呼び名
とかく狩りを覚え、長上に打撃を与えたい。英賀手は真の目的は伏せながら盛んに訴えた。
「わからない人たちですこと。あたくしは狩りがしたいのです。口喧嘩を見に来たのではありません。あやぎり朝には、こんなお手本未満しか勤めてないのですね。見損ないました」
「そうだな。我ながら人選を誤ったかも。留守役、他に心当たりの者は居ないか」
「阿諛、頼むからやめてくれ。必ず挽回してみせる」
「いや、何もそこまで気にしなくても……、ただの子守だぞ」
「勢揃いして何を騒いでるの、お見舞いぐらい静かになさいよ」
そこへ若い女が一人乗り込んできた。傍らには、風采の上がらない使用人の男一名も引き連れて。女は何も持たず両手を腰に当てているのに対し、男の方は、湯気の立つ食事の膳を両手で運び、何やら手荷物一式まで肩から提げて携えている。長上は少し引きつった顔で、唐突に現れた二人を帰そうとした。
「もう来たのか海媛、一旦出直してくれ」
「そんなのお断り。せっかく作ったのに、冷めたら元も子もないでしょう」
「じゃあ食べるから、薬は後回しだ」
すると今度は使用人の方まで不満たらたらな態度を取り出した。
「ええ~、急にどうなさったんですか、いつもは大人しくされるがままなのに」
「分かったからまだ近づくな。留守役、人払いしろ」
留守役は頷き、英賀手と匪躬をその場から追い立てながら退出した。
「あんな風に、男を従える蓮葉でも媛なんて。ご趣味が幅広くていらっしゃる」
「英賀手、先達は敬うべきだ。さもなくば早々に孤立する。まあ留守役の私は、媛がどうなろうと構わないがな。跡継ぎさえ産んでくれれば用はない、だがそれすら出来ない奴の多い事よ」
そう吐き捨てると、留守役は、ぶつくさ文句を言いながら去って行った。匪躬はその背中を恨めしげに睨み付けた。
「チッ、留守役め。仕留め損なった上に、阿諛との時間が水の泡だ」
「さっきからなんです阿諛って。長上はあやぎりでしょう。面と向かって呼ぶものではありませんけど」
「うるさいぞ小娘、元はといえば全部お前のせいだ」
「んまあ~、失礼極まりない。私利私欲に走って自滅したのはそちらでしょう」