表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/102

毛濔(もみ)と雪蛤(はすま)の河渡し

両属地は、すでに戦場だった。

かはそに朝と円理朝の兵が小競り合いを繰り返す中、

大河は昨夜の雨で濁り、水面はうねっていた。

渡し場は、いつもより混雑している。

渡し船は、小さな舟一艘。

船頭は額に汗を浮かべ、苛立ちを隠せなかった。


「悪いが、軽い荷の者からだ。芸人の姉ちゃん、先に乗れ」


旅芸人・毛濔もみが、握りこぶしを振り上げて叫ぶ。


「よっしゃあ!」


彼女は普段は一座の芸人だが、戦場では“石器拾い”で稼ぐ。

落ちた矢羽、刺さった鏃、武人の小物――

戦の翌朝には回収して、かはそに朝に売りさばくのだ。

今日を逃せば、他の拾い屋に全部持っていかれる。


しかし同じ船を待っていた商人・雪蛤はすまは、顔を真っ赤にして反論する。


「待て! 私は今日中に商品を届けねばならない!

 君はただの芸人だろ? 今日を逃しても命に関わるまい!」


雪蛤は糧食や塩、麻布を扱う下級商人。

蒿雀氏からの期日厳守命令付きで、遅れれば罰金、

夜間に盗賊や野犬に襲われるリスクもある。

遅延は死活問題だった。


毛濔はカチンときて声を張り上げた。


「はあ? 冗談じゃねえ! 今日逃したら、明日はロクな拾いもんが残ってねえんだよ!」


船頭はもう我慢の限界だった。


「姉ちゃんたち、どっちでもいいから乗れ! 揺れるとひっくり返っちまうんだ!!」


女二人の口論は、殴り合い寸前まで発展しそうになる。

そのとき――静かな声が割って入った。阿諛だった。


傷病兵を向こう岸まで送り届け、戻ってきたところだ。

数えでそこらとは、とても思えない落ち着きで、両者を見渡す。


「船頭さま。

 彼女(芸人)の荷は軽いが急ぎでもあり、

 彼女(商人)の荷は重いが軍務に関わる急ぎです。

 どちらも理由があります」


背後で腕を組む河鹿(お目付役)が、冷ややかに阿諛を観察していた。

(阿諛め、勝手なことを……)


阿諛は落ち着いた声で続けた。


「提案があります」


こうして川渡しは無事に整理された。


→芸人・毛濔は先に船で渡る


→商人・雪蛤の重い麻袋は岸で阿諛と河鹿が預かって軽量化


→次の便はお目付・河鹿の権限により、最優先で商人に回す


→傷病兵によると、上流には浅瀬ルートがある

→それを使い、商人の軽い荷物だけ別行動で運ぶ



芸人・毛濔は、阿諛たちが大河を渡り終えると、向こう岸で待っていた。

舟から降りる阿諛の手を取り、下船を手助けする。


「ぼうや、ただの衛生兵じゃねえな?

 助かったぜ。

 お礼に私の楽器で退屈しのぎしてやるよ。

 ついでに鏃拾いのコツも教えてやろうか?」


商人・雪蛤もにっこりと笑う。


「助かった。あんた、地理も人の扱いもうまいね。

 一緒に行っていいかい?

 飯は自分で賄えるし、少しだけ稼ぎも分けるよ。

 いくさ場道中、一人じゃ危ないから」


河鹿は背後からじっと阿諛を見つめる。

(こやつ、旅芸人も商人も手懐けた……やはりスケコマシ! 監視が必要だ……)


阿諛は軽く息をつき、毛濔と雪蛤の笑顔を見やった。

これからの戦いも、この小さな交渉力が、命をつなぐことになるだろう。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ