『幇間衆結成秘話──十和が嫁いで三日目に起こした“静かなるクーデター”』円理暦・十和三年 春
【円理朝・極秘史料】
※本史料は、円理朝滅亡より三百年後、
大陸帰りの学者・于文が、
伝承と刻符記録、ならびに絵巻残簡から復元したものである。
当時、円理貴族には文字文化がほとんど定着しておらず、
彼らの政務運営は主として口宣・刻符・象徴絵図によって行われていた。
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十和が円理に輿入れして、ちょうど三日目の夜のことである。
その日、主座・百一は、すっかり憔悴していた。
朝議では両属地の刻符
(両側に異なる家紋が刻まれた難題符)を突き付けられ、
昼には実母に「わらわはまだ男孫を抱けぬのか!」と責められ、
夕方には弟・百二が「兄上、ガンバ!」と満面で現れ、
なぜか臣下全員が百二に向かって「さすが次期主座……!」と跪き始めたのだ。
百一は逃げ場を失っていた。
十和はそれを、嫁入り初日からじっと見ていた。
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◆深夜の書庫──“名簿”との邂逅
三日目の深夜。
十和は一人、灯を落とした書庫にいた。
手にしていたのは「分厚い名簿」と伝わるが、
実際には円理貴族三百家の“象徴絵巻”である。
人物の似姿、失敗談を示す象徴絵、家紋、刻符の写し――
識字が乏しい彼らでも、理解できる形で整理されていた。
十和は絵巻をめくりながら呟いた。
「ふむ……これは賭け事で領地を溶かした……
これは女遊びが過ぎて奥方に追い出され……
これは声が良すぎて朝議で歌い出し……
これは顔が良すぎて臣下の集中が途切れる……
……完璧ね」
彼女は朱の印を取り、絵巻の気になる人物に次々と印を押していく。
そのさまは、獲物を選び抜く獣のように静かで確実であった。
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◆翌朝──“告示”が貼られた日
朝議が始まる一刻前、
宮廷中に突如として“告示”が貼られた。
ただし文字ではない。
象徴絵・大陸文字風の飾り・刻符を組み合わせた掲示である。
【新設・特別職 幇間衆 募集】
(以下、絵による要項)
主座のそばで耳を傾ける象
姿形のよい男の絵
大きなリアクションを示す身振りの図
酒杯に穏やかな顔
“政務禁口”を示す口を縛る刻符
(違反すれば、山の端を指す絵=辺境送り)
応募資格:円理貴族に限る
待遇:俸三倍・酒樽の絵・“主座と夜に同座”を示す二つの杯
この“象徴告示”は驚異的な速度で噂となり、その日のうちに応募が殺到した。
なぜなら、絵巻に名のあった“厄介者”たちは皆、
自分に向けた募集だと信じて疑わなかったからである。
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◆面接──十和の一言試験
十和は面接を単独で行った。
質問はただ一つ。
「主座が『今日も疲れた……』と言ったら、あなたは何と返しますか?」
識字ではなく、反応力・声色・表情が要である。
ある者は「俺が肩を揉みます!」
ある者は「俺の胸を貸します!」
百二は相変わらず「兄上、ガンバ!」と笑った。
十和は全員を合格とした。
そして百二には、微笑みながらこう伝えた。
「百二様。これからは“夜だけ”、兄上のお側に。
朝議では、少しだけ遠慮していただきますね」
百二の目は喜びで輝いた。
「えっ、兄上と毎晩飲めるの!? やったー!」
こうして、
円理朝史上もっとも奇妙な部隊――幇間衆が、
わずか一日で誕生したのである。
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◆初めての“幇間タイム”
その夜。
主座の私室で初めての“幇間タイム”が始まった。
主座は目を丸くした。
「……お前たち、何をしに来た」
麗次(最敬礼)
「主座様のお疲れ、俺たちが全部受け止めに参りました!」
玄馬
「愚痴でも何でもどうぞ! 俺ら、そっちの道のプロでして!」
紫月
「歌でもいきましょうか? 『両属地ブルース』の新作、あります!」
百二
「兄上、ガンバ!」
主座はしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと呟いた。
「……十和。そなたは、末恐ろしいおなごだ」
遠く離れた部屋で、十和はひっそりと笑った。
(これで朝議は静かになる。
弟の影も消える。
そして何より……あなたが、少しだけ楽になる)
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◆後世の評価
こうして円理朝は、
表では両属地をめぐる戦を続けながら、
裏では“太鼓持ち部隊・幇間衆”に支えられ、奇妙な均衡を保つこととなった。
後世の学者・于文は、こう記している。
「円理朝を中興へ導いたのは主座ではなく、
複座・十和その人である。
彼女が作りし幇間衆こそ、王朝を救った最大の“冗談”なり。」




