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顔
都は広く、賑やかで、香の匂いがした。
勾人が宮中に参内して数日。
まず噂になったのは――その容姿だった。
「そなたの目つき……まるで“わだつみ”のようだな」
「頬の線が柔らかい。母御似か?」
「整った顔だ。天媛もお気に召すやも」
褒め言葉は、笑いとともに投げられた。
軽いものだった。悪意も重みもない、ただの感想。
しかし、勾人には刺さった。
「母に……似てるのか。俺は」
ぽつりと言うと、同じ求婚者の青年が笑った。
「当たり前だろ。よい顔立ちだ。誇れ」
誇れ。
その言葉の響きが、胸の奥に沈んだ何かを揺らした。
(母さんは……この顔立ちのせいで、父に言い寄られた。
さぞかし、気苦労を重ねたのだろうな)
不意に、目の奥が熱くなる。
この顔立ちは、母が一生背負った“女の役目”の一部。
心苦しみ、自分のせいで引き裂かれたその象徴。
なのに都では、それすら価値になる。
(……母さん)
「だいすきだ」
「迷惑かけてごめん」
「もっと、一緒にいたかった」
言えなかった言葉が、喉につかえて息が止まりそうになる。
勾人は空を見上げた。
新月の夜、黒く深い空の向こうへ。
そこにはきっと――
母の魂を運んだ鳥たちがいる。
(母さん……俺は、行くよ)
声にならない声が、胸の中で揺れた。




