わない。
「孤児院とか、魔族が狙うのに格好の獲物ですからね。救世主として、忠告をしに行こうと思いまして」
「そうですか。わざわざ、ご苦労様です」
キリューネは海斗に笑顔を向けた。
海斗は頭を下げて言う。
「あの、孤児院の関係者なら、一緒に行っていいですか? 直接伝えたいこともあるので」
「ええ、構いませんよ」
キリューネは頷く。海斗も、笑顔を浮かべ頷き、一緒に歩き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
孤児院に到着すると、子供たち、そしてイーナが出迎えた。
「オーミャ、キリューネ、おかえりなさい。海洋国オーシャンはどうだった?」
「先生!! すごくよかったです、私、やっぱり薬師の道に進もうと」
「まてまて、オーミャ、まずは手洗いうがいだよ。子供たちも一緒に頼むね」
「はーい。さ、みんな行こっか」
キリューネ、オーミャ、そして海斗が名前も知らない孤児院で働く女性二人……そして、海斗。
オーミャ、キリューネは子供たちを連れて孤児院の中へ。
イーナは、海斗を見てやや目を細めた。
「あら……いらっしゃい」
「こんにちは。イーナさん……お話、いいですか?」
「はあ……まったく、あなたもしつこい子ねえ。どうぞ」
案内されたのは、以前と同じ裏庭だった。
イーナに敵意はない。海斗は言う。
「イーナさん。昨日の話の続きです」
「……キリューネがドットーレと繋がっているとかなんとか? はあ……そんな話、いきなり信じるはずないでしょう? あなたも見たでしょ? キリューネは、子供たちから好かれているわ」
「……潜入任務だから当然です。イーナさん、あなたとキリューネさんの間に『絆』があることは知ってます。執政官であるあなたを敵に回すかもしれないってことも覚悟で言ってるんです……キリューネさんは、ドットーレと繋がっている」
「…………本当に、不快」
「そうでしょうね……いきなり現れた人間が、長年苦楽を共にした親友を敵呼ばわりしてるんだ」
海斗は、崖際の木に近づく。
「それでも、俺はあんたを失いたくないから言い続ける。キリューネは危険だ。裏で暗躍を始めてる可能性が高い」
「…………はあ」
イーナはため息を吐き、海斗の胸に指を突きつけた。
「わかった。あなたの話、少しだけ信じてあげる」
「……少し?」
「そうね……証拠を持って来て。キリューネと、ドットーレと繋がっている証拠」
「…………」
「それを見せてくれたら信じるわ」
「証拠、か」
方法はいくつかある。
まず、キリューネは、孤児院の職員に命じ、孤児院の子供を人身売買にかける。そこをイーナに教え、部下を粛清するために出たイーナをオーミャに目撃させるという話だ。
海斗は頷く。
「なら、俺の言うことを聞いてほしい。そして、疑うことなく協力してくれ……もちろん、俺の言うことは誰にも言わないって誓ってくれ」
「……ふーん」
「オーミャにも、キリューネさんにもだ。俺とイーナさんだけの話……どうだ?」
「わかったわ。あなたの言うこと、聞いてあげる」
「よし……じゃあ、聞いてくれ」
海斗は、『作戦』をイーナに伝える。
イーナは、信じられないような顔をして、海斗を見るのだった。





