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15話 劇場公開

wiki様、いつもお世話になっております。色の名前とか、衣装とか、ほんともう……。


 宰相閣下とのお話合いは上手くいったみたいで。

 アトレイタスお兄様は王城から戻られた後、早速、急使を出したり、忙しく動かれて……あっという間に、舞台を整えてしまわれた。

 舞台は王城の馬車留め。王族と、王族が直々に招いた客しか通されない、王族専用の馬車留め。


 王城の、王族専用の馬車留めなら、人目につかない、なんてことわないわ、逆よ、逆。警備の衛兵がいるし、御者に馬番、それはもうたくさんの「目」がそこらへんにいる。銀行の監視カメラなんか、それこそ目じゃないくらい。

 彼らは全員、貴族、もしくは、貴族に連なる者よ。王城の、王族が使う馬車留めに、純粋な平民なんていやしないわ。

 侯爵家の無爵の次男のその息子や従弟なんて、厳密に言えば平民だけど。貴族の親、貴族当主を祖父母や親戚に持つ彼らが、粉ひきの平民と一緒だなんて言わないでしょ。


 だから、ここで起こったことは、耳の早い貴族であれば知ることになるの。


 箝口令? 王家への忠誠で口を閉ざす? 

 そんなお行儀の良い模範的な忠臣ばっかりなら、高位貴族が王家を軽んじて、爵位料を出し渋るような事態になってないわ。


 まず仕掛けの一つとして。

 ロセア嬢を見張っていた侍女から、第三王子殿下がロセア嬢に本気で入れ込んでいると、そして婚約破棄をしたことを報告させた。

 侍女は少しでも助かるならと、それはもう喜んで、偽の報告書を書いたそう。


 もう一つは、ロセア嬢の手紙。

 養父を王城へ招く手紙に、第三王子からフェミンゴ男爵への招待状を同封した。

 これでフェミンゴ男爵は、間違いなく指定された日時に王城に来るはず。


 王族専用の馬車留めに案内されたフェミンゴ男爵が、舞い上がって婚約破棄を喜ぶようなことを口にすれば。ましてや「ロセア王子妃」を歓迎するようなことを口にすれば。

 それだけで、王命へ背いた謀反人となる。


 アトレイタスお兄様は、目撃者として、証人として、観客として、有象無象の「目」を利用するおつもりのよう。

 派手ね、いいわね、大胆よね!

 捕り物劇を御覧じろ、よ。

 言うなれば、馬車留め劇場の一般公開!


「だからと言って、なにもお前自身が行くことはないだろう」


 わたしも女優として舞台に上がろうとしたら、アトレイタスお兄様から待ったがかかった。

 でもね。


「いいえ……いいえ、お兄様。

 フェミンゴ男爵は、第三王子殿下を奪い取れると。ロセア嬢を使って、このわたし、キグナスバーネのコラヴィアから、奪えると!

 ケンカを売られたのは、他の誰でもない、このわたし。ならば、わたしが殴り返さなければ。

 そうでしょう、アトレイタスお兄様?」


 花の妖精のようなロセア嬢。あの子は確かに愛らしいわ、それを認めないほど狭量ではないつもりよ。

 だけど、フェミンゴ男爵。

 あなた、第三王子殿下の婚約者が何者なのか、知らなかったでしょう。


 美しさにも種類がある。

 子犬、子猫の愛らしさに比して。

 燦然たる太陽の輝き、燃え上がる炎の揺らめき、煌めく金銀宝石の豪華絢爛たる光の洪水――光り輝く黄金の髪に、サファイアブルーの瞳の、絶世の美少女、それがわたし。

 フェミンゴ男爵、待っていなさい。どれほど身の程知らずな命令を出したか、己が過ちを思い知るがいいわ!

 なんて拳を握りしめていたら。 


 護衛が三名から、十二名に。


 馬車留めに隠れる場所あるの?

 王城にこの数の武装兵、連れて入っていいの??

 ほんとに、これ宰相閣下は首を縦に振ったの???


 アトレイタスお兄様ったら、心配性なんだから。



 ~・~・~・~・~



 馬番が待ち構えて、案内の召使が待機する、王族専用の馬車留め。柱の影や、物陰には密かに兵士が配置されているし、出入り口の兵士も増し増しにされてる、とのこと。

 そんな所に、意気揚々と馬車から降りてくる、フェミンゴ男爵夫妻。……夫婦共々、婚約中の王族を誘惑しちゃえ☆、にGOサイン出すなんて、何考えているのかしら。


「大丈夫よ、ロセア様。今頃は我が家の兵士が、あなたのご家族をキグナスバーネ伯爵家へ招待してるはずよ」


 わたしは男爵夫妻を見て、微かに身震いしたロセア嬢に声をかけた。

 作戦として、まずはロセア嬢に出迎えてもらって、フェミンゴ男爵から言質を引き出そう、というもの。相手の油断を誘うにはぴったりな人選だけど、元々内気な性格な子だと、大役に怖気づくのも無理はないわよね。

 わかるわ、わたしも前世、クラスの発表会がイヤでイヤで仕方なかったもの。教壇に立つなんて目立つ真似、強制でなければ絶対にしなかった。


「一言も、話さなくていいわ。顔も見たくないでしょうから、彼らの目の前に行って、止まって、俯いて地面を見ていなさい。それだけで、彼らが勝手にしゃべってくれるわ。

 安心しなさい、すぐにわたしが助けに行くから」


 油断させて失言を誘いたいから、一緒に行けないのよね。ごめんなさいね、と申し訳なく思いながら、両手をぎゅっと握って、にっこり笑って元気づけた。

 スキンシップって、不安を軽減するのよね。しかも、こんな美少女の笑顔付き。不安なんて、吹き飛ぶに決まってるでしょ!


 きゅっ、と握り返してきたロセア嬢は、わたしの顔を見て、しっかりと頷いた。覚悟を決めた表情で、隠れていた柱の影から足を踏み出し、フェミンゴ男爵夫妻の前に進み出る。

 きょろきょろと辺りを見回していたフェミンゴ男爵が、柱の影から現れたロセア嬢に喜色満面で駆け寄ると。


「よくぞ婚約破棄を引き出した!

 よくやった、ロセア。殿下のお目に留まるとは、王城に出仕させた甲斐があった!」


 大きな声で、そう、叫んだ。


 はい、ぎるてぃー。


「わかっているな!? お前が王子妃になれるのは、我がフェミンゴ男爵家がお前を取り立てたからで……」


 あうとー。


 油断も何も、初っ端から謀反確定の文言を口走ってくれたフェミンゴ男爵、仕事早いわー、ありがたいわー、バカだわー。

 そんな救いがたい愚か者だから、こんな迷惑なことをしでかしたのね。


「そこまでよ。おいで、ロセア」


 わたしが柱の影から出ると、それを合図に王城の兵士と、わたしの護衛が一斉に馬車留めに雪崩れ込んだ。

 ロセア嬢が返事と共に、男爵に背中を向けて小走りで私の下へやってきて、跪いて恭順の意を示す。


「初めまして。わたしがキグナスバーネ家が第三子、コラヴィアよ。

 お目にかかれて喜ばしい日ですわね。そして、お会いして、気分の悪い日でもありますわね。

 ご機嫌いかが?」


 心持ち顎を持ち上げて、話す。首を傾げる角度オッケー、揶揄いと嘲りを滲ませた口調、良し。口の端を上げるのは少しで良いのよ、親しみの笑みじゃなくて、小馬鹿にした嗤いなんだから。


 この日の衣装は、気合を入れたゴシック・アンド・ロリータ風ドレス。

 艶消しの黒ドレスを、ランプブラック、ピアノブラックの黒を基調にしたレースとフリルで豪華に飾って、髪飾りとチョーカーはクリムゾン(深紅)の薔薇のコサージュ、腰のリボンはカーマイン(鮮血色)、手袋はピジョンブラッド(濃色の赤)


 黒を基調に、差し色は赤の。

 絶世の美少女、ここに、見! 参!


 わたしの美貌に見惚れて、フェミンゴ男爵夫妻が言葉なく立ちつくしてるわ。

 さすがに、目で見たらようやく理解したのかしら。ロセア嬢にどれほどの無茶振りをしたかを。

 後悔しても、もう遅いのよ!


「では、永遠にさようなら、王命に逆らった謀反人共。

 捕らえなさい!」


「な、なんだお前たちはっ、……ひっ……どけ!」

「きゃあっ、あなた、何をするの!」


 取り囲んだ兵士たちを見て、我に返ったフェミンゴ男爵が、夫人を突き飛ばして逃げに走ったけど。馬車に乗っても、入り口に兵士がいるわよ?

 どちらにせよ、逃がす気はないわ。


 前世、クロムモリブデン鋼の仮面が剥がれかかった時のこと、わたしは今でも覚えている。魂に刻まれた怨嗟は、薄れることなんて無い。

 ミドリ色の血流れる、神経(デリカシー)が一本も通って無い、ハートブレイクな人の言葉を垂れ流すヒトデナシ。

 今世では出会っていないけれど、もしも、遭遇したら。


 散弾銃に大ぶりのジャックナイフ。

 

 メインとサブ、両方のウエポンを揃えておくのは淑女の嗜みよね。でも、今世には大振りのナイフはあるけれど、散弾銃は存在しないから、どうしようかと悩んで。

 魔法で、再現した。


 利き手を水平に伸ばして、親指ほどの小石を『見えざる手』でもって浮かす。数は十、わたしが制御できるのは、両手の指の数だけ。小石はそれぞれ硬化をかけて弾丸風に。

 もっと魔法に才能があれば、なんて、贅沢は望まないわ。この美貌で十分、余りある幸せよ。あとは努力と工夫でなんとかするわ。

 わたしは謙虚って言葉を知ってる、パーフェクトでブリリアントな絶世の美少女なんだから。


 小石を回転させる、速く、速く、早すぎず、速く、狙いを定める。

 風を、ピンポイントで圧す――圧縮空気で小石を発射って、つまりはエアガン? 筒がないから、ベツモノ?

 とりあえず、散弾銃みたいな感じになったから、これで良し! 細かいことは気にしない、美容に悪いわ。


 赤い手袋に包まれた利き手を勢いよく振り払えば、空気を打つ大きな音がして、飛んでいく小石。



 耳慣れない、周囲に響き渡る大きな音がしたかと思えば、フェミンゴ男爵家の、家紋の入った馬車の車輪が一瞬で打ち壊され。

 訪れた静寂と、周囲の注目を集める中、馬車が(かし)ぎ、倒れた。

 



 フェミンゴ男爵夫妻は捕らえられて、城の兵士に連れていかれたわ。これで一件落着ね。

 ちらりと目を向けると、護衛がちゃっちゃと動いて、我が家の馬車を用意していた。ロセア嬢を乗せる馬車一台と、わたしが乗るもう一台の別の馬車。

 護衛は全員、騎乗していて、機動性はばっちり。

 護衛の騎馬十二名、御者二名、馬車二台。


「さぁ、帰りましょう。もう王城に用は無いわ」


 あとのことはお兄様たちにお任せよ。

 思い上がりも甚だしかったフェミンゴ男爵にも、ちゃんと思い知らせることができて、満足したわ。

 カーテンコールは無し。

 美人女優は、風と共に去って行くものなのよ!

(一応の解説)

フェミンゴ男爵、べつに美貌に見惚れて動かなかったわけじゃないです。


(小ネタ1)

疾風のように~、だと、ヒーローになってしまうので。風と共に、の方が美人女優っぽい、という言葉のイメージで採用。そういう意味じゃないっと自己ツッコミしながら書きました。


(小ネタ2)

異世界に、たぶん、鳩、います。でも、鳩がピジョンって呼ばれるかは……異世界、息してる???

と、このように、色の名前はいつも悩みます。ピジョンブラッド……たぶん、異世界の鳩っぽいナニかがいるんでしょう、たぶん。それがきっとピジョンっていう偶然です、きっと。

さすがに、「バーガンディー」とか明らかに、え?、という名前は回避してるのですが……。


次回、16話「どこまでも続くハッピーライフ!」

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― 新着の感想 ―
異世界語の「#$%&'*+」を日本で通じる言葉に翻訳すると「ピジョンブラッド」になるだけなので、別に鳩はいなくても良いのでは?
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