1、ありきたりな物語
異世界転生、チート、ハーレム、そして無双……ライトノベルの世界ではもう一般的と言っていい展開。
追放からの覚醒、そして役立たずと思われていたスキルが実は最強でした……そんな展開もありきたり。
今、この世界では、そんな物語にあふれていた。
「……あーあ、やっぱこういう展開かあ」
城山海斗
十六歳。両親は健在。地方都市に住む貧乏でも裕福でもない普通の暮らしをしている少年は、趣味の読書を満喫していた。
今日は、惰性で読み続けていたライトノベル「召喚勇者の異世界冒険物語~オレ、世界を救いますのでどうぞよろしく~」の最終巻の発売日。コミカライズ連載もされ、シリーズ累計五百万部以上売れている人気作品だ。
学校帰りに本屋に寄って買い、自室に戻って読み始めて数時間。
すっかり日も暮れ、同時に海斗の心も沈んでいた。
買って数時間の本をベッドに投げ、椅子にもたれかかる。
「追放、覚醒、無双、ハーレム……そしてラスボスをみんなで倒し、ヒロイン総勢での結婚式エンド。まあ、需要はあるんだろうけど……俺には刺さらなかったわ。まあ、惰性で最終巻まで読んじゃったけど」
本棚には、これまで買った「オレよろ(略称)」が十六冊、収まっている。
海斗は本棚に最終十七巻を差し、一巻から十七巻まで揃った状態を眺める。
「……うん。いいね。ちょっとだけこの状態を満喫したら、まとめて売りに出すかな」
と、久しぶりに挿絵を見たくなり、一巻から読み返してみた。
挿絵を見て、章の合間にあるキャラ表などを見て思う。
「設定はいいんだよなあ……如何せん、ハーレムハーレム、主人公がなあ」
海斗は正直、ハーレムが好きではなかった。
「こうすればいい」や「俺だったらこうする」など、ラノベを見ながら思案するクセがある。だが、その通りになったことはない。
一巻で死んだ主人公を追放する「ざまあキャラ」や、一巻で出てくる敵、そして組織など、そういう設定を読み返すのは好きだった。
「設定はいいんだよなあ……でもなあ」
全十七巻、それぞれにヒロインが登場し、総勢十七名のハーレムを形成する鈍感主人公。こればかりはどうも好きになれない。
「ハーレムね。現実だったらあり得ないよな。それこそヒロインを洗脳でもしない限り、十七名の女が一人の男巡って仲良しこよしなんて無理じゃん……なーんて、創作だからできることか」
海斗は本を戻し、ベッドに横になる。
この「オレよろ」を読み始めたきっかけを思いだす。
「あーあ。主人公が『リクト」じゃなくて『カイト』だったらなあ……ふぁぁ」
夕食まで、まだ時間がある。
海斗は大きな欠伸をして、そのまま目を閉じるのだった。
◇◇◇◇◇◇
目が覚めるとそこは、異世界だった。
「……………………は?」
海斗は、何故か立っていた。
ベッドで寝ていたはず……なのだが。
目を閉じ、眠りに落ちた。眼を開けたら、なぜか立っていた。そして、自分の部屋ではない『どこか』にいた。
意味不明過ぎて、混乱しかけた。
すると、海斗の隣に誰かが立っていることに、ようやく気付く。
「へ? あれ、ここどこ?」
海斗と同い年くらいの少年だった。
学生服を着て、キョロキョロ周りを見渡し、海斗と目が合うと首を傾げ、すぐ前を見る。
海斗は、心臓が跳ね上がり口から飛び出そうなくらい驚いていた。
隣で落ち着くなくキョロキョロする少年を見て、思わず声が出そうになった。
(り……リクト?)
リクト。
挿絵、イラスト、コミカライズで何度も見た顔だった。
というか……ついさっき、最終巻を読んだばかり。
(嘘だろ。いやまさか、俺? 異世界? あるの? 現実? 異世界転生。マジで?)
海斗は、混乱した。
さりげなく自分の手を見て、ついでにつねってみた。
だが、痛い。
現実だと理解した。
(い、異世界)
「異世界、転生!! マジか、実際にあるのかよ!!」
隣にいたリクトが、はしゃいでいた。
そのセリフを、海斗は知っていた。
異世界転生に驚き、無邪気に笑うリクト。
これは、この世界は。
(いせオレ……『召喚勇者の異世界冒険物語~オレ、世界を救いますのでどうぞよろしく~』の、世界に……て、転生、した? 冗談だろ、なんで、俺? 俺が!? あ……)
なぜ自分が……と、思い、海斗はハッとした。
そして、未だに一言も喋らない海斗、はしゃぐリクトの前に、一人の少女が現れた。
「異界より来たりし救世主様……どうか、この世界をお救いください!!」
柔らかそうな銀髪の少女が、海斗とリクトに向かって祈りを捧げるようなポーズをした。
この少女にも見覚えがあった。
(落ち着け。こいつは確か、デラルテ王国第一王女クリスティナ。序盤で、原作一巻で物語の説明して、すぐに出番なくなる脇役王女……)
盛大にネタバレ思考をする海斗。
リクトを見ると、頭をボリボリ掻いて首を傾げている。
「なあ、救世主って何だ? オレとお前が、この世界を救う英雄ってことなのか? なあ?」
「あ、いや……俺に言われても」
海斗は、少し冷静になった。だが……ここでペラペラと喋ることはしない。
まず、クリスティナに喋らせ、落ち着きを取り戻しつつ確信を得ることにした。
クリスティナは顔を上げる。
「私は、デラルテ王国第一王女クリスティナ。あなたがたを召喚した、この国の王女です」
「王女様……おお、若いなあ」
クリスティナがニコッと微笑むと、リクトは頬を染めて目を逸らした。
照れているのだろう。クリスティナは続ける。
「この世界の名称はエンティア。そして、ここは人間が住むデラルテ王国……今、世界のほぼすべてが、魔神と、魔神の眷属である魔族によって支配されています」
(……やっぱりそうか)
海斗の読んだライトノベルと同じ設定だった。
「人間に残された最後の秘術『召喚』で、異界より来たりしあなた方を召喚しました。異界の者であるあなた方には、我々にはない固有の『ジョブ』を授かり召喚されるという伝説があります。その伝説のジョブを持つ者こそ、人間を救う最後の希望となる……と、伝わっています」
「オレが、伝説……?」
(そりゃ、お前は主人公だしな……って)
海斗はようやく思い出す。
この世界における、自分の役割を。
すると、ローブを着た老人が、巨大な水晶玉を手に近づいてきた。
「こちらは『ジョブ水晶』です。手をかざすことで、その者が持つジョブの名を表示することができます」
「へー、すごいなあ。じゃあ、オレが先に」
リクトが手をかざすと、水晶に『リクト』と『勇者』と表示された。
クリスティナが目を輝かせる。
「勇者!! すごい、伝説のジョブ!! ああ、言い伝えは正しかった……」
「勇者……オレが、勇者」
「さあ、あなたも」
「…………」
海斗はもう、確信していた。
水晶に手をかざすと、そこに表示されたのは。
「カイト、で……なんだ? じゃ、『邪骨士』って……?」
カイト、そしてジョブは『邪骨士』だ。
海斗は、ブルリと震えた。
(じょ、冗談じゃないぞ……)
城山海斗は、『オレよろ』の世界に転生した。
主人公リクトと共に、異世界から召喚された少年カイトとして。
海斗とカイト。同じ名前だと思い、読み始めた小説だった。
だが、同じ名前の少年は……一巻で消える。
(ざ、ざまあキャラじゃねぇか!! ゆ、勇者カイトが成長するきっかけを作るだけのキャラ。使い捨ての雑魚キャラに転生しちまったのかよ!!)
城山海斗は、カイトに転生した。
原作小説一巻で消える『ざまあキャラ』として、リクトの当て馬、引き立て役として。