表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/18

2話 下のお兄様は文学な少年系

 無事、お父様に第三王子殿下はイヤです、って言ってきたわ。

 代わりにあの俺様っぽい殿下の側近に、お兄様――大兄さまじゃなくて、下のトランお兄様を側近にどうか、って申し上げた。

 押し付けたわけじゃないわ、相性の問題よ。


 キグナスバーネ伯爵家の次男、トランペタスお兄様、十三歳。少し癖毛の柔らかい髪は金髪というよりライムイエロー。瞳の色は優しくて涼し気な淡いベビーブルーで、目はぱっちりしてるのにちょっと垂れ目気味で優しくて、いつだって穏やかに笑いかけてくれるの。

 そうね、イメージは、図書館で本を読んでる色白で物静かな文学少年、それがトランお兄様ね。


 ああ、そう言えば『図書館』なんて、今世には存在しないわ。あえて言うなら書斎かしら。これからは、言葉に気をつけないと。『警察署』もないわ、騎士団や兵舎はあるけど。

 というか、『美容院』『エステ』ってなに。大事なことだったと思うのだけど、それが、何、なのか思い出せない。鏡の前で、わたしったらなんて美しいのって見惚れるたびに、『コスメ』『エアリーヘア』とか、上手く思い出せない謎の言葉が浮かんでくるのよね。

 魂に刻み込まれた恨みつらみは、鮮明に思い出したのに。中途半端なのが、もどかしいわ。


 次男のトランお兄様は、長男のお兄様が爵位を継ぐから、それを補佐するよう育てられたこともあるんだけど。ほんと穏やかで思慮深くって、細々とした采配がお上手で、補佐に向いてるの。

 わたしのあっちこっちに飛んでしまう話にも、最後まで落ち着いて聞いてくれて、かつ最後にはちゃんと論理的にまとめてくれるのよ。そしてお兄様ご自身のことは万事控えめなのに、わたしのことは臆さずお父様に言上してくださるの。


 話を聞いてくれるだけじゃないわ。我が儘も、癇癪だって起こしてしまうわたしに、粘り強く向き合って聞いてくれて、「それが本当にしたいこと?」って、諭してくれるの。

 最後は、そうよ、寂しいの、構って欲しかったの、ごめんなさいトランお兄様、ってなるのが様式美ね。

 ……え、ちょっと前世を思い出したわたしの心が騒ぐわ、それ本当に十三歳なの? って。えっと、そう、そうよ、間違いないわ、ほんとに十三歳よ。

 そんなトランお兄様だから、あの俺様っぽい第三王子殿下の側近に向いてると思うのよね。


 十一歳の殿下に、十三歳のトランお兄様。

 いいんじゃない?

 ちょっと年上の側近って、要は、お手本になる感じでしょ?


 先にチャレンジして、失敗しながら課題をクリアする姿を見せて、次にチャレンジする殿下のコツとかヒントになるような。兄弟で、下の子の方が要領の良いちゃっかりさんになるって、そういうことでしょ。

 トランお兄様なら、良い感じに第三王子殿下の指導役になれるんじゃないかしら。わたしという至高の美少女に、顔ふいってするような無礼な態度にも怒らず、気長に付き合っていけると思うのよ。


 ――でも、舐められないかしら、それが心配ね。


 穏やかを、軟弱。

 優しいを、惰弱。

 意見調整を、優柔不断。

 そんな風に勘違いする愚か者って、いるのよね。あの第三王子、わたしの美しさが理解できないぐらい低能なんだもの。

 どうしたらいいかしら。



 ~・~・~



 あのお茶会からしばらくして。

 トランお兄様が第三王子殿下のお友達、つまりは将来の側近か従者になる、お取り巻きの一人に選ばれたわ。

 まぁ、さすがは王家ってところかしら、見る目あるじゃない。お父様の御意見があったとしても、決定するのは王家でしょ。


「トランお兄様、この秋、王城へ行かれると聞きましたわ」


 今日のわたしの装いは、ローズマダー(暗赤色)色の内ドレスに、コーラルピンクのウエストがくびれたロングコートみたいなオーバースカート。内に着ている暗赤色のドレスの華麗でどっしりとした重厚感を、コーラルピンクのドレープたっぷりのオーバースカートで、可憐に愛らしく、って上書きをしてるの。

 付け襟や袖の繊細なレース、腰のベルト代わりの幅広リボンも、白よ。可愛いでしょ? 我ながら、あまりの愛らしさに惚れ惚れするわ。


 赤が好きだからって、以前は全身、赤! ってしてたのだけど。思い出してからは、あんまりなコーディネイトね、って即座に修正をかけたわ。前面に押し出しすぎると、逆に目立たないのよ。

 今はワンポイントとか補色とか、配色にも気を配って、可愛く赤を着てるわ。


 衣装と言えば。思い出してから銃も火薬も聞いたことがないし、文化的には中世ぐらいかしら、と思ったのだけれど。衣装は近世のヴィクトリア朝寄りなのよね。男性はタイツじゃなくてズボンだし。

 中世なんだか近世なんだか、時代が迷子で混乱するわ。


 しかも前世を思い出したわたしにとっては、びっくりしたことに魔法があるのよ。いえ、驚くのなら、前世の異世界に魔法が無かったことを驚くべき?

 ……いえ、まあ、どうでもいいわね。今のわたしの、この美貌に比べたら、大して気にすることではないもの、些事よ、些事。

 魔法があるから、文化も違えば、文明だって進み具合が違ってくるのよ。大したことじゃないわ。


 さて。

 王城へ居を移す準備に忙しい中、面会を申し入れてお兄様に時間を取ってもらったのには、理由があるの。

 侍女に合図して、持たせていたモノを兄様の侍従に渡してもらうと、侍従が広げ、白いマントがばさりと広がった。


「……マント?」

「そうよ、お兄様に似合うと思って!」


 そう、マントを渡しに来たの。表は汚れ一つない雪のような白、裏打ちは鮮やかな空の青(スカイブルー)


「あのね、トランお兄様。これから、第三王子殿下に仕えることになって、ご用事をいただいくようになるでしょ? それで、拝命して御前を失礼させていただくその時に、マントを大きく翻してほしいの!」

「…………う、うん?」


 マントは受け取ってくれたけど、戸惑った表情を浮かべたまま動かないトランお兄様がもどかしい。

 仕方ないわ、わたしが特別に実演してあげてよ。


 トランお兄様からマントを借り受けて、代わりにわたしが着て……着……て…………背丈が! 背丈が足りないわ! これじゃマントをひらり、とか、マントをばさーって、できない!

 完全無欠、最強無敵の世界一美少女コラヴィアちゃんが、自信満々でマントを受け取ったっていうのに、翻すことができないなんて。 

 こんなに綺麗で可愛いのに、とっても格好悪いわ、わたし!


 ずるずるとマントを引きずって、振り回そうとしてべたりと絡まってるわたしを見かねて、お兄様の侍従が慌ててわたしからマントを奪い取った。


「お嬢様がなさりたいのは、こういうことでしょうか?」


 お兄様の侍従は二十歳ぐらいの青年で、わたしにとっては長すぎたマントが、その手の中ではショートマントっぽく見える。侍従は手に取ったマントを着ず、手で肩に押さえるだけにして、その場でくるっと回ってみせてくれた。

 真っ白いマントが大きく翻り、裏打ちの青を鮮烈に魅せつける。そして鮮やかな青はマントの(なび)きが落ち着くと、また再び、表の白に隠された。


「そう、そうよ! もう一度回ってから、そのまま、談話室の外へ歩いてみて! もちろん、マントを翻してよ!」


 わたしの言葉に侍従が大きく頷き、軽く一礼してから、わざとマントを大きく跳ね上げて、くるっと背中を向けた。その動きに合わせてマントがばさりと音を立てて大きく翻り、ひらり、と青の余韻を残して白の背中が談話室から去っていく。


 かぁっこいー!

 白馬の王子様がマントを翻して現れるのもいいけど。マントをばさりと翻して去って行くのだって、かっこいいわ!

 部屋付きの侍女たちもちょっと驚いた表情を浮かべて、侍従の後ろ姿を目で追ってるもの。やっぱり、かっこいいのよ。


 正義のヒーローが、白マントを靡かせて去って行くって、鉄板じゃない!


 あれに憧れない女の子はいないわ。いいえ、男の子だってよく真似して遊んでいたもの。男の子だって、あのかっこ良さには憧れるわ。

 背中で語る男のかっこ良さ、世界も男女もボーダレスよ!


「トランお兄様!」


 期待の眼差しを向けると、戻って来た侍従からマントを受け取り、トランお兄様は黙って手早く(いそいそと)マントを身に着けた。目の前に、足元までの白いロングマントを纏った美少年が出来上がる。

 きりっとした顔つきで、わたしとトランお兄様は頷き合った。


 びしっと前を向いたトランお兄様が、勢いよくマントを跳ね上げると同時にくるりと背を向けると、白に裏打ちが青のマントが、ばさりと風をはらんで大きく翻った。

 マントをひらりとはためかせ、無言で去って行くその背中。


「かっこいいわ! 素敵よ、トランお兄様!」


 わたしは歓声を上げて、戻って来たトランお兄様が照れるのも知ったことかと、褒めに褒めた。部屋にいた侍従も侍女も、颯爽として格好良かったと、素直な感想を添えてくれたわ。


 前世のわたしなら、イケメンなら何したって似合うわよね、けっ、て僻んでたでしょうけど。今のわたしは、偽りのない、心の奥底からの本心で称賛することができるわ。

 自分が綺麗だと、こんなにも自信が持てるものなのね。羨むでもなく、人の美しさを褒めるのも、やぶさかではなくってよ。

 わたしが薔薇だとすれば、トランお兄様は水仙。わたしがチョコレートケーキなら、トランお兄様はオレンジシャーベット。方向性が違うから、比べることに意味が無いの。素直に綺麗だと認めるわ。

 「きのこ」「たけのこ」とは、ちがうのよ。


 この格好良さがあれば、俺様な第三王子殿下だって、トランお兄様を侮ることなんてできないでしょ。

 かわいいも、格好良いも、パワーなんだから!


 わたしとトランお兄様は、いかに格好良くマントを翻すことができるかと、ダンス並みに練習した。

 別に、隠れてやってるわけじゃないから、見学し放題なんだけど。なんだか最近、屋敷のみんなのマント率が高いの、気のせいじゃないわよね? 格好良かったのよね、一緒に練習してもよろしくてよ?

 そこのあなた、トランお兄様には似合わないけれど、あなたにはこのマフラーが似合いそうだわ。ほら、遠慮はいらないわ、真っ赤なマフラーをなびかせるのよ!

 

 そして披露するシチュエーションについても、侍従だけじゃなく、屋敷に仕える侍女とかも巻き込んで、みんなで熱く語り合ったわ。マントを翻して去るのが毎回毎回だと、見慣れてしまって希少性が薄れるんじゃないかって。

 だから。


 ここぞっ、という時にタイミング良く!

 映える時を狙って!

 御前を辞す時に、なるべく夕暮れ時を狙って、夕焼けに向かって去って行くのが良いわね!


 真っ赤な夕陽に溶け込むように、マントを翻して去って行くヒーロー。


 古典的だけど、格好良いの原点でしょ。

 前世では娯楽が溢れかえりすぎてて、普通のヒーローだとありきたりで陳腐、ニヒルなダークヒーローでまぁ普通か定石、それからさらに捻って一般人を騙った逸般人ヒーローとか魔王ヒーローとか、乱立しちゃって。ダークな魔法少女だって、下地にメルヘンな魔法少女があったからこそ。

 まだ今世、そこまで娯楽が溢れかえってないから、正統派ヒーローがダイレクトにかっこいいのよね。


 白マントを風に靡かせるトランお兄様。

 こんなに格好良かったら、王城のどんな高位貴族であっても、蔑ろになんてできないはずよ。


 秋になって。わたしはトランお兄様を、自信をもって王城へと送り出した。


翻るマント! 風に舞うドレス!

目を閉じれば浮かんでくる、名場面!

この世界でも、受け入れられたみたいです。


次、3話「上のお兄様は氷の魔王様系」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生系ファンタジー・絵本童話と都市国家の話
「続きはまた明日」
https://ncode.syosetu.com/n0693ik/

力技、でも正しい政略結婚の話(ジャンル恋愛)
「これは政略結婚です」
https://ncode.syosetu.com/n1556iq/

アルナシオン国の話(転移系ファンタジー・短編)
「彼方にて幻を想う」
https://ncode.syosetu.com/n8732id/

ファンタジー世界のミステリ一作目
「癒し手の偽り ~おお、悪役令嬢よ、死んでしまうとは情けない~」
https://ncode.syosetu.com/n7095ie/
― 新着の感想 ―
[良い点] 白マントばさぁ!そうだよね、かっこいいよね。王道大好きです。私の頭の中で妄想した絵面もめちゃくちゃかっこよくなってます!! [気になる点] 前世の記憶を持った絶世の美少女、この後どんな風に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ