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【閲覧注意】新月 ⚠️虐待・自殺に関する内容が含まれます⚠️

「阿諛、名残り惜しいんだ……もうちょっと」

「ええ~」 「いつまでくっついているのですか」


門客は、阿諛に抱きついて離れない勾人の耳を、容赦なくつねった。


「イダダダダダ……痛い! やめろ門客!」


「シッシッ。離れなさい。お楽しみはもう終わりです。領主の“貸し出し”は三日までと決まっているでしょう」


「また今度ね~」


阿諛が抱きついてきた瞬間、勾人は目に見えて狼狽した。


自分からなら平気なのに、相手から来られるとタジタジになる――

初恋浮かれポンチの、どうしようもない純情さを丸出しにして。





勾人は、もう帰ってこないかもしれない。


阿諛の手を引き、去っていく、

あの背中を見た瞬間ーー母の胸に、冷たい何かが広がった。


日が落ちた。

どんなに遅くとも、いつもなら帰ってくる時間だ。


(……帰らないのは、つまり)


母親に腹を立て、

領主である実父に頼み込んで、

計里の館で――また鍵付きの“あの部屋”に籠もったのだろう。


気分が悪い。吐き気がする。

けれど、吐いたところで何も変わらない。


古代の女は、生き方を選べない。

私は、勾人を止められない。


止めたい……でも……

なぜ私は、こんなことを考えているの?


母親なのに、おかしい。

誰に言っても、きっと「狂っている」と言われるだろう。


私は――異端なのだ。



頭の中で、何度も、何度も、


“来てほしくない未来”の声が混ざり合う。


「母さん、ただいま。阿諛を引き取ってきた」「出立後はしばらく戻れない。阿諛の世話を頼むよ」「阿諛、こっちにおいで。――つづきをしよう」


その光景が、鮮明に浮かぶ。

嗚咽が漏れるかもしれない。

叫ぶかもしれない。


止めようとして、止められず、何もかも壊してしまうかもしれない。


そうなれば、勾人は阿諛を連れて館へ戻る。

私のもとから、完全に離れていく。


その未来が、もう……はっきりと見えてしまった。


(私の居場所は、どこにもない)


計里氏はーー夫は。義母は。領主は。

いつだって、私を“役目”で縛った。


子を産め。

再婚しろ。

女として以外に価値はない。


そして今、息子すら――私を捨てる。

(いっそ、ここで消えれば……)


あの子は、幸せになれるだろう。

不義の子にしてしまったのは、私。

母親さえいなければ、領主はいくらでも理由をつけて、勾人を引き取るはずだ。



そう思った瞬間――


ぷつり、と張り詰めた糸が切れた。



ああ、なんて……楽なのだろう。


はじめから、こうすればよかった。





夜が深い。

月明かりを頼りに帰宅した勾人は、灯りひとつない家に眉をひそめた。

(隣家にでも行っているのか?)

履物を脱ぎ、暗闇へと足を踏み入れる。


何かにつまずいた。


人の――つめたい脚だった。


「   」

勾人は、ただ立ちつくすしかなかった。






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