合流の夜
阿諛は門客と共に、川岸の小屋へ歩を進めた。
小屋の中では、薪火の揺らめく光が静かに室内を満たしている。
阿諛の頭には、今日立ち会った牝鳥の難産の光景が蘇った。
尾羽を震わせ、浅く息をつく姿。
太母の指先の正確さ。緊張で張り詰めた空気。
胸がざわつき、息が詰まる。
「……太母のあれが、十和様に向いたら……絶対、無茶をする」
声にならない呟きと共に、阿諛は膝を抱え込む。
「じゃあ私と円理朝に残って、太母を見張ろう」
門客がすぐに口を開く。腕組みしつつも、不安げに周囲を見渡していた。
毛濔は両手を広げ、慌てるように遮った。
「ちょっと待ったあ!
……阿諛、そんなんじゃない。もっと良い方法があるはずだろ?」
炎の揺れに照らされた毛濔の瞳が真剣に光る。
その鋭さが、阿諛の胸に深く突き刺さった。
阿諛は顔を上げ、火の明かりで輪郭が揺れる毛濔の姿を見る。
彼女の真剣な眼差しが、まるで「決断せよ」と胸に迫る。
そのとき、河鹿が静かに口を開いた。
「……天媛のお母君の話、聞いたことあるか?」
阿諛の胸がざわつく。
河鹿は火の光に照らされた顔をゆっくり向け、低く語り始めた。
「天媛の母は、先々代宗主の異母妹で、先代宗主と叔甥婚をされたお方だ。
少し歳の差はあったが、仲の良いご夫婦だった。
結婚してすぐ授かった天媛も、大層可愛がられておった」
河鹿は言葉を区切るように、薪火の炎を一瞥する。
阿諛は視線を落とし、手のひらで膝を押さえた。
胸の奥で、冷たい覚悟が芽生え始める。
「だが、天媛の出生時点で、すでに難産だった——
臣下たちは正当な男子の誕生を望み、天媛の母には大きな期待がかかっていた」
河鹿の声は落ち着いているが、一語一語に重みがあった。
門客が小さく息を呑み、毛濔が軽く眉を寄せる。
雪蛤は火箸で薪を焚べながら、黙して聞き入った。
「先代宗主は、出生経緯の悩みを抱えつつ、両属地争いに固執した」
河鹿は視線を薪火に落とし、一呼吸置く。
小屋の空気が、一瞬凍りつくように重く沈む。
「天媛の母は、これを終わらせるため、危険を承知で第二子の出産に臨まれた。
しかし結果は、母も子も命を落とす最悪の事態となった。
先代宗主も後を追うように発作を起こして亡くなり、
天媛おひとりが、今のかはそに朝に取り残されたのだ」
河鹿の語りには恐怖も嫌悪もなく、ただ深い経験と重みだけが宿っていた。
毛濔は火の揺らめきの中で、その話を反芻する。
門客も静かに肩を震わせ、雪蛤は影の隅でじっと炎を見つめたままだった。
「……それは、つまり……」
雪蛤の声が、小さく震える。
「十和様に無理をさせたら……同じことになる」
阿諛は小さく息をつき、膝を抱え直す。
心臓の奥で、冷たい炎のような決意が燃え上がる。
毛濔と門客の視線が、それを確認するかのように揺れた。
炎の揺れが壁に影を落とす中、阿諛の視線は固まった。
太母が鳥でさえ追い詰める熱意を知った今、この決意だけは絶対に曲げてはならない——
「俺達の手で、両属地争いを終わらせ、十和様に花を持たせる。
そうすれば、国母なんかよりも偉大な功績になる。十和様の地位は盤石だ。
円理朝の跡継ぎは、主座弟の百二様か、十和様の娘たちのいずれかで十分だ」
河鹿は静かにうなずき、雪蛤の影が隅でじっと見守る。
小屋の中で、阿諛の覚悟と周囲の意思が、一本の太い線となって結ばれつつあった。




