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ムチュコタン大作戦

阿諛は窓辺で慌てふためいていた。


「あわわっ……」


手元の餌箱に夢中になっていたせいで、窓を閉め忘れてしまったのだ。

その隙間から、太母の愛鳥――男梅――が飛び立ち、大空の向こうへ羽ばたいていった。


「とりあえず報連相……!」


阿諛は慌てて門客のもとへ駆け出した。


客間では、門客と太母が十和の“ムチュコタン大作戦”の打ち合わせ中だった。

当の息子の嫁・十和本人は、もちろんこの場にいない。


だが太母は夢中で、男孫誕生から帝王学、そして成人・嫁取りまでの一連の流れを渾身のタッチで描いた図案を机いっぱいに広げ、熱く語っていた。


「阿諛、どうした?」

門客が顔を上げる。


「あ、あの……鳥が……!」

阿諛の青ざめた顔に、

太母は眉一つ動かさず、淡々と言い放つ。


「案ずるな。わが愛鳥・男梅は特殊な掛け合わせで、必ず戻る。

 だが正直に申告したのはよくやった。隠されると取り返しがつかぬ」


阿諛は肩を小さく震わせ、ほっと胸を撫で下ろす。

男梅の習性には安心したが、やはり逃がしてしまったことの責任感に押しつぶされそうだったのだ。


門客は静かに阿諛に補足する。

「阿諛、男梅――太母の愛鳥――のお世話は単なる餌やりではない。

 十和様の未来、円理朝の安定にも直結する重要任務だ」


阿諛は机の図案を覗き込み、十和ムチュコタン大作戦の全貌に気づく。


「ええ……男梅ってそういう意味なんですか?

 かはそに朝は、宗女・天媛の下で一応団結してますけど……。

 円理朝って勿体ないですよ。

 せっかく十和様の娘たちが居るのに、いずれは嫁に出すだけなんて」


太母の眼光が鋭く光る。

彼女の瞳は、鋭利な刃のように阿諛を射抜いた。


「なんじゃと? 了見の狭いこわっぱめ!」

太母の声に、阿諛は思わず身をすくめた。


「ムチュコタンが居らぬ恐怖が分からぬか!

 もし我が息子・主座の愛情が冷めたり、先立たれたりすれば、

 十和の権力など一瞬で消え失せる」


阿諛の頭には、蒿雀氏で見聞きした、かはそに朝の政変や家臣同士の争いの光景がよぎる。


妻に先立たれた先の宗主が病床に伏した折、唯一の宗女・天媛の立場を巡って、

暗躍する家臣たちの姿が、まざまざと脳裏に蘇った。

そしてそれは、宗女を巡る求婚者たちの争いとして、今も、かはそに朝に暗い影を落としている。


「であるからしてーー、十和はムチュコタンを産み、国母となり、立場を盤石なものとしてほしいのだ」


太母はゆっくりと図案を指さす。


「主座は奥手だが、わらわの目が黒いうちはよくとも、このまま男孫が生まれず、やがてわらわが衰えればーー


あの優柔不断息子は、家臣に差し向けられた女に押し倒され……十和との隙間風が、円理朝にびゅーびゅー吹き荒れる。


それでは全員不幸になるぞ」


阿諛は息を飲む。幼い頃、里で見た阿諛の母を含む父の女遍歴や、

大量の愛人子供を嫌々養育させられる正妻の不平不満が頭をよぎる。

その時と同じ、いやしかし、はるかにスケールの大きな“家の運命”が、今目の前に展開しているのだと理解した。


「なるほど……十和様は主座の妻として表舞台に立つ。しかしそれは、ムチュコタンを得て初めて盤石になるのですね……」


太母はさらにゆっくりと、阿諛の目を見据えて理を説く。


「男梅とはそういうこと。

 女は誰かの娘、誰かの妻、誰かの母でなければ表舞台に立てぬ。

 十和の立場が盤石でなければ、やがて崩れる。

 だからわらわの目の黒いうちに、ムチュコタンを得ねばならぬ」


阿諛は言葉を反芻し、心の奥に芽生えた責任感に背筋を伸ばす。


門客は静かに補足する。


「今は結果的に、太母の希望が円理朝家臣の不満と一致している。

 そのため、十和様には言いにくい男梅も、

 太母が代弁する形で抑えられているのだ」


阿諛は深く頷く。

その瞳には、決意の光が宿った。


「男梅の世話を通じ、太母の理を学び、十和様の未来を支えること……。

 円理朝の安定こそ、かはそに朝との和平への唯一の道筋。

 両属地の恒久平和にもつながる……」


門客は静かに見守る。

阿諛は鳥の羽ばたきと共に、覚悟を胸に刻んだ。


外の空では、きっと十和は思うだろう。

“まーたあのクソトメ! なんか悪巧みしてる~。ま、いいか、知ーらね”と。



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