7話 猫とメッキ
明日、妹が第三王子殿下と顔合わせをする。コラヴィアは動揺一つ見せず、『わたしの婚約者様はどんな方かしら』と、いつものように明るく振る舞ってはいたけれど。
この婚約は我が家がお膳立てしたものでも、ましてやコラヴィアが望んだものでもない。
僕の失態に、妹を巻き込んでしまった結果の婚約だ。
僕のせいで、コラヴィアの一生が左右されてしまった。それだけでも申し訳ないのに。
それでも……それでも、どうしても頼んでしまった。
「あの甘ったれの末王子を、随分と気にかけるな?」
不機嫌そうなアトレイタス兄上が、言外に何か理由があるのか、と聞いてきた。兄上は、弟を理不尽に解雇して、次は妹に面倒をかけるのかと、この話には反対だったから。
兄上の気持ちは嬉しいし、同時に申し訳なさも感じるけれど、僕にだって思う所がある。
「兄上の弟は僕で、兄上の妹はコラヴィアですが……」
「うん?」
「僕は、妹がコラヴィアだったんです」
「そうだな?」
それがなにか? なに当たり前のことを? と不思議そうな表情のアトレイタス兄上。
僕の、たった一人の兄上。
できれば、僕の気持ちも分かってもらいたい。
「僕の、たった一人の妹は、コラヴィアだったんですよ」
「…………」
「三つ年下のコラヴィアが、僕の妹で。
弟に夢を見ていたら、二つ年下の第三王子殿下が、予想以上に真っ当で普通で素直すぎて、え? ってなって。
あまりの衝撃に、つい、こんな大人しい弟はちゃんと見てやらないと、と思って……」
「いや、まあ、うむ…………」
目を泳がして、言葉を濁すアトレイタス兄上。
うん、コラヴィアが、かわいい妹であることは間違いないんだけど。
こう……言葉にしがたい、うん、どう言えばいいのかわからない、なんていうかこう……。
僕とアトレイタス兄上は、視線だけで頷き合った。
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第三王子殿下とお会いする日の装いは、家族はもちろん、侍女たちも一緒になって考えたわ。
緩くウェーブのかかった、豪奢な黄金の髪。結わずに流れ落としたサイドは、まるで金色に流れる川のよう。後ろは結い上げて、花の妖精のような華麗な髪型に。
ドレスは赤。愛らしく明るい、ストロベリーレッド。鮮烈なカーマインレッドよりも、可愛らしさを強調したの。
襟元、袖口、裾を華やかに装う大ぶりなレースは、ぜんぶ白よ。腰をきゅっと絞ってる大きな飾りリボンも、ミルクティホワイト。
イチゴたっぷりのショートケーキって、かわいいじゃない? 前世で好きだったそれ。赤と白で着飾った自分を鏡で見て、なんとなく思い出したわ。
コンセプトは、甘さ増しましのホワイトロリータ。
アクセサリーのペンダントは、目の色と同じブルーサファイアのドロップ型で、さながら花の滴。お母様や仕上げてくれた侍女たちから、赤い薔薇の妖精そのものだと、褒め称えられた。
我ながら、なんて可愛いの、とうっとり鏡に見入ったものよ。
「これはまた、なんとも愛らしい方だ」
第三王子殿下との顔合わせ。滑らかに淀みなく、きちんと社交辞令を口にするあたり、昔の顔ふいっ小僧から、ちゃんと成長してるわね。
ちょっと口調が棒読みで、見惚れるでもなく、奇跡の美貌に出会えた栄誉に跪いてむせび泣くでもないあたり、まだ悪ガキの域を出てないけれど。
殿下の好みに合わせて、私の衣装は華麗さではなく、可愛らしさを強調した赤と白の装いにしたわ。トランお兄様の顔を立てたのもあるけれど、これから婚約、将来的には結婚する相手なんだもの。歩み寄りは、大事よね。
ほんとは、鮮烈なカーマインのアンダードレスを、深みのあるクラレットのオーバードレスで色味を抑えて、代わりに金のアクセサリーをふんだんに使って豪華に装う、そういう案もあったのよ。
そっちを選ばなかったのは……そういう迫力のある装いは、まだわたしには早いというか……若いうちしかできない可愛い装い――期間限定の装いを、優先させたから。
前世で言えば、振袖。あんな感じで、お洋服には年齢制限があるのよ。
綺羅で絢爛な装いは、もうちょっと後に取っておくわ。豪奢な黄金の髪に、宝石よりも輝かしいサファイアブルーの瞳の、スーパーハイパーウルトラゴージャス美人なわたし。数年後には、迫力美人になること間違いなし!
待っていなさい。その時には、黄金の衣装を身に纏ったクレオパトラもかくやという、傾国の美女っぷりを世界に見せつけてやるんだから!
そうして迎えた、第三王子殿下。社交辞令を口にした殿下は、幼い頃と同じく光を弾く金色の髪に、陽の光の下ではインペリアルトパーズにも見える琥珀の瞳。しっかり成長したすらりとした立ち姿は、引き締まった若木のよう。
我が儘な聞かん坊っぽかった面立ちは、華やかな美貌に加えて、意志の強さを窺わせる精悍な顔つきに成長していた。
春爛漫、赤や黄色のチューリップ、青が綺麗な小花のネモフィラ、紫のラベンダーの群生は見事の一言に尽きるわ。
色とりどりの花が咲き誇る王宮の庭園の一角の、平らな敷石が敷き詰められた白い屋根付きの休憩所。同じく白を基調としたテーブルとイスがオシャレよね。
供されたお茶もお菓子も、押しも押されぬ最高級品。王家の方々だけでなく、料理人に給仕に侍女、果ては庭園に咲く花々にさえ気を使われた、意図的に和やかなお茶会。
「よく見ると、さすが兄妹だな。トラン……キグナスバーネ卿に似ている」
お互いに、聞こえの良いリップサービスを言い合っての様子見から、平和に仲良く、の意思確認が相互に成立した所で――淋しそうな表情で、そんなことを殿下は言った。
ちょっと同情してしまうわね。
我が身に置き換えてみたら。大好きなトランお兄様と言い争って、仲違いの末に、対外的な理由で気軽に会えない立場になってしまって。しかもそれが、自分で自分が悪いってわかってる状況。
悲惨ね、自業自得だとしても、無残に過ぎるわ。
ちょっと、かなり、大分、同情してしまうわね。
とりあえず、トランお兄様の人物評は、それほど間違ってないみたい。第三王子殿下、思ったよりも真っ当だわ。
トランお兄様は、「どうにもならないことを、どうにもならないことなのだときちんと受け止めて、腐らず前を向いて頑張っている、我慢強い方だよ」と、わたしに話して下さった。
トランお兄様を一方的に罵って解雇した暴言野郎、の片鱗は一切なくて。十七歳の若造にしては政略を理解して、ちゃんと礼儀正しく、わたしに接している。
「トランお兄様は、大層楽し気にお仕えしておりました。この度の婚約も、そのお話があったからこそ、我が家はお受けすることを決めました」
「そうか、そうか……。トランは、いつだって俺を助けて……」
目を伏せて、それ以上の言葉を、第三王子殿下はお茶と一緒に飲み込んだ。だって、その言葉は、わたしに聞かせるべきものではないから。
自身が、感情と権力に任せて追い払った側近の、妹。伝える相手は、わたしではないわ。そして殿下が悔いれば悔いるほど、伝えることは叶わない。王族の謝罪は、許せ、の強要でしかないのだから。
いつか、今回の事件が風化して、わたしと結婚して親族としてお会いするようになる頃には。王族と無爵の次男という身分の差はあれど、元通り、友人としてお会いできるようになるでしょう。
それまではお互い、波風立てず和やかに、この婚約を乗り越えて。滞りなく結婚して、キグナスバーネ伯爵家に侯爵位をもたらしましょうね。
どうなるかと思ったけど、婚約者として何とか仲良くやっていけそう。共通の話題が、トランお兄様、というのがちょっとアレだけど。
仕方ないじゃない、トランお兄様には嫌われたくないんだもの。わざわざ、殿下を頼んだよ、って久し振りに頭を撫でられたのよ。第三王子殿下なんて、一つ年上の弟と思って面倒みてあげるわ。
春のうららかな日差しの、美しい花の咲き乱れる庭で。第三王子殿下とわたしは、これからよろしく、と微笑み合った。
微笑み合った視界の隅。
安堵の表情が隠し切れなかった王家の侍女、詰めていた息を吐き出した王家の給仕、の姿が見えた。ついでに、王家の護衛がやったぜ、とばかりに、ぐっ、と拳を握ったのも。
王家は、我が家を一体何だと思っているのかしら……ああ、いいえ。きっと、これは第三王子殿下を応援し隊の皆様方よ、たぶん、きっとそう。
とりあえず、わたしの役目は。
清楚な王家の中に突如躍り出た、花も恥じらい咲いた花が蕾に戻ってしまうほどの、超絶美少女、コラヴィアちゃん! 王家とキグナスバーネ家の仲良しの象徴、愛されるマスコットキャラクターとして、第三王子殿下とニコイチキャンペーンをしていればいいわね。
王家を飾る綺麗なアクセサリーとして、良いように使われてあげるわ。殿下も政略を理解していらっしゃるし、上手くやっていけるでしょ。
そんな風に、ほどほどに仲良くやっていけそう、なーんて、思っていた時期もありました。
たった半年で、他の女の影がチラついて。あまつさえ、それが人目に触れて噂にもなるって、どういう了見よ!?
ちょっと顔貸しなさい!!!
歩み寄った装い……でも、清楚系とは言ってない、って感じですね。主人公の描写に、ここまで字数を省いたことがなかったので、書いてる時は新鮮でした。
小ネタ
第三王子 クライファス殿下、命名はキンケイ(黄色くて派手な鳥)由来。
(候補に挙げて却下した鳥)
カナリア……黄色いけど、すぐ死にそうだから却下。
インコ……種類多すぎて黄色限定が難しくて却下。
次、8話「体面が服着て二足歩行したら貴族」