花冠
半月が、離宮の庭を銀色に染めた。
英賀手は小さな手に籠を握りしめ、そっと庭へ飛び出した。まずは一輪の月光花を摘む。
「ねえねに捧ぐ! お花お花ー!」
直後、なにもない芝生に足を滑らせ、ころん、と転ぶ英賀手。
「わわっ! 危のうごさいまする」
庭師が慌てて駆け寄るも、英賀手は自力で立ち上がる。
「だいじょうぶ! ねえねのためだから!」
英賀手は、得意げに籠を掲げる。
そこへ、天媛の愛鳥が飛んで来て、籠の中の花をひょいっとくちばしで摘む。
「チュンチュン! ああっ、だめや!」
英賀手は鳥を追いかけ、庭中を駆け回る。
庭師は肩をすくめ、苦笑い。
「お元気やなあ……」
鳥は、まるで英賀手をからかうように、庭木にとまる。
近づかれると、少し遠くまで飛び、再び英賀手を待ち構える。
「あああ~ねえねのお花~」
その瞬間、月光が庭をまぶしく照らし、影がひとつ伸びた。
天媛の父方筋の男――内務――が、静かに庭の端に立っていた。
英賀手は籠を抱えたまま立ち止まり、目を見開く。
「うわっ……に、にいに!?」
内務は静かに微笑み、月光に輝く髪を揺らす。
「……そのお花、天媛のためかい?」
英賀手は小さくうなずき、籠を差し出す。
「うん! ねえねに捧げるんやで!
チュンチュンに取られたから、取り返すんや!」
内務はゆっくりとひざまずき、英賀手と目を合わせた。
「英賀手さま。
月光花は、他にもたくさんございますよ。
庭をもっと探してごらんなさい」
内務の目には優しさが光り、庭の静寂に柔らかな空気が流れた。
「でも~……英賀手のだったんよ、にいに~」
「一輪ぐらいくれてやりなさいな、英賀手さま。
その方が、たくさん摘めます」
英賀手は首をひねり、庭中を見回した。
最初の花よりも、大きい花
最初の花よりも、白い花
最初の花よりも、花びらが整った花
どれもよく見れば、すばらしかった。
「これであて、ねえねにええことしたる、
花冠を捧ぐ!」
✦
月光が宮中の屋根を銀色に染める夜。
内務は籠の花を持ち、そっと天媛の寝所へ向かった。
御簾の隙間から、天媛が顔を覗かせる。
「……あれ? この花は……」
内務は静かに頭を下げ、花冠を差し出す。
「天媛のために、英賀手さまが摘んだものです」
天媛は、ふっと微笑みながら花冠を被る。
「ふふ、英賀手……ほんまにええ子……」
天媛は花を受け取り、目を細める。
月光の下で、英賀手の小さな冒険と、未来の養父の静かな思いが、そっと交差した瞬間だった。
「……ありがとう、二人とも」
内務は微笑んで頷き、天媛は布団の中でにっこりと笑う。
半月だけが、すべてを見届けて、静かに輝き続けていた。




