4話 貴族とか言ったって、始まりなんてそんなもの
わたしが十五歳になってしばらくして。
キグナスバーネ家第二子、「白の君」ことトランペタスお兄様が、第三王子殿下の勘気に触れて側近を外された――王都から遠く離れた、キグナスバーネ伯爵領の領主本邸に、その知らせは突然にもたらされた。
キグナスバーネ伯爵家。建国の、時の国王陛下から爵位を授かった、間違いなく公明正大に正規の正しい伯爵家、なんだけれども。
成り立ちはちょっと、少々、かなり、ツッコミどころがあったりするの。
群雄割拠の時代、それなりに由緒正しいお血筋の方々が争い合って。最終的に、我が家が与力した勢力が勝利して王位に就いたのだけれど。
キグナスバーネ家って、別に貴族でも何でもなかったのよね。
地元の力自慢たちが……いいえ、言葉を飾らずにはっきり言えば。田舎で力を付けた山賊もどきの武力集団が、勝手にキグナスバーネの名を掲げたのが、我が家の始まり。
当時は敗色濃厚だった、後には王となる御方に与力して、武功でもって献身を捧げ、その御方が王となった暁に伯爵という身分を賜った――といえば美談に聞こえるけれど。
要は、中央の政治闘争に明け暮れて、あまり実戦慣れしてなかった文化人を、日頃から喧嘩上等、喧嘩は挨拶、喧嘩はコミュニケーションの一つです、な文化で育った野蛮人が蹂躙した、ってだけよね。
で、由緒ある御方が王位に就いて、もう不要になった由緒なんか一つも無い野蛮な武力集団を排除、しようとして――それやった時の報復が怖くて出来なかった結果。
功績を鑑みて、領地と伯爵位を与えて宥めたのよ。
前世を思い出した、今のわたしからすれば。
――それなんて怨霊対処? 我が家は雷公様の親戚だった?
与えられた領地は、国の端っこの山脈を丸っと。
広大と言えば広大で、面積的には伯爵位に見合うどころか余りあるし。山脈を越えた向こう側にも国があるから、ある意味、辺境伯と名乗ってもおかしくはない領地と地位を賜ったわ。
山脈に、耕作地も、領民も、ないけれど!!!
しかも、爵位としてはかなり上の伯爵位だから、爵位料はそれなりに高くて。忖度無しに、平野の農地を抱える伯爵家と同じ爵位料を課せられた。
恐らく、当時の王家の考えでは。
しばらくの間は、伯爵位に課せられる爵位料、つまり上納金は報奨金で払えるけれども。後々は払えなくなって爵位も領土も返上。ちょっと考えれば分かることだけど、学のない野蛮人には分かるまい、と。
――気づいてどうにもならなくなった頃に、爵位返上して野蛮人は平民へ帰れ、が規定シナリオだったんじゃないかしら。
明らかにバカにされてるし、潰れろという悪意と、報奨金回収の意図が透けて見える処遇よね。実際、力自慢で政治闘争とは無縁の初代は、そんな裏の意図なんか読み取れずに、領地も爵位も貰えたぜヒャッハー! だったらしいし。
まぁ、たしかに。名も無いただの強盗集団、もとい、武装勢力が貴族入りなんて、サクセスストーリーを遥かに越えたあり得ない話で。初代の補佐から代を継いだ二代目だって、貴族らしさなんてカケラもないただの脳筋だった。
だけど。
継いだ二代目は、手下の若い衆を従えて山脈の東へ。そして現役時代からは劣るとはいえ、まだまだ元気に暴れ回る初代が、手下の老兵を従えて山脈の西へ足を延ばして。
東西に広がる山脈に隠れ住む逃亡罪人とか逃亡農民……ええ、ぶっちゃけ山賊団を炙り出しては、「よし、おまえ、これからキグナスバーネの領民な!」と、理不尽な暴力で従えた。
そうやって初代と二代目が、いなかったはずの領民を山から引きずり出したら。
三代目が、手つかずの山脈を、葡萄酒の流れる山に変えた。
「これ、葡萄!? ここって葡萄の宝庫じゃないか!
よっしゃあ、転生ガチャ勝ち確! この山脈の葡萄、ぜんぶ俺のもの! 葡萄酒作り放題、よっしゃまかせろっ、俺はやるぜぇぇぇー!!!」
と叫んだんですって。我が家で祀ってる山神様、葡萄の神様、葡萄酒の神様に、当時の記録がそれぞれ捧げられているから、たぶん、実話。
今世の「葡萄」って、前世からしたら、スダチとかカボスみたいな外見なんだけど。味はたしかに葡萄なのよね。蔓植物で、計画的にすれば年に二回、収穫ができて、ほっくほくよ。
そして、思い出した今のわたしは、三代目に言いたいことがあるわ。
ねぇ、『ぶどう』って、はっきり日本語なんですけど???
今でも酒造の参考にされてる、微に入り細に入り記された、たくさんの手記。
赤は、破砕、発酵、圧搾、熟成。
白は、破砕、圧搾、発酵、熟成。
工程変えるだけでベツモノだから、これマメな!
サンプルAは、さわやか、酸味強い、白のコルテーゼっぽい……実行あるのみ。
サンプルBは種多い、ちょっと苦め、味は果実みある、これは赤のグリニョリーノっぽいけど、土壌が合ってない疑惑、移し替え予定、等々。
他にも剪定に除草に間伐とか、細々とした試行錯誤が綴られてて。この手記を元に延々と我が家は試行錯誤を重ねて、現在進行形で、改良・改善の資料が積み上げられていってるわ。
他にも、なかなかはっちゃけた手記が、我が家には残されている。
――葡萄酒だけのモノカルチャーだと、詰む。葡萄なんて、病気が流行ればその年のは全滅だぞ、目指せポリカルチャー……いやでも、葡萄以外のことなんて、俺は知らん!
あ、山だし、木材あるじゃん、建材、薪、炭。葡萄酒と林業の二本立てだ!
領地として与えられた山脈。平野が国土の大部分を占める我が国の、王家を筆頭とする貴族連中からしたら、耕作地になりようがない山地なんて何の価値も無い不毛の土地、としか思えなかったかもだけれど。
前世の日本って、国土の四分の三が、山と丘陵地帯だったのよね。三代目にとっては、馴染の環境だったのよ。
耕作地はないけれど、山林資源に目をつけて、薪や炭、建材といった木材を内陸と海に向けて販売して――同時並行の植林も抜かりなく。
植林に関しては、毎年収穫できる農作物じゃないと呆れる先代に、あんたの孫、ひ孫、玄孫が伐採するのを、今、植えるんだ、ロマンだろ、と説得したらしい。
タイムスパンがまさしく現代人よね。相続税対策、生前贈与って、普通にするもの。あと当然、土砂崩れ対策まで言及してる辺り、災害慣れした日本人だわ、ほんと。
初代と二代目と違って、三代目は武力とは無縁だったけれども。方向性が違うだけで、行動は完全に親譲りだった。
山脈丸っとキグナスバーネ家の所領だから、と。三代目は堂々と、下流域の領主たちに対して山から流れる、上流の水利権を主張した――背後に、武装した先代と先々代を従えて。
もちろん、下流域の由緒正しい貴族の方々は、そんな勝手な主張に従えないと反発し――ようとして、できなかったわ。ええ、できるわけないのよ。
燦然と輝く、王家のお墨付きの伯爵位、その錦の御旗に加えて。
数多の敵対勢力の屍山を築き上げ、当代の王を玉座へと導いたガチの武力集団が我が家よ。しかも、何故か手勢が増えるという不思議現象まで起こして。
大義名分に加えて、そんなのを背後に従えた三代目に、誰が喧嘩売るっていうのよ。
キグナスバーネ伯爵家は、当初の意図を裏切って、今なお脈々と続いているわ。水利権を握る、木材と葡萄酒の大家。武力と財力を有する我が家に、生粋の貴族たちは沈黙するしかないの。
初代が興して、二代目が継いで、三代目で盤石に――なんだか、徳川みを感じるわね。
まぁ、そんなキグナスバーネ伯爵家だから、時が経った今でも、由緒正しい生粋の中央貴族の方々からはやんわりと遠巻きにされてるの。そんじょそこらの「由緒正しい」だけが取り柄の中央貴族なんかより、武力も、財力も、あるのに。
……ふふっ、笑ってしまうわ。遠巻き、ぐらいしかできない負け犬のやっかみは称賛よね。もちろんこんな考え、表には出さないけど。
我が家の領地は国の端っこ、政治闘争は興味のないお家柄で、王都や中央政治とは無縁。逆に、直の下流域の貴族からは、モテモテ――利権と追従に塗れてはいるけれど――より取り見取り、引っ張りだこよ。
そんな我が家に、国境伯から婚約の打診。
我が家の成り立ちを知ってなお、武力こそ貴族の真骨頂、とばかりに国境伯はより一層、婚姻に前のめりになってたわ。国境伯も我が家と一緒で、中央政権とは距離を置いてる派だったし。
そんな風に、とんとん拍子に話は進んで。アトレイタスお兄様とオーレリアお義姉様は、見染められてからわずか一年で結婚したの。
それが、わたしが十三歳の時、二年前。
遠巻きにされてるはずの我が家の、トランペタスお兄様が第三王子殿下の――貴族の頂点たる王族の側近に選ばれたのは。
さすが王族。我が家の財力と武力を敵に回したくない、友好を得たい、できるなら利用したい、という思惑ね。王権を打ち立てた当時、王座に就きながらも、プライドなんかかなぐり捨てて強盗集団に爵位を授けた、その末裔なだけのことはあるわ。
大事な大事なお役目のある王太子殿下や第二王子殿下には、惜しみなく国庫を開けて。
第三王子殿下には。今の所、大事なお役目がないということで、国庫の紐は固く。衣食住な最低限はともかく、一部の「衣」を含めた遊興費等の財のほとんどは、側近の実家からの援助と寄付で成り立っている。
名目は「王族の側近にしていただいた名誉の御礼」ですって。
だから。
第三王子殿下の財の、そのほとんどが、トランペタスお兄様を通じて我が家から、という有様なの。だって他の側近の方々、お世辞にもご実家が裕福、とは言えないのだもの。
というのも――上納金に加えて、王家に回す潤沢な資金があるお家だったら、もっと上、つまりは王太子殿下や第二王子殿下の側近になってる、ってことよ。
ほんと、我が家が権力に興味なくて、トランお兄様が側近になって良かったわね? って、第三王子殿下に言ってやりたいわ。
そんなわけだから、王家の威光という利益と、我が家から出る財、釣り合っているかどうかはお察しよね。我が家としては、トランお兄様が機嫌よくお仕えしていらっしゃるから、寛容にも援助してるんだけど。
……ええ、あの無礼な顔ふいっ殿下も、トランお兄様にとっては素直な良い子みたいで。たまに王都のタウンハウスに顔を出すトランお兄様は、ほんとに楽しそうだったの。
そうやって、トランお兄様がお城で第三王子殿下に仕えて、五年。もう五年? それとも、わずか五年?
王城で、「白の君」とまで呼ばれるようになったトランお兄様。
そんな状況で、側近から外された、との一報。
青天の霹靂って、こういう時に使うのね、って。
十五歳のわたしは、前世の言い回しを唐突に思い出した。
初代(祖父)と二代目(父)の武力を土台に、三代目の知識チートが炸裂したのがキグナスバーネ伯爵家……という説明回な四話に、四千文字以上費やしました、びっくりです。
次、五話「もてもて第三王子殿下」