印地打ち
狩りも見たことのない小娘のたわごとだ。長上はひどくせせら笑う。
弓矢で池の鴨を仕留めてみたい。英賀手はそう言っただけなのに。
「そこまで仰るなら、きっとお上手なんでしょうね。お手本を見せてくださいな」
「やなこった。子守は世の仕事ではない。休暇の邪魔をするな、狩りに詳しい者は呼んでやる」
その詳しい者とやらは、庭の片隅で待ち構えていたのかと疑う程の勢いですっ飛んできて、寝具があるとはいえど、躊躇なく長上を押し倒した。
「阿諛、阿諛。顔色が悪い、こんなに青白くなって、どうしてしまったんだ。なぜ知らせてくれない」
「ああもう、そういうところが困るんだ。匪躬はいちいち仰々しい。知らない者が見たら、明日をも知れぬと勘違いされる。分かるだろう、だから心配かけたくないって」
「大の大人が随分と泣き虫なのですね。そんなんじゃ、虫も殺せるか怪しいです」
「ほら匪躬、目にもの見せてやれよ。じゃなきゃ英賀手なんかに見下されるぞ。さあさあ」
なんだか上手く言いくるめられただけのような気がしてならない。長上め、本当は自分も狩りなど出来ぬのを、体裁よく誤魔化しただけではないのか。
はてさて。いざ弓矢を教わるのかと思いきや、英賀手は庭の木陰で、匪躬と麻縄を編んでいた。だが形状はただの縄ではなく、持ち手と少し幅広の支え部分を備えた代物で、匪躬はすぐさま完成させた。
「おい小娘、玉砂利を二つ三つばかり拾って来い。持って来て渡したら、すぐに距離を取れ」
「承知しました。少々おまちを」
英賀手は庭の一角から無断で拝借してきた玉砂利を手渡して、状況が見える範囲内へ退散した。匪躬はその石一つを麻縄に備え付けて二つ折りにすると、持ち手を握ってブンブン振り回した。
やがて狙いは定まったようで、勢いを殺すことなく片縄を離し、飛んでいった石つぶては、池も生垣も通り越して、その先の空いていた窓から、書庫へ向かって一直線に飛び込んで、書棚を一部破壊した。
「うおっ、何だ急に。石が飛ぶとは、なにごとだ」
「呵々っ、留守役め~、参ったか。某から阿諛を遠ざけた恨み、特と喰らうが良いわ」