おぼろげな月よ
まさかここまで足早に縁談が進むとは。宿まで引き返すと、みつち一人増えただけで、とんでもない手狭だ。今の宿屋にはもう空きが無く、渋々ながら私と匪躬で少々街外れの安宿へ出向き、もう一部屋を借りた。
「覚えておれよ門客~っ。あの月の満ち欠けからすると、次の新月まで後何日になるか……」
窓から月夜を眺める匪躬は、指折り数えて私の襲撃日時を画策している。そうやって鬱憤晴らしになるのなら、いくらでもどうぞ。ただこちらも、月の出ない晩は阿諛から離れないようにしなくては。
「この海沿い一帯は、海の幸で成り立っている。しかし先の大波が、産地の各漁村を破壊した……そのため生活苦から治安も悪い。元の宿は中心部にあるとはいえ、女一人で泊まるのは心許ない。何より仮初とは申せ、初っ端から他人と人妻が同部屋で寝起きとは、さすがに不味い」
それでも元は山椒漁の親方の娘――みつちが、今では海媛などと、大層な肩書きで呼ばれるようになるとは思わなんだ。これで阿諛の――今では長上の、息子でも産んでいれば、まさに夢物語もかくやと言ったところだが……、あいにくそこまで上手くは行かないものさ。
「ちょっと留守役、呼ばれたからわざわざ来てやったんだけど。何なの、ひとり笑いだなんて。どうせまた悪企みしてるんでしょ。ま、どうでもいいけどね。わたくしを巻き込まない限りは」
いつの間にやら結構な時間が経っていたようで、使用人への指示通り、海媛が留守役の執務室へ来訪した。
「聞きたい話がある。そこ、椅子があるだろう。座って答えて貰いたい、おそらく長くなるだろうからな」




