英賀手《あがで》
とうとうこの日がやって来た。英賀手は、前日からちょっとした腹痛を覚えてはいたものの、腹でも下したのだろうと高を括って放っておいたのだが――明くる日の朝、寝着に血が滲んでいるところを乳母に指摘されて取り乱した。
亡き姉分・天媛の遺言によって、どうにかこうにか回避し続けて来た仇との婚姻も、これで何の支障もなくなってしまった。
「どうしましょう。ねえね、いっそ今すぐ会いたい」
氏族の男連中は、遅くに出来た一人娘の慶事にかこつけて、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎがしたいだけ。女連中は女連中で、いらぬお節介を焼き、殿方とのあれこれを吹き込もうと躍起になる。
「さあ皆さま、もう十分でしてよ。あたくし、万全の状態でお会いしたいから、お先に失礼します」
最初の血が完全に止まったら、迎えの輿が寄越された。
「早いものだな、あの頃はまだまだこん位しか背丈も無かったのに。まあ良かったじゃないか、天媛の見立て通りにはなったんだから」
長上め。あれから食が細くなったとは聞いていたが、まさか寝込む程だとは。いっそ、そのまま息絶えてしまえばいいのに。
「お加減が悪いなら、魔除けに梓弓でも鳴らしましょうか」
「好きにしろ、別に悪くはないが。最近良い方法が見つかって試している真っ最中だ。正直嫁いで来られても構っている暇は無い。何もそんなに急ぐ必要もないのにな。なるほど相続争いか。死ぬと思われてるのは厄介だな」
なんかぶつくさ許嫁は言ってるが、英賀手はもう梓弓を取り出して鳴らしている事もあり、まったくもって内容は聞いていなかった。
いっそ矢も用意させ、そこらの池に浮く鴨でも撃ち落としてしまおうか、きっと胃腸も弱っている事だろうし、無理矢理食わせてみるのも面白いかもしれない。