胎動
山師の屋敷が襲われて以降ーー
大小様々な屋敷が、次々と襲撃された。
刑部の下級役人たちが汗水流し、やっとの思いで捕まえても、それは単なる模倣犯や愉快犯。
ばら撒かれる金銀財宝、あるいは食料。
いつしか彼等は、“義賊”と呼ばれるまでに変貌を遂げていた。
「あゝ まったくもって腹立たしい……この間、
政務で兵部と顔を合わせた。
すると、あやつめ…まだ下手人を挙げられないのですか? だとさ」
早朝の私室ーー刑部は、阿諛に膝枕をさせながら不満たらたらだ。
阿諛は無表情で、刑部の頭を膝に乗せ、櫛でゆっくりと髪を梳いている。
刑部はさらに続ける。
「フン……あの兵部め。
俺が本気を出せば、すぐにでも……」
阿諛の櫛先が、刑部の耳を掠める。
刑部は一瞬、体をびくりと震わせた。
声が少し低くなる。
「……阿諛、覚えておれよ?」
阿諛は無言で、刑部の頭を少し持ち上げ、
位置を修正した。
ひと通りおさらいを終え、刑部は政務を開始した。阿諛は、刑場へと足を運ぶ。
冷暗所には、行き倒れた遺体が運び込まれていた。身につけてあるのは、どこかで見覚えのある頸飾だけーーだが、まだ腑分けには早すぎる。
なのに衣服をまとっていないのは、道端で倒れ伏した瞬間、次々と盗まれて行ったのだろう。
頸飾など本来、いの一番に無くなっていなければおかしいが、そこは一見、全くの無価値に見えるよう、意図的な腐食処理が施されていた。
「おはよう。今朝は、ずいぶんと早いね」
阿諛に話しかけてきたのは、この刑場に出入りする医者だ。
人体のつくりに詳しく、腑分けのエキスパートでもある。
彼女は阿諛が学んだ人体の「正鵠」。その本来の師匠でもあった。
「珍しいだろう? 複数体の腑分けをするのは。
敬意と感謝だけは忘れちゃいけないね」




