3話 上のお兄様は氷の魔王様系
次男のトランお兄様が第三王子殿下の補佐につくようになって、五年。お城では「白の君」と、憧れを込めて呼ばれるようになってるんですって。さすが、わたしのお兄様ね!
ついでに。
屋敷の従者や護衛がかっこいいマント捌きを練習する中、わたしは侍女たちを集めて、ドレスふわり、の練習をしたわ。ヒーローのマントが鉄板なら、ヒロインのドレスが翻る、ふわヒラリ、だって定番よ! ドレスの裾を翻して、って、やっぱり憧れるじゃない。
そもそも、キグナスバーネ伯爵家の使用人であるということは、この極上の美少女コラヴィアちゃんの近くにいる、ということなのよ。
考えても見て? 美しく輝かしい宝石が、埃塗れの腐りかけの木材の上にぽいっと置かれている状況を。
許せないわよね? 少なくとも、わたしは許さないわ。スイカに塩をかけて、甘さを引き立てるのとは違うのよ。
我が家に仕える使用人は皆すべからく、かわいく、美しく、格好良く。
「あら、今日のその髪型かわいいわ、素敵ね」
「まぁ、見違えたじゃない、美しくてよ」
「さすがね、立ち居振る舞いがスマートで格好良いわ」
良い所を褒めて、口に出してしつこく褒めて、とにかく「綺麗で」「かわいく」「格好良く」を意識づけるようにしたわ。
皆、わたしに侍るに相応しい美しさを身につけるのよ!
我が家の使用人たちがマント捌きを練習し始めたあたりで、わたしは満を持して、上の大兄様に上質な黒のマントをそっと差し出した。
睨み合う……いえ、見つめ合うことしばし。
ええ、大丈夫よ、可愛い妹からのプレゼントだもの。ちゃんと受け取ってくださったわ。さすがにマント練習は、ご一緒してくれなかったけれど。
キグナスバーネ伯爵家継嗣、長男アトレイタスお兄様、五年経った今では二十五歳。お母様譲りの漆黒の髪に、お父様に似た暗青色の瞳。
ちょっとした騒ぎがあった時、艶のある黒髪をさらりと流して、理不尽に不平不満を言いたてる人たちの前に姿を現したと思ったら、一言も発することなく睥睨するだけで黙らせた、アトレイタスお兄様。
とりあえず、どこの魔王様? って思ったのは秘密よ。
冷然とした雰囲気で、身を竦ませるような威圧感があって、目にしただけで無条件で膝を折りたくなります、とはわたし付きの侍女の言葉。
お兄様は、畏怖畏敬を集めるクール系魔王様、これだけは譲れないわ。
アトレイタスお兄様は長男で継嗣だから、お父様が領地にいて動けない時は、キグナスバーネ伯爵代理として王城へ登城するのだけれど。その時は、当然、第三王子殿下の側近であるトランお兄様とお会いするわ。
王城の状況はどうか、から始まって、王城での生活で足りないものは無いか、元気でやっているかって――言葉は少ないけれど、アトレイタスお兄様って家族思いなのよね。
で、その時に目撃されるのよ。
トランお兄様こと「白の君」と、黒マントを羽織った冷ややかな美貌のアトレイタスお兄様、対照的な二人が並び立つ姿が。
アトレイタスお兄様は、「黒の君」って呼ばれるようになったわ。
今では「キグナスバーネの白と黒」って、王城では――特に侍女の間では有名なんですって。まぁ、当然よね。わたしのお兄様たちは格好良いもの。
ちなみに、アトレイタスお兄様はわたしが十三歳の時、結婚したわ。オーレリアお義姉様がお嫁にきてくれて、我が家は一層、華やかになったの!
オーレリアお義姉様。綺麗なホワイトアッシュの髪は透明感があって明るくて、毛先だけ鮮やかなマリーゴールド。瞳は星の輝く夜みたいに美しく、その場にいるだけで、華やかで人目を惹かずにはいられない麗人。
長身のアトレイタスお兄様と並んでも、ちょうど良い感じの背の高さでお似合いなの。しかも、すらりとしてる、のに、百合みたいにゆらゆら頼りなく風に揺れる感じじゃなくて、芯の通った――そう、掲げられた剣みたいに凛々しい女性が、オーレリアお義姉様。
オーレリアお義姉様は、国境の伯爵家、いわゆる国境伯とか辺境伯とか呼ばれるお家から嫁いでこられたわ。キグナスバーネ家所領からは遥かに遠く、縁も所縁もないお家だけれど、そこは貴族の柵、思惑が絡まり合った結果ね。
国境伯家には当然、嫡男も含めて男子の正嫡子がいて、その数三名。昔から諍いの絶えない隣国を警戒して、国境の防備を固める意味合いから近隣の領地持ち貴族と話し合って、嫁取り、婿入りして。
そして、娘のオーレリアお義姉様の婚姻には中央の貴族を、と図った所。
――国境付近をがっちがちに固めて、中央に足掛かり? それなんて国の乗っ取り。
下手に国境伯っていう身分が、マズかったのよね。釣り合うお相手はどうあっても公爵、侯爵クラス、かろうじて伯爵位なら合格かしら。
でも「かろうじて伯爵家」程度って、国境伯家にとって、婚姻を結ぶ旨味がどこにあるの? って感じよね。
だって、オーレリアお義姉様、国境伯家の唯一の娘なんだもの、しかも正嫡子。
たった一つしかない切り札を、そんな旨味があるかないか微妙な所に、切れるわけないじゃない。
だからといって、国境をがっちり固めた国境伯が公爵、侯爵とか、侯爵家に迫るほど力のある伯爵家と結びつくと、身分と血筋的に――お相手とお義姉様との間にできた子供は、将来、王家入り確定、というか。
国境の軍事力と中央の政治基盤を背負った子供なんて、絶対に王家としては、取り込まないといけないわけで。
ということは、オーレリアお義姉様がこれから結婚する相手の公爵家、侯爵家、有数の伯爵家は、将来的に王位を狙ってるんですね、となるわけで。
婚約を打診された真っ当な貴族は慎重に辞退し、お呼びじゃない下心満載の貴族からの申し込みは、国境伯が丁寧に即断したそうよ。
通常なら、血筋と地位、地政学的に、嫁入り先は王家でも良いのだけれど。あまりにも、タイミングが悪すぎたのよね。
王太子殿下は、隣国をまたいだ国の王女様を王太子妃に迎えることが決まっていて――隣国が、我が国を攻めるなら背後から。隣国が、王太子妃様の国を攻めるなら我が国が背後から。
挟撃の同盟、そのための婚約、準備が整い次第、結婚。
そんな所に、オーレリアお義姉さまの婚約を捻じ込むなんて、論外よ。
第二王子殿下は、国内一の穀倉地帯を有す公爵家のご息女と婚約を結んでいて。国内一の穀倉地帯って、つまりは、大軍を支え得る食料が用意できる、ということ。戦の勝敗は数で決まるというけれど。その「数」を集めて維持する手段を、王家は公爵家の娘を迎え入れることで手に入れた。
そんな所に、オーレリアお義姉さまの婚約を捻じ込むなんて、言語道断よ。
第三王子殿下は、年回りがちょっと合わないのと……上の兄王子殿下お二人に加えて、第三王子殿下まで軍備固めてる国境伯の娘と、となると。
我が国、どこからどう見ても、戦争準備オッケー、隣国との戦争待ったなし、秒読み開始、開戦まで一直線!
……一応、我が国としては、戦争を起こす気はないそうよ。
でも第三王子と国境伯の娘が結婚ってことになったら、昔から因縁のある隣国としては、戦争する気か、って疑心暗鬼になるわよね。そうなると、ちょっとした諍いを火種に、小競り合いで燃え上がって、開戦の狼煙を上げることに、ってありえそうじゃない?
第三王子殿下とオーレリアお義姉様との婚約は、立ち消えになったそうよ。
そんなこんなで、オーレリアお義姉様の婚約は、相手探しの段階でとっても難航したんですって。
それで、難儀した国境伯が思いついたのは。王家を仲介にした婚約であれば、王位を狙ってない証明になる、ということで。国境伯はオーレリアお義姉様のお相手の相談に登城した、のだけれど。
その時に見かけた、キグナスバーネの白と黒。
もっと焦点を絞れば、黒一点。
艶やかな黒髪、周囲を傲然と睥睨する冷ややかな眼差し――見る者に畏怖と畏敬を抱かせずにはおられない、アトレイタスお兄様。
国境伯様は運命の出会いだったと、今でも周囲に語っているわ。
王家への謁見を登城までしていながら直前で取りやめて、その足でアトレイタスお兄様の身上調査に乗り出し。
キグナスバーネ家が「伯爵家」で家格は合格。そしてお兄様がまだ婚約もしていないフリーだと知るや否や、昔の借りを返せと引退した国軍の元将軍様を仲人に引きずり出し。
国境伯様は、お兄様を見かけたその日から、五日後には婚約を成立させた。
わたし、思ったのだけど。
運命の出会い、とおっしゃってるけれど、一方的に見かけただけで「出会って」ないわよね?
何の前触れもなく申し込まれた当時は、喜びなんかより驚きの方が上回っていたけれど。
キグナスバーネの黒、アトレイタスお兄様と。
アッシュホワイトに、毛先だけがマリーゴールドの華やかな長い髪の、麗しくも凛々しい国境伯様の御息女、オーレリアお義姉様。
お兄様とお義姉様、初顔合わせから話が弾んで、今では相思相愛。とってもお似合いの夫婦なの。
縁も所縁も無かったはずの所、からの、柵が絡み合った末の結婚。
それでもこんな風に、お互いに想い合える間柄になれるのなら。政略結婚だって、悪くないって思えるわ。
だから、わたしも。
いつか、お父様が持ってきてくださる婚約を。
お義姉様を見習って、心静かに待つことにするわ。
国境伯関連の話(設定)とか、書いていてとても楽しいのですが。展開的には何一つ進んでないので、これ読んで楽しいか?と疑問に思う一瞬があります……よろしければ、もうしばらく、お付き合いくださいませ。
(小ネタ)
作中、お似合いという兄夫婦。
お似合い=魔王と炎の魔剣(脳内イメージ画像です)。
次、四話「貴族とか言ったって、始まりなんてそんなもの」