愚者
唐突な長上の既婚カミングアウトなど、
亡き天媛との傷をえぐられたようなもの。
夜比古のカッカ(怒)は、留まるところを知らない。
「結婚だと?! 嘘を申すな! 長上はあやぎり朝を一歩も出てはおらぬ」
蒿雀亜久里は至って冷静に、懐から布地を取り出した。
「文をいただいたのです。熱烈な」
亜久里は、そう告げながら、その布を広げて読み上げた。
ーー蒿雀亜久里さま
あなたと私には、浅からぬ縁がありました。
共に両属地にて円理朝と渡り合い
私が捕虜となった後も、
あなたが孤軍奮闘する姿は、何者にも勝る武勇のあらわれ。
私が円理朝と交渉を重ね、両属朝を打ち立てた際も、
あなたは即座に交戦を停止し、天媛に裁可を委ねた。
退却の際も、一切遺恨を残さず、寝返り兵にも、寛容に道を開けた。
これほどの想いを、遠く離れた血盥渓谷、
蒿雀氏の領地まで伝えることができる。
万葉仮名は、なんと素晴らしいのでしょうか。
しかし私は、この万葉仮名を使わんがために、
もうじき宮中で死ぬことになるでしょう。
最期に一字でも読んでくだされば、幸いにて候
長上
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「え……宮中日記の女官は?」
英賀手は、首を傾げた。
長上は、はぐらかした。
「英賀手さま。あれは私の作り話だ。だから内緒にしてくれと言ったのに」
「ムムム…モテるフリだなんて。長上のいけず」
亜久里の見参に、重臣たちは大慌てだ。
いまや、亜久里が率いて来た蒿雀氏の兵団が、あやぎり朝を取り囲んでいるのだから。
しかし夜比古は勇敢だった。
「ついに正体をあらわしたな! この簒奪者め」
「おやおやぁ、それって自白かなあ?」
現在は両属朝に属する、門客までもが姿を現した。
「門客」
「長上、またやつれたのではありませんか?」
長上の生存を確認すると、門客は重臣たちに向き直る。
「今日は一門客として、政策提言に参りました」
宮中は、伝統と格式を守りたい。
長上は、あれこれと取り入れて試したい。
しかしですよーー長上は天媛より、政務を委任されたのです。
英賀手さまのお世話は……ついでですよね?
英賀手さまが、成人するまでの政務が長上。
此度のことは、長上自身にも問題がある。
何でもかんでもやり過ぎです。
人は、愚かに生きる権利だってあるのですから。
お互いに尊重しなくては。ーーね?
「愚かとはなんだ? この渡来人風情が!
そうか………お前が長上を操っているのだな」
「ええっ? 夜比古さま、愚かなのですか?
私は……誰それが愚かだなんて、一言も。
申し上げては、おりませなんだ」




