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捕虜ごろし

両属地が、また円理朝に奪われた。

新宗主は、即座に奪還作戦を命じた。

匪躬は、蒿雀氏の将軍として、出陣する。


だが、こたびの敵は、一味違っていた。

主座が代替わりしてからというもの、円理朝の兵たちは、妙に練度が高い。

退却を巧みに使い、味方を分散させ、足場の悪い谷間へ誘い込む。


そして一気に反撃。

味方は次々と斃れていく。


特に、青二才の部隊がひどかった。

青二才は戦功を焦り、無駄な突撃を連発。


「俺の指示が悪かったわけじゃない! お前らが弱いんだ!」


部下の死体を見てすら他責。

脱走兵まで続出した。

匪躬は見かねて声を荒げる。


「青二才、人の命をなんだと思ってる!

 これじゃ士気が下がる一方だ!」


青二才は、産まれたての子鹿のごとく震えながら睨み返す。

亜久里は、遠くで彼等を見つめながらため息。


(またか……)


やがて、円理朝の奇襲。


匪躬と青二才の軍勢は、完全に寸断された。

よりによって、匪躬の部隊が危険地帯へ。


「まったくツイてねえ……」


匪躬は配下を連れ、取りあえず森へ潜伏。

保存食と雨水でしのぐ。


ある日、滝壺を発見した。


匪躬が裏側に回ると――「ひっ!」


そこには、慌てふためく1人の木こり。

彼は妻子とは別行動で、ここで待ち合わせだったらしい。


「うわわ、円理朝には黙っていやすから、命だけは!

 あっしには妻と、まだ幼い息子と娘が……

 係争とは無関係なんです!

 生き残って、家族を養っていかにゃならんのです!」


匪躬は苦笑い。


「木こりなら地形に詳しいな。命が惜しけりゃ道案内しろ」


――へへ~っ!

木こりは善き心の持ち主だった。


「匪躬さん、こっちの道はぬかるんでますぜ!」

「匪躬さん、腹減ったでしょ? これ山葡萄!」


危険な道中を協力して乗り越えるうち、木こりと匪躬はすっかりダチに。

やがて無事、青二才・亜久里の本隊と合流した。


「じゃあ、あっしはこれで……」

「待て。礼だ」


匪躬は、血盥渓谷産の黒曜石を渡した。


ーー次の瞬間。シュンッ。


匪躬の背後から、突如として放たれた鏃が、木こりの胸部を貫いた。


崩れ落ちる木こり。


匪躬は慌てて抱き起こす。


「どうして……? ああ、アンタに騙されたのか……」

木こりはそのまま息絶えた。


青二才が背後の木の上から降りてきて、得意げに語った。


「捕虜を逃がしたら円理朝に密告されるに決まってるだろ。

 黒曜石なんか渡したら、それが円理朝に加工され、我ら蒿雀氏に牙を剥く。

 こうするのが最も合理的だ」


「……亜久里がそうしろと言ったのか?」


青二才は匪躬の気迫におされ、責任回避を始めた。


「いやいや、……そうだ! 亜久里の指示だ!

 ぜんぶあいつが仕組んだんだ……!」


亜久里は遠くで狼煙を上げ、退却の笛を吹いていた。


――彼女は、何も知らない。




匪躬は、木こりの遺体を山の室に安置した。

生前の彼の話を思い起こしながら、懸命に彼の家族を探した。


冷やした遺体が保ってるうちに、その息子と娘は保護された。


しかしその妻だけは、山中を逃げ回るうちに、崖から転落死していた。

匪躬は妻の遺体も回収し、同じ墓へ、木こり夫妻を埋葬した。


それから、木こりの息子と娘は、血盥渓谷へ連れて帰った。

ふたりは利発な子どもたちだった。


匪躬の妻女とも、どうにか上手くいきそうだった。


だが匪躬は、もう笑えなかった。




かはそに朝の新宗主は、両属地の奪還に大喜び。


「褒美をやるから顔を見せろ」と匪躬を呼び出す。


匪躬は、木こりの血にまみれたいくさ着のまま、宮中へと参内した。


「なんなん? なんでおいちゃんそんなに穢れとんの?」


まだ幼い天媛が、純粋な疑問を口にした。


(こんなガキンチョのために、俺は戦って……木こりと、その妻は死んだのか?)


「穢れ? ……血だよ! 嬢ちゃんには一生かけても分からないだろうがな!」


「無礼者! 匪躬きさま、我が娘・天媛になんという口の利き方を!」


新宗主は激怒した。その叔母にもあたる妃は、オロオロしながら夫をなだめる。


匪躬は、宮中からの帰り際、突如として出奔した。



――以後、行方はようとして知れず。





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