大虬
我々は山椒漁の親方に案内され、早々に漁場へと到着した。そこでは水面に魚が浮かび、山椒漁師たちが小舟で漂いながら手掴み、魚を船内に投げ入れる。
その人々の中でたった一人、他の漁師連中と変わらぬ身なりをしているが、よく見ればれっきとした女が居た。どうりで親方も切羽詰まって相談に来る訳だ。
「お~い、オレの娘。大事な用がある。ちょっとこっちへ」
呼ばれた娘は小舟から降りて海に浸かり、そのまま苦も無く泳いで来た。親方が阿諛の肩を引き寄せて紹介した。
「誰こいつ」
「やっと見つかったお前さんの結婚相手だ。あ~よかった、よかった。これで早くに亡くしたカミさんにも顔向け出来る。一時はどうなる事かと思ったが」
「はあっ、冗談でしょ父ちゃん。今さら結婚なんて。わたしは山椒漁で食べていけるもん」
「だったら仲間うちでも構わないと言っただろ。なんで唾つけて置かないんだ。釣り合いの取れる輩は、もう全員売れてしまった。かと言って、見習いの新入りでは相手が可哀想だし、離別か死別の老いぼれでは外聞も悪かろう。何よりオレが気に食わん」
「まあまあ、娘さん。残念だけど、もう決まった事だから。明日には俺らとここを出てくんだし、必需品はまとめておいてね」
阿諛は淡々と予定を告げると、女から胸倉を掴まれて怒鳴りつけられた。
「な~にが娘さんだ。あんたどっからどう見ても年下じゃん。みつちさんと呼べっ。父ちゃんも、そんなに邪魔なら今すぐ出てってやるよ。ふんっ」
そう言い捨てると、みつちは近くの小屋に引っ込んだ。ある程度距離が離れていても聞こえる位には、何かを放り投げたり、ひっくり返す様な物音を大きく立てた後、彼女は手荷物片手に、そこらの女と遜色ない格好に着替えて現れた。
「で、どこ行く気」
「俺の故郷」