再演
女官は、長上とその妹、そして付添の門客を連れて戻った。
「天媛!? なぜ急に……朝はお元気そうだったのに……」
夜比古は、長上の白白しい態度に吐き気を催し、
気が付くと襟元を掴んで蹴っていた。
彼は途端に蹲り嘔吐する。こんなに弱かったのか。
「お兄ちゃん!! ひどい……やめてよ! アンタ──最っ低」
長上とよく似た顔立ちの女の童。
妹が居てコレなのか? 最低なのはどちらの方だ。
「夜比古さま。よろしいのですか?
重臣たちも呼ばないで、枕元で殴る蹴るなど……正気の沙汰とは思えませんね」
門客は、異常なほど落ち着き払っていた。
そもそもこの男は渡来人。
全てが蛮人のお遊びにしか見えていないのだろう。
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重い足音が一斉に近づき、寝所の扉が荒々しく開いた。
「夜比古さま! 一体これは──」
重臣たちは、床に蹲る長上、涙目で威嚇する女の童、そして寝台で血を滴らせる天媛を見て、一瞬で青ざめる。
空気が張り詰めるなか、小さな足音が混ざった。
「……ねえね?」
英賀手だった。
夜比古が制止する間もなく、彼女は天媛の枕元へ駆ける。
その幼い声は、不安で震え、寝所の冷えた空気をさらに刺す。
「ねえね……どうしたん? ケガしたん?
おなか痛い?」
天媛は意識が朦朧としていて、英賀手に気付く余裕すらない。
女官が慌てて英賀手の肩を抱こうとするが、英賀手は振り払う。
その姿に、重臣たちは我に返る。
“何か取り返しのつかないことが起こった”と。
夜比古の胸がつぶれる。
英賀手の声は、喉を切り裂くほど痛かった。
「……夜比古さま。
このような混乱の中、なぜ我々だけを呼ばれたのか──
理由をうかがいたいものです」
門客がその光景に、冷水を浴びせる。
重臣がひとり、低く言った。
「門客。黙れ。
今は宗女の御身が先だ」
英賀手は泣きじゃくり、天媛の手を握りしめる。
「ねえね……なんで……?
朝、いっしょに柿むいてくれるって、言うたやん……!」
その言葉が、夜比古の胸に突き刺さる。
(……守ると誓ったのは、誰だった?
なのに、天媛はたったひとりで……こんな……)
怒り、恐怖、罪悪感。
夜比古の内側で、そのすべてが崩れはじめる。
「──天媛。英賀手をどうするおつもりで?」
長上が、口元を拭いながら、ゆっくりと立ち上がって訊ねた。
重臣たちが、はっと我に返る。
夜比古は、まだ天媛とは結婚していない。
ただの婚約者に過ぎない。
まるで──前宗主の発作後、天媛が泣き縋る姿の再演だ。




