5話 もてもて第三王子殿下
トランお兄様が第三王子殿下の勘気に触れて側近を解かれた、との知らせにお父様が顔色を変え……るよりも先に。
王城からの急使は伝言を区切らず、早口で流れるように続きを口にした。
「王太子殿下の側近となりました!」
必死の形相と決死の覚悟を、足して二で割らずに乗算した雰囲気の急使を前に、わたしは脳内で再生ボタンをぽちっと押した。
『キグナスバーネ卿は第三王子殿下の側近の任を解かれました王太子殿下の側近となりました!』。
この間、ノンブレス。
急使をよく見ると、左胸辺り、服の下に胸当てでも着込んでそうな感じで不自然に膨らんでるし。首元、それオシャレチョーカーじゃなくて、純粋に首防具? かぶってるその帽子、鉄板入ってない?
我が家をどう思っているか、とても良くわかるわね。別に、ただ知らせを届けに来た急使を、どうこうするつもりはないわよ。
宣戦布告に来た使者でもあるまいし。
事情を聞こうにも、急使も詳しくは知らず。
とにかくも、第三王子殿下の勘気に触れはしたけれど、王家としてはキグナスバーネ卿を罰するつもりはないと。誤解無きよう使いを立て、昼夜問わず駆けさせた、と。
確かに、伝言ゲームで元の話とは似ても似つかない話を聞かされたり、悪意で歪められた噂でお兄様のことを知るよりは、良いことなんだけど。何というか、こう……滲み出る、他所からヘンに話が回る前に、どこよりも早く、真っ先に詫びを入れに来て、誠意を見せた感じが、ね?
王家は我が家をなんだと思ってるのかしら。
急使が駆けつけた次の日に、トランペタスお兄様から手紙が届いたから。ほんとにあの急使、かなり無理をしたのね。
とにかくも。
領主本邸にいたわたしたちは、大急ぎで王都へ向かって。王都入りしてタウンハウスでキグナスバーネ伯爵家、集合! を果たしたわ。
そして、集合! の次の日。
タウンハウス到着直後の慌ただしさが一段落したのを待ち構えていたかのように、王城からの使者は伯爵邸にやってきた。
タウンハウスの広間。
白黒マーブルの立派な大理石のテーブルが目を引く、三代目からの薫陶により、悪趣味に飾り立てるよりもシンプルに品良く引き算の美、を守った、落ち着いた広間で。伯爵夫妻、次代夫妻、次男、長女のわたし、の全員を前にして。
礼服を身につけた王城からの使者は。
第三王子殿下と。
キグナスバーネ第三子、長女であるわたし、コラヴィアとの。
王命による婚約を、打診した。
~・~・~
第三王子殿下って、理想の女性像が刷り込まれているんじゃないかしら。
王妃様、清楚系。
王妹――現公爵夫人、清純可憐系。
王太子妃様――同盟国の王女様は、気品のある清雅という言葉がぴったりな御方。
そうよね、王太子妃様って、挟撃の同盟の証なんだもの。ケンカ売ったらダメ、かと言ってナメられたらダメ。派手すぎず、媚び売らず、同盟国として同等であり、誇り高く……清雅を装う以外に、選択肢はないわね。
王妃様や公爵夫人の清楚、清純系だって、炭酸飲料風イケメンの陛下を際立たせるために、控えめにそっと寄り添ってますー、的な装いを選択したからで……さながら中央のバラを飾るカスミ草よね。綺麗な花束には、脇花、隙間を埋める花が重要なのよ。
王妃様だって、元は我が国の公爵令嬢。王妃になったからといって、これ見よがしに派手派手ゴージャスな装いをしたら――他の貴族令嬢、つまりは力ある貴族の方々から猛反発を喰らうのは必至。
勝者だからこそ謙虚に、っていう、政治調整と文化人的な思惑からの「清楚」が王妃様。
そうね、これがもし、キグナスバーネ初代だったら。
武力に任せて反発を圧殺して、金銀宝石で悪趣味を極めて飾り立てて、勝利を喧伝、敗者をこれ見よがしに煽りに煽って、足蹴にしたんじゃないかしら。
教養って大事だわー。
蛮族だった我が家の話は棚に上げて。
それらしい思惑があるとはいえ、この過剰が過ぎる王家の清楚系押し、いえ、圧しには、実は歴史的理由があるの。
今でも語り草になってる、四代前の王妃様。友好国からの王女様は、それはもうお美しくて。太陽に比する眩く輝く黄金の髪、雲一つない真昼の空の瞳、雪花石膏の肌にバラ色の頬。
友好国の威信をかけたお輿入れは、それはもうドがつく派手さで。お衣装もそれはもう筆舌にしがたく。そして我が国も、友好国の王女で王妃だからと、それはもう持て囃し、褒めちぎり、傅き……。
でもね、性格ブスだったのよ、そいつ。
おかげで四代前の国王陛下、王妃様を、元・王妃様にする為に、たったの五年で王座を王弟に譲り渡したっていう。
今でも語り草よ。
しかも追加の裏話があって。
ほんとはその王妃様、「それなり」程度だったのを、両国が総力を挙げて磨きに磨いて、盛りに盛って、稀代の美女に仕立て上げた、のが真相らしいの。
だから今までしおらしく擬態していたエセ美人が、舞い上がって正体を現してしまった、っていうね。
四代たった今だからこそ武勇伝(笑)って笑い話にしているけれど。王家はまだあの悪夢から脱却できずにいて、今なお当時のお話は禁忌だそうよ。
だから、王家に近しい女性は、清楚系を装うの。
でも、わたしが思うに。
王家はそのうち、清貧、清楚を装ったド屑に、騙されるんじゃないかしらね。
そんな風に清楚系押しの王家にいて、上手く回してる周囲――控えめ清らか、華のある清らか、ケンカ売らない清らか――そんなのに囲まれて、第三王子殿下は育った。
育っていって、しまった。
トランお兄様の解雇理由も、元を辿ればそれが原因と言えるわ。
十六歳の第三王子殿下。王太子殿下も第二王子も結婚した後に、たった一人残されたフリーの王族。しかも適齢期。
残されたたった一つの王族に、貴族はこれでもかと食いついた。その様子は、前世で例えれば、投げ入れられたエサに群がる鯉、あるいは、ピラニア。
第三王子殿下の気を惹こうと、ご令嬢たちはそれはもう、あの手この手でアピールしたんですって。とっとと王家が婚約者を決めれば良かったんだけど。貴族間の駆け引きが激しすぎて、どうにも決めかねたらしいわ。
何してるのよ、王家。貴族のバランス調整が仕事でしょ、手を抜いてるんじゃないわよ。
ああ、でも、よくある手よね。
売り切れ御免!
残りはあと一つ、これが最後ぉぉぉ!
とか言って、購買意欲をそそる手法。ついでに売値を競り上げるのも。ここだけ、とか、もう二度と手に入りませんよ、って、ついつい手に入れたくなるのよね。
そう考えると、王家、上手くやった、のかしら? 大した価値のない第三王子殿下の売値を、これでもかと、上げに上げてるんだもの。幸運の壺を売りつける詐欺師みたいに、今、これ一つだけって。
そう考えると、王家が決めかねた、とか、バランス調整失敗、じゃなくて。壺を高値で売りつけようと様子見してた、のが実情で。
だから、王家は動かなかった?
それで、第三王子殿下本人は、というと。
どうにも、おおまかな理想像として「清楚系」、なのに。ぐいぐいと迫っては食いついてくるご令嬢の、どんなに隠そうとしても隠し切れない、肉食な気配。
殿下が辟易して内輪で愚痴るのは、仕方ないわ。それぐらいは許してあげる。
でもね。
主語を広げて「女は」って、一括りにするの、止めてくれる? 身内の女性だけは例外って、それなんてお子様発言?
剣術訓練後の、男性だけの気安い昼餐の場。
いつも以上に気を昂らせた第三王子殿下が、感情のままに令嬢たちを罵り蔑み。ヒートアップは留まる所を知らず、罵倒の言葉はエスカレートしていって。
あまりに酷い言い草に、文官で剣術訓練には参加せず、後から昼餐に合流したトランお兄様がやんわりと制止するも。
裏切り者とブチ切れて、制止したトランお兄様をその場で解雇したんですって。
何なの、第三王子殿下。側近はイエスマン限定なの。忠告はノーサンキューな独裁者なの。破滅したいの、しなさいよ。
壺価が高値を維持してたからって、様子見してた王家、残念でしたー! 壺は割れたわ、昼餐の場にいた人たちが証人よ。
トランお兄様。
十八歳になっても昔と変わらず、少し癖毛の柔らかいライムイエローの髪に、涼し気な淡いベビーブルーの瞳。少し伸びた髪を青染めの紐で括って、事情を一通り説明する声は穏やか。ベストとズボンのすっきりとした姿で、サマーシャワー色のリボンタイが涼やか。
トランお兄様ったら、五年で男振りを上げたというよりも、美青年ぶりを上げたわね。文学少年から見事に、書生風美青年に変身してるわ。
トランお兄様が言うには、普段の第三王子殿下は少々やんちゃ気味な所はあるけれど、至って真っ当な性質で。
王位を望むことはなく、政治には近寄らず、一個人の武勇、剣術に励み。かつ、軍に所属する「個人」とは親しくするも、軍の「派閥」とは距離を置いて。王太子殿下を尊敬してる、良い弟君、なんですって。
だから、あの訓練後の激昂は、いまだに信じられない思いがする――と、トランお兄様が、薄幸の影を落として儚げに俯くの。
お心に添うことができなかった、お心を汲み損ねた、対応を誤ったと、哀し気に自嘲するものだから。
我が家全員、そんなことはないって、取り囲んだわ。
「今までよく頑張ったな」
「そんな側近なんぞ辞めて良し」
「そこで諫めの声を上げることができたお兄様は立派よ」
「制止には勇気が要ったでしょう、あなたを誇りに思うわ」
訓練後の昼餐の場って、どれだけ人がいたっていうのよ。いくら男性だけって言っても、いえ、男性だけだからこそ――こんなことを話してた、って「男だけの内輪の気安い話」が、妻、姉妹、恋人、にどれだけ広まると思って!?
第三王子殿下の暴言に、トランお兄様が制止の声をかけるのは当然でしょう。他の側近だっていたでしょうに、トランお兄様と一緒に止めなさいよ、何やってるのよ。
聞けば聞くほど、トランお兄様は悪くないじゃない。でも、そういうお兄様だからこそ、王太子殿下の側近に、すぐに取り立てられたのでしょうけど。
そうね、素早い対応に、王家もそう捨てたものじゃないと、と認めてあげなくもないわ。
我が家全員そろって、力なく肩を落としてるトランお兄様を励まして。王太子殿下の側近という、新しいお仕事のお話を聞いて。どうやら、王太子直轄領からの収益の計算や書類整理で、落ち着いてお仕事できているらしいと察して。
良かった、と安心したタウンハウス到着一日目。
事情を思い返して、王家への信頼度がちょっぴり乱高下して、第三王子殿下への好感度と評価は下がりに下がった二日目の午前。
王城から使者の来訪、そして。
第三王子殿下と、わたしの、婚約の打診。
王家、バカなの? 死ぬの?
前世の煽り言葉がつい口から出そうになっても、仕方ないわよね。
これだけ口悪いわ女王様な主人公って……いや、大丈夫。
ビアンカ、フローラを袖にして、デボラ様を選択した剛の者もいる(古い)。
多数派ではないことは承知の上!
……念のため繰り返しますが。
一話目の前書きに書いてある通り、「この主人公、無理」って方は、ご無理なさらず。
次、6話「ドミノ倒しの駒並べ」