深海
かはそに朝の海沿い領主、計里氏の館。
海風が荒く吹きすさぶ夜、石畳の廊下に、かすかな足音だけが響く。
館内で密かに育まれた秘密――それは勾人。
彼は、実父・計里氏とその元兄嫁の間に出来た、不義の子だった。
彼は、名目上の父の喪中に生まれた。
だが、名目上の父は長らく病に伏せっていた。
当然、周囲は疑いの目を向けた。
母は、名目上の父の子と言い張りながら、
父に、期待の目を送った。
「きっと喪が開けたら、わたしたちを迎えに来る」
迎えは、来なかった。
計里氏は自力で領主の地位を得た。
元兄嫁も、うっかり作った不義の子も、
もはや単なる醜聞に過ぎなかった。
母共々腫れ物の烙印を押され、勾人は計里氏に飼い殺しにされてきた。
だが。
「勾人よ。今まですまなかった。代わりと言ってはなんだが……そなたの幸福と、計里氏の繁栄のためだ。都へ行き、天媛に求婚せよ」
出立前夜。母が死んだ。
「天媛……あなたを……」
勾人の目に宿る光は、邪悪とも野望ともつかぬ色に染まる。
彼の胸中にあるのは、ただひとつ――新王朝を創始するための野望。
館の奥では、天媛が軟禁されている。
外の荒れた海と館内の暗闇が、まるで運命の不吉な呼応をするかのようだ。
勾人は心中で計画を反芻する――新王朝創始、かはそに朝打倒、そして今度こそ、天媛を自らの手中に収める策略。
「すべては……手筈通りだ」
だが、海沿いの荒波のように、運命もまた、予期せぬ方向に押し寄せる。
勾人が握る天媛の運命は、果たして新王朝創始への駒となるのか――それとも逆に、自らを呑み込む波となるのか。




