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17話 将来の夢は葡萄酒大使


 アトレイタス兄上は当主就任直後で慌ただしく、父上は領地。だから、僕が家を代表しての訪問となった。

 いままでは兄上が当主代理だったけど、これからは、僕が当主代理になることが増えるかもしれない。


 王城の客室。ターコイズブルーが鮮やかなカーペットに、金糸織のタペストリー、金縁の白い四角形のローテーブル、ゆったりとした長椅子はアップルグリーンの布張りに、ふっくら柔らかな赤いクッション。

 金の燭台、赤白青ごちゃまぜの飾り絵皿、真っ赤な花瓶に銀食器……。


 僕でさえ、いくら財貨をつぎ込んだんだろう、と思ってしまうほどの贅を尽くした豪華な客室。キグナスバーネ家(我が家)の落ち着いた談話室を思うと、威嚇されてるのかな? と勘繰りたくもなるけど。

 これはたぶんきっと、盛大に歓迎されてる、のだと僕は思い直した。


 緊張した面持ちで僕の前に座っているのは、第三王子殿下。殿下が今回の騒動の責任とか、詫びとかそんな感じで、キグナスバーネ侯爵家と話させてもらいたい、という名目で、セッティングされたのが今回の席。

 内心、無事に殿下と会えてほっとした。

 あの混乱の最中、キグナスバーネの誠意、なんて言って僕が王城に残ったのも、王家派を見張るためでもあったから。

 勝手に忖度されて、望んでも無いのに塩漬けされた首を送られても困る。


 キグナスバーネ家を怒らせたくない王家は、度重なった我が家への失態を、侯爵位の授受で本当に手打ちにしてくれるのかと、真意を知りたがっている。

 だから、王家は殿下の思いを利用した。殿下一人にすべてを負わせ、何なら首を差し出して来いというのが、今回の席だ。

 王家は、我が家を何だと思っているのかな。


コラヴィア(僕の妹)が、殿下に良い影響を与えれば、と思っていました」


 当時の僕はそう思って、コラヴィアが婚約者となった時、殿下を頼むと妹に頭を下げた。


「兄弟でも、友人でも、喧嘩ぐらいします。僕は殿下を主君として仕えておりましたが。同時に、畏れ多くも、弟とも、友人とも、思っておりました。

 だから、僕が側近を外されたとしても。

 五年、十年、ほとぼりが冷めたら、コラヴィアの夫となった殿下と、また親しくお話しすることができるだろうと、そう思っていたのです」


 小さい頃、癇癪を起すコラヴィアから、お兄様なんてキライと、何度言われたことか。年の離れたアトレイタス兄上とは、僕が勝手に反発して、衝突したことだってある。

 だから殿下から、裏切り者(大っ嫌い)だなんて言われても、それほど気にしなかった。

 だけど。

 殿下はたった一回の癇癪も、許されなかった。


「コラヴィアは、資源(美形)の無駄遣い、とたいそう怒っておりました。殿下のお顔であれば、若い女性から交流を広げていき、社交界を一纏めにして、王家の求心力を一気に引き上げることも可能であるのに、と。

 コラヴィアは惜しんでおりました。殿下が親善、ええと、観光大使?、広告塔(イメージキャラクター)?となり、近隣諸国を回れば、麗しい顔面を活かしてその国の社交界を席捲できるのに、と」


 思いもよらなかった言葉に、殿下の口が「は?」の形で開く。


「殿下はご自身の『顔』を厭われておりますが。

 そのお顔は近隣諸国の協力を引き出し得る稀有なる武器であり、一軍に値する価値がございます。

 ……問題の友好国(四代前の王妃の国)は除きますが」


 口は閉じられないまま、目も大きく開きっぱなし。

 妹の受け売りを話すだけでここまで凝視されると居心地が悪いけれど、まだ伝えたいことが残ってる。


「なので、殿下。

 僕はしばらく、王太子殿下の下で(知識)をつけます。殿下も、しばらくは政治に煩わされることなく、武術に打ち込むことができます。

 だから、お互い、一息ついたら。

 我が家のとっておきの葡萄酒を持って、一緒に近隣諸国を回りませんか?

 殿下の『お顔』をもってすれば、新たな友好国を作ることなど、容易いことでございましょう」


 世界は広いのだと、僕は――我が家(キグナスバーネ)は、知っている。モノカルチャーではなくポリカルチャーを目指せと遺した三代目。手記には、井の中の蛙とか、タコツボ化とか、リスク分散とか、いろんな言葉を遺していて。

 異質な、聞いたことの無い概念のそれらを、コラヴィアが、綺麗、かわいい、格好いい、方向性の違い、そんな簡単な言葉で実践していった。

 コラヴィアが自分の着る(ドレス)に口出しするようになって、次いで周りの服飾に、内装にと、手をかけるようになって。

 キグナスバーネの品格は、一気に引き上げられた。

 原色、中間色、補色、カラーホイール、彩度に明度――これまで、ついぞ聞いたことの無いそれら。

 我が家の誰も口には出さないけれど。コラヴィアは三代目だ――三代目と同じ「もの」なのだと、みんな分かっている。


 ちらり、と視線を部屋に巡らす。

 侍女に衛兵、この会話は筒抜けだ。


「我が家は、コラヴィアを外に出すつもりは、なかったのです。しかし、あの広い視野、あの武威。国に嫁いでも、それはそれであの子も存分に腕を振るうことができるかと思い、一度目は許しましたが――二度目はありません。

 ふふ、惜しいことをしましたね?」


 驚きから一転、殿下が目を伏せて、悄然と肩を落とす。

 申しわけないけれど、さすがに「もう一度」は、ないので。殿下からだけでなく、ちゃんと「耳」からも王家に伝えてもらわなくては。

 それにできれば、王家には知っていてもらいたい。

 王家が厭い、価値あるものと見なさなかった殿下を、キグナスバーネは高く評価していると。三代目が心血を注ぎ、代々我が家が積み重ねてきた葡萄酒を、任せることができるほどの人物なのだと。


 そして、いつか。

 自分たちが蓋をして、暗闇の中に仕舞い込んでいたものが、葡萄酒を片手に各国要人と笑い合うのを見て。

 四代前の王妃の人柄を見誤ったという、自らの失態から目を背け。ただ見た目だけで殿下を厭った愚かな怯懦を、思い知るがいい。


妹のこと(二度目)は諦めてもらいますが。

 さっきの、僕が言ったことは、まだ一度目です。

 『我が家のとっておきの葡萄酒を持って、一緒に近隣諸国を回りませんか』。

 目安としては二年後ぐらいを考えているのですが、いかがでしょうか」


 幼いコラヴィアをあやす時に浮かべていた笑顔。コラヴィアからは大好評だったこの笑顔、殿下には効いてくれるかな?

自領の商品のプレゼンテーターに、眉目秀麗な王族を引き抜くちゃっかり次男。

長男「弟も妹も、どちらも大概なのだが……?」


(小ネタ1)

何気に知識チートを炸裂させていた主人公。

マンセル表色系は20世紀。


(小ネタ2)

この17話を書いて、思ったこと。

言い訳させていただけるなら、作者は書き終わった後、思いつきました。

 → 裏ヒロイン、第三王子。白マントのヒーロー、トランペタス兄。


18最終話「鶴が踊るは誰がために」

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