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秘蔵子

 使用人は、長上(おさがみ)へ薬を投与し諸々の消毒や片付けも終えてから、宣言通り留守役(るすやく)の執務室へ報告に上がった。


「――という訳でして、意外と隅に置けないですよね~、ほんといつの間に。あ。そういえば、残念でしたね鈴媛(すずひめ)


「耳ざとい奴め。おまえは通いで、持ち場も全く違うというに」


「いやあそんな照れちゃいます。さっき洗い場で、鈴媛(すずひめ)付きの子が洗濯係に渡す所を見ちゃっただけでして」


「相分かった。下がれ。湯殿を使って、くれぐれも身ぎれいに。調理場へ戻っても、薪割り火熾し以外は絶対するなよ、食あたりまで出されては敵わん。それから、折を見て来るよう海媛(うみひめ)に言伝を」


しかし人の口に戸は立てられぬ。この程度の使用人ですら知っているのだから。明日には街中に知れ渡り、関係各所もまた謀を巡らす事だろう。それはそれで構わない。




 ふと思う。もう少しだけ引き離しておくべきだったのか、今さら後悔するなどらしくも無いが。留守役(るすやく)は、門客と呼ばれ過ぎ去った日々を、しばし顧みる。


――力をつけて機会を伺ってる奴等や、宗女周りの無視出来ない氏族をいくつか落とそう。才を請われてあちこち渡り歩く門客なら、其れがどこのどいつか分かるでしょ。そうして俺と、本物の政をしよう


 山奥出の若輩者にしては、なかなか面白い、言う事は。だがそれも、見合う器があること前提だ。でなければ、それこそ単なる(おもね)(へつら)いのお追従に過ぎない。


せいぜい楽しませてくれないと。世話になった看病代に、こうして旧知の領主の館まで連れて来てやったのだから。


「門客、よくぞ参られた。また良い知恵を貸してくれ」


「ええ、ええ。無論です。その節は大層心を痛めておりました……せめて領主の極近しい方々だけでも、直接の災難には見舞われず、ようございました。これはもう、領主の日頃の行いの賜物でありましょうや」


「おう。分かっておるではないか、先だっての山側一帯の旱魃は、脆弱な半端者を領主に据えたせいだろうと。まあ~、所詮他人事だったのだが。つい最近。海沿いの我が領地でも、地鳴りと大波まで被ってしまってな。各漁村の回復にも手こずっておる。あれでは何年かかるのやら。これ程までに天変地異が起こるのは……、ここだけの話、都の宗女が主君として相応しくないからではないか」


「これはこれは……私如きには及びもつかない慧眼にございます。お見逸れいたしました。は、そういえば。背後に控えている私の秘蔵子ですが、都の往来で、宗女を名乗る痴れ者に出くわしたらしく。今の今まで、笑って気にも留めておりませなんだが、よもや真やも知れませぬ」


ここまでお膳立てしてやったところ、やはり海沿いの領主は話に食い付いた。


「ほほ~う、おぬし、宗女を見たのか。顔は、肉付きは、ああそもそも、お忍び姿とは一体どんな身なりだ」


さあ、阿諛(あゆ)。両脇に女を侍らす狒々爺さんの、下世話な関心事をどう満たす。


「顔は……まあそこそこ、ただ肉付きなんかありゃしません。もちろん服の上からしか見てませんけど、同年代でも、もっとましな娘は幾らでも居ると思います。結局の所、宗女の地位をありがたがって、実物以上に良く見えているだけでは。服装なんかお察しです。盛り場で酔っぱらって行倒れても、全く違和感のない襤褸着です」


「わははは夢のない、なんとまあ、その程度の女か。こりゃ我が側女達の方が勝っておるわ」


ほぼありのまま事実を述べただけだが、領主は両脇の女達と笑い合い、満足したようだ。なるほど、この現状を肯定した訳か。


「それよりも、差し出がましいようですが、私は領主がお気の毒でなりません。宗女がああでは、もはや領地領民を案じ、正しくお導きになれるのは、領主をおいて他にはございません。きっと、そのように女人をすぐ近くに置かなくては、気が休まらない程に大変なご苦労を、日々なさっていらっしゃるのですね」


「お、おお。まあ間違ってはおらぬが……」


表情といい視線といい、そもそも子供の発言だから真剣そのものと受け取られるので、今はまだ良いが。阿諛(あゆ)、それは一歩間違えば皮肉だぞ。


「まあまあ、起きてしまった災害は仕方ありません。領主には確か、持て余した不義の子がお有りとか。彼を宗女の求婚者に仕立て上げ、都へ送り込んではいかがです。きっと徴租は軽くなる。ヘドロは山側におっ被せてしまいましょう」




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