阿諛ものがたり(あゆものがたり)
むかしむかし、ある山里に、
まだ名もなき童子がおりました。数え十とせばかりの子でございます。
この子の父は 又代と申す下請けの小役人。
好かれぬ男で、里の者らからは指をさされておりました。
母は、その又代がかかえた愛妾のひとり。
ゆえに童子は、里にも家にも居どころなく、
いつも山に分け入り、木の実を拾いて暮らしておりました。
生まれたばかりの妹が一人。
弟もいたように申しますが、だれも気にとめませんでした。
さて、ある年のことでございます。
里はひどい飢饉に見舞われました。
畑は枯れ、穂は実らず、
里人らは食い物を求め、山へ山へと押し上がって参ります。
「きょうは、ずいぶん人が多いなあ……」
童子が首をかしげておりますと、
ふと通りすがった老いた男がつぶやきました。
「食いぶちが、もうどこにもねえのじゃ……」
——里が危ない。
童子は、幼き胸をぎゅっと押さえて申しました。
「みんな……死んじゃう……。
ならば、年貢を減らさなきゃ!」
そう言うが早いか、童子は納屋へ忍び込み、
なんと倉に火を放ってしまったのです。
「これで年貢は納められない。倉が燃えたのだから……!」
——十の齢にして、まさかの大罪。
◆
物音を聞きつけて駆けつけたのは、父・又代でございました。
「ど、どうして燃えた!?
はっ……物の怪のしわざ……ということにしよう!
それから口止めに、里の美しい娘を代吏どのへ——」
娘は泣き崩れ、
「ほんとは又代さまが……ひっく……」と白状してしまいました。
代吏どのは烈火のごとくお怒りです。
「又代ぇ! ただでは済まぬぞ!」
◆
「いったい、誰が火を放ったのだ!」
代吏どのの声がよく通ると、
童子はすすす……と前へ進み出て、頭を下げました。
「……わたしでございます。」
代吏どのはじろりと童子を見据え、
「正直な子よ」とうなずくと、続けました。
「ついでに父は、処さねばならぬ。」
父「えっ……」
そうして父・又代はそのまま処刑となり、
童子はその日より、天涯孤独となったのでございます。
◆
代吏どのは童子に申しました。
「お前、儂の家へ来い。」
ところが、代吏どのの正妻が泣き叫びます。
「いやです! 放火の子など恐ろしゅうございます!」
正妻は、かつて育てあげた傅役の若造に取りすがりました。
「お願いだよ……あの子をどこかへ預けておくれ!」
若造は困ったように肩をすくめ、
「……仕方ねえな。こっちへ来い。」と童子に手を伸べました。
代吏どのは心の内でほくそ笑みました。
(しめしめ……。あの子が厄介ごとを起こして、傅役の若造が失脚すれば、
正妻の力も弱まろう。そうすれば……あの美人を正妻に据えられるわい。)
◆
こうして童子は傅役のもとへ引き取られ、
新しい名を授かりました。
若造は、にやりと笑い、こう告げました。
「今日からお前の名は——阿諛。
“おもねり、へつらい”って意味だ。
これからは俺にへつらって生きるんだ。」
阿諛は目を丸くし、
「そんな……ぺこぺこしなきゃならないの……?」と震えました。
若造は笑って申しました。
「そうとも。まずは形からだ。」
◆
こうして阿諛の妙な“しつけ”が始まります。
牢屋の見学。
処刑場の見学。
そして動かぬ者の顔に白粉をのせる稽古。
若造はいつも言いました。
「美は武器だ。調髪師を名乗るなら、まずは顔だ。」
阿諛はめきめき腕を上げ、
男女かまわず魅了してしまう、不思議な美の使い手へと育ってゆきました。
あるとき、病弱な領主の若君・しつり様に髪を整えたところ、
若君はひと目で阿諛に心奪われてしまいました。
傅役の若造は怒鳴りました。
若造は若君の種違いの兄にあたるのです。
「この色呆けが! 調子に乗るな!」
阿諛は打たれ、若君は怒り、
なんやかやの末に、三人は和み、
そして阿諛は若造の都行きに同行することとなりました。
◆
ところが道中、
阿諛は盗賊にさらわれてしまいます。
盗賊の頭と名乗るは、
かつて“夜逃げ将軍”と呼ばれた男、匪躬おぢ。
匪躬おぢは阿諛を見るなり、
おそれおののくでもなく、にこにこと抱きしめて申すのです。
「阿諛ぅ……お……たから……」
阿諛は心中でため息をつきました。
(……また変な人につかまった。)
◆
こうして、名もなき又代の子は、
奇妙な出会いと、さまざまな人の思惑に揺られながら、
いつしか宮中を賑わす 長上・阿諛 へと成り上がってゆくのでございました。
めでたくない、めでたくない。
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