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阿諛ものがたり(あゆものがたり)

むかしむかし、ある山里に、

まだ名もなき童子がおりました。数え十とせばかりの子でございます。


この子の父は 又代まただいと申す下請けの小役人。

かれぬ男で、里の者らからは指をさされておりました。

母は、その又代がかかえた愛妾のひとり。

ゆえに童子は、里にも家にも居どころなく、

いつも山に分け入り、木の実を拾いて暮らしておりました。


生まれたばかりの妹が一人。

弟もいたように申しますが、だれも気にとめませんでした。


さて、ある年のことでございます。

里はひどい飢饉ききんに見舞われました。


畑は枯れ、穂は実らず、

里人らはい物を求め、山へ山へと押し上がって参ります。


「きょうは、ずいぶん人が多いなあ……」


童子が首をかしげておりますと、

ふと通りすがった老いた男がつぶやきました。


「食いぶちが、もうどこにもねえのじゃ……」


——里が危ない。


童子は、幼き胸をぎゅっと押さえて申しました。


「みんな……死んじゃう……。

 ならば、年貢を減らさなきゃ!」


そう言うが早いか、童子は納屋へ忍び込み、

なんと倉に火を放ってしまったのです。


「これで年貢は納められない。倉が燃えたのだから……!」


——十のよわいにして、まさかの大罪。



物音を聞きつけて駆けつけたのは、父・又代でございました。


「ど、どうして燃えた!?

 はっ……物の怪のしわざ……ということにしよう!

 それから口止めに、里の美しい娘を代吏だいりどのへ——」


娘は泣き崩れ、

「ほんとは又代さまが……ひっく……」と白状してしまいました。


代吏どのは烈火のごとくお怒りです。


「又代ぇ! ただでは済まぬぞ!」



「いったい、誰が火を放ったのだ!」


代吏どのの声がよく通ると、

童子はすすす……と前へ進み出て、頭を下げました。


「……わたしでございます。」


代吏どのはじろりと童子を見据え、

「正直な子よ」とうなずくと、続けました。


「ついでに父は、処さねばならぬ。」


父「えっ……」


そうして父・又代はそのまま処刑となり、

童子はその日より、天涯孤独となったのでございます。



代吏どのは童子に申しました。


「お前、わしの家へ来い。」


ところが、代吏どのの正妻が泣き叫びます。


「いやです! 放火の子など恐ろしゅうございます!」


正妻は、かつて育てあげた傅役ふえきの若造に取りすがりました。


「お願いだよ……あの子をどこかへ預けておくれ!」


若造は困ったように肩をすくめ、

「……仕方ねえな。こっちへ来い。」と童子に手を伸べました。


代吏どのは心の内でほくそ笑みました。


(しめしめ……。あの子が厄介ごとを起こして、傅役の若造が失脚すれば、

 正妻の力も弱まろう。そうすれば……あの美人を正妻に据えられるわい。)



こうして童子は傅役のもとへ引き取られ、

新しい名を授かりました。


若造は、にやりと笑い、こう告げました。


「今日からお前の名は——阿諛あゆ

 “おもねり、へつらい”って意味だ。

 これからは俺にへつらって生きるんだ。」


阿諛は目を丸くし、

「そんな……ぺこぺこしなきゃならないの……?」と震えました。


若造は笑って申しました。

「そうとも。まずは形からだ。」



こうして阿諛の妙な“しつけ”が始まります。


牢屋の見学。

処刑場の見学。

そして動かぬ者の顔に白粉おしろいをのせる稽古。


若造はいつも言いました。


「美は武器だ。調髪ちょうはつ師を名乗るなら、まずは顔だ。」


阿諛はめきめき腕を上げ、

男女かまわず魅了してしまう、不思議な美の使い手へと育ってゆきました。


あるとき、病弱な領主の若君・しつり様に髪を整えたところ、

若君はひと目で阿諛に心奪われてしまいました。


傅役の若造は怒鳴りました。

若造は若君の種違いの兄にあたるのです。


「この色呆けが! 調子に乗るな!」


阿諛は打たれ、若君は怒り、

なんやかやの末に、三人はなごみ、

そして阿諛は若造の都行きに同行することとなりました。



ところが道中、

阿諛は盗賊にさらわれてしまいます。


盗賊の頭と名乗るは、

かつて“夜逃げ将軍”と呼ばれた男、匪躬ひきゅうおぢ。


匪躬おぢは阿諛を見るなり、

おそれおののくでもなく、にこにこと抱きしめて申すのです。


「阿諛ぅ……お……たから……」


阿諛は心中でため息をつきました。


(……また変な人につかまった。)



こうして、名もなき又代の子は、

奇妙な出会いと、さまざまな人の思惑に揺られながら、

いつしか宮中を賑わす 長上・阿諛 へと成り上がってゆくのでございました。


めでたくない、めでたくない。




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