《かはそに朝のカチカチ山》
むかーしむかし、
山をいくつも越えた国ーーかはそに朝に、
阿諛という気の短い若者がおりました。
ある日のこと、阿諛が町を歩けば、天邪鬼がにやりと笑って、影のようについて来るのでした。
阿諛がシッシと追い払おうと、天邪鬼は天邪鬼な態度で尾行します。
「あては行きたい所へ行く。ハッハッハ」
「わが家のうさぎ(門客)は病に臥せっておる。
それとも悪狸にシバかれたいか!」
「せやなぁ。ほんなら“荼ぁ”しばきに行こか」
天邪鬼はそう言うと、阿諛子媛を引き連れて古巣へと向かいます。
阿諛子媛は、カチカチと脳内火打石で、導火線に火を灯しておりました。
◆天邪鬼の巣へ
そこは山のように大きな屋敷。
天邪鬼は、
まるでわが家のようにすんなりと通されました。
すると――
「ねえね~! だっこ!」
と、丸々としたつぶらな童女が、勢いよく天邪鬼に飛びついたのです。
「末はえらいべっぴんさんや。嫁にはやらん」
天邪鬼は童女を誘拐したまま、阿諛子媛を東屋へと誘います。
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◆“荼”という名の白湯
東屋で出された“荼”とやらは、
ほのかな薬湯もどきでありました。
「……飲んだらすぐ帰る。こんご天邪鬼とは関わらない」
「はいはい。かまへんよ」
天邪鬼は、どこまでも軽い返事でした。
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◆名のわけ
薬湯もどきをすする阿諛子媛を見て、天邪鬼が言いました。
「にしても阿諛なんて、けったいな名やな」
「阿魔には負ける」
「ちゃう。……あては天媛」
「誰が考えた」
「お父やんとお母やん。まあもう、おらんけど~」
「――変わった親だな。間引きし辛くなるじゃんか」
阿諛が笑うと、天媛はふっと目を伏せました。
じっと聞いていた童女が、よけいな口を叩きました。
「ねえね~、マビキってなあに?」
「難儀なことや。童子は知らんでええ」
阿諛は言いました。
「で、天媛はどう思う」
「不憫なことや」
「――なら、どうすりゃいいんだよ。
全員もれなく王朝で育ててくれるんか?
間引く俺らだけ悪者か?
いいよな、そっちは“綺麗な心”で居られるんだからさ」
天媛は、静かに笑いました。
「ほんなら。禅譲したるわ」
阿諛のカチカチ山が、大火事になりました。
「うるせえ! 辞めたきゃ勝手に死ね。
そんな度胸もねえよな?
首洗って待っとけ!」
阿諛は、そう怒鳴るやいなや、
せうびん氏のお屋敷から飛び出して行きました。
あとに残ったのは、かはそに朝の天媛と、その外戚。
せうびん氏のお嬢様・英賀手だけ。




