16話 どこまでも続くハッピーライフ!
タウンハウスへは無事、馬車に乗ったまま、何事もなく戻れたわ。ええ、ちゃんと今回も、普通に戻れたのよ!
何事もなく無事、って素敵。小荷物にならずに済むのが、素直に嬉しいわ。ほんとに怖かったのよ、アレ。
一つ、王城からの帰り。一つ、護衛に質実剛健野郎。
このコンボが決まると、つい、あの持ち手無しのジェットコースターを思い出してしまって。
平和が一番、としみじみと喜びを噛みしめてしまったって、仕方ないでしょう?
その後は、おおむね予定通りに進んでいったわ。
フェミンゴ男爵夫妻は謀反人として大々的に罰せられて。本家の侯爵家も分家のことを口実に調査したら、爵位料を滞納どころか誤魔化してて。
連座制さんが大活躍して、侯爵家は見事「見せしめ」の大役を果たしたわ。貴族派への大きな釘となったのよ、大した忠義者よね。もちろん、皮肉よ。
そして我が家は、今年のとっても出来の良い葡萄酒を献上して、キグナスバーネ「侯爵家」になったわ。一緒に、アトレイタスお兄様の当主就任を公式発表。
出来レースなんて言わないの。公明正大にお褒めの言葉をいただいたのよ。
わたしの婚約破棄のこともあって、少しばかり裏でこそこそ噂されることもあったようだけど。元々、裏で囀ることしかできない人たちなんて、相手にしないし。侯爵位を賜ったことで、それも静かになったし。
ただ想定外だったのが、婚約破棄に、浮気相手を連れ帰った恐ろしい女、なんて少しは悪く噂されたはずのわたし相手に、釣り書きが殺到したこと。
わたしの美貌からすれば当然なんだけど……ちがうのよ!
あの馬車留めでの立ち回り、魔法の威力――武闘派のお家からぜひ嫁に、って。
完全に体目当てじゃないの!
あの時、あの一幕を報告した「目」の人たち、どこに目を付けてるの。わたしの美貌をこそ報告しなさいよ。
どうせなら、顔目当てで釣り書きを寄こしなさい!
しかも王家までもが、もう一回婚約をし直さないか、って。
するわけないでしょ、頭沸いてるの。第三王子殿下の事情は知ってるし、気持ちも分かるし、当然許すけれども。
再度の婚約に、結婚は、絶対にイヤ!!!
大体、顔が気に入らない、って言われて、それでも結婚する人がいるとでも思っているのかしら。
許したからって、では元通り、になるわけないじゃない。それとこれとは別なの、譲歩と隷属は違うのよ。
まぁ、そこらへんは、お兄様やお父様が何とかしてくれるでしょう。わたしの旦那様候補、厳選するっておっしゃっていたし。
わたしは大人しく、どんな方が旦那様になるか、胸を高鳴らせて待っていればいいのよ。
ロセア嬢は、あの後すぐに我が家の領地に連れて行って――他の貴族は当然、王家からも手出しさせないようにして、ご家族と会わせてあげた。両親、兄姉妹弟の大家族だったけど、引っ越しは問題なかったみたい。
ちなみに、略だ……迎えに行ったのは、お父様よ。意気揚々とお出かけになられて、ご満悦で戻って来られたって、執事から聞いたわ。
領民が増えて、嬉しかったのかしら。
キグナスバーネの領地って、基本的に人手不足なのよ。ブドウの手入れに林業、そして、土木事業が、ね。何と言ったって、ショベルカーもトラクターも無くて、ぜんぶ人力なんだもの。
まぁ、たまに、人間重機? 一人削岩機? って二度見する時もあるけれど。魔法ってすごいわね。
我が家の領地って山脈だから、道を通すにも、橋を架けるにも、葡萄園を造るにも、ともかく人手がいるの。それにけが人は出るし、残念なことに命を落としてしまうことだってあるわ。
前世でも、黒部ダムとかは確か百五十人以上の犠牲を出してたはず。魔法があっても、土木事業は大変なの。
そこに、ロセア嬢の登場よ。治癒術が間に合わない怪我でも、麻……麻酔で一時痛みを緩和して、命を繋いでもらえれば助かるわ。
それに、我が家の治癒術師に預けて、基本を学んでもらって我流のへんな癖を矯正してもらえば、真っ当な治癒魔法だって使えるようになるはず。
とっても貴重な治癒術師、ゲット!
そんなことを、領地のお父様に説明したわ。ちなみに、その逆、真っ当な治癒術師がロセア嬢の「痛み止め」を習得できるか、というと。
……完全再現は難しいけれど、劣化模倣は可能、と思うのよね。
水泳だって、お手本があって教えてもらったら、その通りに泳げるか、っていうと――泳げないわよね? 野球投手のスライダーやフォークボールだって、投げ方を指導してもらったって、皆が皆、同じ曲がり方や落ち方になるわけじゃない。
特に魔法って、かなり個人差があるから。ロセア嬢の、天性の我流で「何となくこう」っていうお手本があっても、そうそう再現できるとは思えないわ。
だから、あんなに頭吹っ飛ぶような多幸感は無理でも、ちょっと幸せ? 痛みがマシ? 程度なら模倣できるんじゃないか、っていうのが、私の素人考え。
痛覚軽減魔法を覚えずとも、治癒魔法で麻酔的なことができる治癒術師が増えたら、ありがたいわよね。
とりあえず、お父様は一安心したみたい。ロセア嬢にだけ、ローテーションで護衛を兼ねた見張りを付けるだけで済むって。
まあ、麻薬が蔓延するような事態は、困るものね。治癒術師が、一人でケシ畑から精製工場を抱え持つ、超一級の危険人物になってしまうわ。
かといって、仕えている治癒術師全員を疑って、見張りつけるなんて真似はしていられないし。一応、完全再現が可能かどうか、お父様は確認するみたい、堅実ね。
ともかくも。
大事なことは、素敵な我が家に、とってもかわいい女の子が増えた、ってことよ! 緑深い山、色とりどりの花咲く領地に、花の妖精みたいなロセア嬢。
いいわね、素敵ね、これぞメルヘンね。
春になったら、絶対にお茶に誘いましょう。花咲く庭でのお茶会、今から楽しみだわ。
あと、第三王子殿下。
表立っては、瑕疵の無い第三王子殿下に新たな婚約話が殺到したそうだけど。真相は、と裏で噂されてる人物像は、癇癪持ちで、側近や婚約者に当たり散らす我が儘王子。
だから、王家が醜聞を厭ったのと本人の希望で、王領ではあるけれど、王都からは離れた地で軍属になったそう。さすがに身分があるから一兵士ではないけれど、政治の表舞台からは降りた……降りることができたんですって。
なにその資源の無駄遣い、って思わなくもないけれど。……でもまあ、本人の希望が叶って良かったんじゃないかしら。
わたしの薫陶を受けて、周りはみな綺麗でかわいく、格好良く。服も、小物も、家具も、部屋も、どれも素敵。
そして、家族団らんのあの幸福感。キグナスバーネ一家の端麗な容姿を目にしたら眼福で胸がいっぱいになって、自然と笑顔になるわ。だって家族が、綺麗で可愛くて格好良くって華やかなんだもの、嬉しくもなるわよ!
前世で渇望した「綺麗」に、今、わたしの手は届いている。
ロセア嬢の治癒魔法の、あの多幸感。あの紛い物の幸せに違和感を覚えたのは、今の幸福を知っているから。
この幸せは、奇跡。当たり前に享受して良いものでは無いの。
だから、この幸せが続くよう――常在戦場。わたしは、決して気を緩めないわ!
命尽きるその日まで、このハッピーライフを続けてやるのよ!
絶世の美少女セルフプロデュース本編、これにて一旦、終了です。
残りは語り手が代わり、番外編、小話です。
(小ネタ)
ロセア嬢のご家族を迎えにいったのは、お父様なので。
問題なかった=逆らえなかった、が正しい表現です。
ご家族、恐怖に怯えてました。
ちなみに一定地域では「キグナスバーネが来るぞ!」
子供を叱る時の言葉です。
次回、17話「将来の夢は葡萄酒大使」




