このごろ都に流行るもの
〽此頃都に流行るもの
夜討ち、強盗、偽役人
召し人、早引け、狂信者
生首、釈放、賄賂次第の御代官
俄か領主、迷える宗女
出奔、復帰、虚ろな将軍
高まる年貢に枯れる水
村里離れる乞食たち
追従する者、讒言する者
拝み祈祷師の声止まず
下克上する成り上がり
誰が言い出したかは分からぬが、街で耳にする機会が増えたなぁ、と阿子は思う。
都の皮肉な流行り歌。
それがここ、山間部に領地を構える、
小寿林氏のおひざ元まで伝わっているとはーーいやはや。
それだけ世の中への不満というものが、民草の間にはぎっしり詰まっているのだろう。
「汝」
「汝」
阿子は合言葉を伝え、秘密の集まりへと通された。
「世の中は間違っておる! なにが領主だ!」
早速まくし立てるのは、領衛兵の若者だった。
彼は貧農の出であり、年貢を納められなかった実家は、領主主導の食事支給荘園から逃れるため、散り散りになって離散した。
離散直前まで、どうにか年貢を持ち堪えようと、
彼の義姉妹は身売りし、幼い甥姪は公隷となった。売れるものはすべて売り尽くし、物々交換した末ーー老父母は荘園送り、兄弟達はこつ然と夜逃げした。
阿子には言葉が出なかった。
「まつりごともそうじゃ! なにが刑部か!」
か細い声を精一杯張り上げるのは、乳飲み子を抱えた妊婦だった。
彼女は、夫の無実を訴えた。
殺人容疑を掛けられた夫は、その日その時刻、間違いなく彼女と共にいた。
しかし、証言者は妻のみ。
身内の証言など信用に値しないと、はなから決めてかかる刑部の下級役人に追い返され、彼女は途方に暮れていた。
『そうだ!』『そうじゃ!』
『そうにちげぇねえ!』
徐々に観衆の熱気が高まる。阿子はホッとした。
父である兵部への不満は聞こえてこなかった。
やはりお父様は、優れた才覚の持ち主だ。
戻ったら、そうお話ししてーー
「阿子様? 阿子様ではありませぬか!?」
ーーまずい。壇上の若者領衛兵に見破られた。
頭巾で顔を隠しては居たものの、見る者が見れば、判らぬではない。
ましてやここは、兵部のお嬢様だからといって、忖度されるような場所ではないのだから。
「まあ!まあまあまあ! どうぞこちらへ! 阿子様がいらっしゃれば、心強うございまする!」
感激した妊婦からもそう言われてしまっては、断ることも難しい。阿子は恐る恐る壇上へ登った。
「あの……わたくしは単なる聴衆でして……」
「めっそうもない! これは阿子様にしか頼めないのです」
領衛兵とも、妊婦とも異なる、司会の男がまくし立てる。
「もはや一刻の猶予もない! 富める者どもから奪うのです! 我々の痛みを! 苦しみを! 奴らにも味あわせてやらねば、所詮は何も変わらぬ!」
阿子は、壇上の男の眼を見た。
その眼差しは、飢えた獣にも似て、理ではなく
怨嗟と渇望だけが燃えていた。
(……あ、これは……父が最も嫌う種類の方だ)
と、阿子は直感した。
兵部は冷酷だが、愚かではない。
本当に民が飢えているなら、裏で援助は惜しまぬ。
ただし、力を持たぬ者が “勘違いで暴発” するのだけは許さない。
「あの、しかし……奪うとは……誰から?」
かろうじて声を絞り出した阿子に、男は満面の笑みを向けた。
「決まっておりましょう! まずはーー」
男は人差し指を、
まるで “神がかり” のように天へ突き上げた。
「阿子様の知る、不届き者の館から!
まさか、一人もおらぬとは……申されますまいな?」
ざわっ、と空気が揺れた。
(こやつ……なにを言うておるのだ……?)
阿子は心の中で悲鳴を上げた。
「不届き者の蔵を開け、飢えた子らにバラまくのです。
さすればーーより良い世の中となりましょうぞ」
妊婦も、領衛兵も、聴衆も、
皆が “待ってました” とばかりに拳を上げた。
『そうだ!』『世直しだ!』『蔵を開けろ!』
その熱は、阿子の足元まで這い上がり、
まるで大蛇のように絡みついて離さない。
(わたくし、なんというところへ来てしまったの……)
阿子は悟った。
これは民衆の集会ではなく、
ただの鬱憤晴らしでもなく、
明確な一揆の扇動だ。
そして運悪く、
ーー阿子自身が、その導火線の中心に立ってしまっている。
司会の男が、両手を広げて叫んだ。
「阿子様! どうか我らに、お力添えをーー!」
阿子は、喉がひゅっと鳴った。
逃げ道はどこにもない。
(……お父様……どうかお助けくださいまし……)
心の奥で、子どものように小さく呟きながら、
阿子は、期待のまなざしに押しつぶされそうになっていた。




