表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/18

14話 宰相閣下の友達は胃薬


 飴色が美しい赤みがかった円卓のある、伯爵邸の談話室。アトレイタスお兄様とわたしは、オーレリアお義姉様も交えて、お互いが見聞きしてきた情報を交わし合っ…………。


 ……交わし合う、その前に。王城から戻ってきたら、当然、着替えるのだれど。

 もちろんわたしは深く落ち着いた感じの、ローズマダー(濃紫の強い赤色)を基調にしたドレスを選んだわ。

 そしてアトレイタスお兄様には、侍女を通じて、黒じゃなくて、ちょっと明るくて優しめの色合いのにして、って着替えを手伝う侍従に伝えてもらった。

 お兄様には黒が似合うし迫力あって格好良いけれど。対面で話し合うには、ちょっと遠慮したいのよね。


 王城に行った時の、アトレイタスお兄様のお衣装? 着替えを用意する侍従に口添えして、銀の刺繍の入った黒衣、まさしく黒の魔王様、なお衣装を用意してもらったわ。

 ええ、もちろん、わざとよ。




 王家とアトレイタスお兄様の話し合いは、結局のところ、落とし所をどこにするか、が問題だっただけで。我が家が戦を起こす気はないと知って、王家は心底安堵したそう。

 王家側の交渉は宰相閣下がお相手で、とにかく戦争は回避で、その為ならキグナスバーネ伯爵家の要求を飲むよ! と前のめりだったんですって。

 宰相閣下からは。


 選択肢の一つとして。婚約破棄騒動は無かったことにして、このまま婚約を続行。その時は、ロセア嬢は斬首、男爵家は取り潰し、側近は王都より永久追放、現場にいた兵士たちは舌を切り落して除籍。


 選択肢の一つとして。殿下を含めて関係者全員、罰を。具体的に言うと、殿下と側近は毒杯。ロセア嬢は石打、男爵家は斬首。現場にいた下級兵士たちは鞭打ちか親指切り落とした上で除籍。


 するので、戦争は回避で! という内容を、修辞に修飾語、修飾部を駆使して語られたんですって。

 まぁ、普通、王家が持ちかけた婚約を第三王子殿下が反故にするって、どれだけ我が家をコケにしてるの? って感じだけど。

 ここまでフォローされたら……特に二つ目、皆殺しにしてもいいよ! とまで断言されたら、溜飲も下がるってものよね。

 っていうか、現場にいた下級兵士たちが哀れだわ、とんだとばっちりじゃない。

 国所属の兵士にまでなったのに除籍って、放り出されても帰る所なんてないでしょう。遠回しに死ね、って言ってるようなものよ。


 それで、アトレイタスお兄様は物理的に縋りついてきそうな宰相閣下に、ロセア嬢の治癒魔法の副作用を説明したの。不可抗力だった、って。


 戦を起こすつもりは無い。

 第三王子殿下および現場の関係者への罰は必要なし。

 婚約はナシ。


 お兄様の口から、戦を起こすつもりは無い、第三王子殿下に罰は不要、で躍り上がりそうだった宰相閣下。

 婚約はナシ、で崩れ落ちたそう。


 宰相閣下が語られたのは。

 王命での婚約が無くなってしまうと、王家が貴族派に屈したことになる、だそうで。

 高位貴族からの、前の婚約が無くなった第三王子殿下は新たな婚約を結ぶべき、との声が大きくて。その要求が通ったように思われてしまうと、マズイのです、と。

 いっそ第三王子殿下の毒杯で、王家の強硬姿勢を打ち出した方がマシで。

 ただでさえ爵位料の支払いを渋る貴族が出始めた昨今。国境伯と組んだ中立派のキグナスバーネ「侯爵家」によって、貴族派の勢力を削ぎたいのだと。

 そもそも、戦争断固回避! の理由も。

 それがたとえどのような状況であろうと、一度戦争が起こってしまえば、それは王家がたかが一貴族を抑えつけることができなかった、ということにほかならず。

 貴族派はますます調子に乗り、王家は舐められる一方になってしまう、とのこと。



 中立派の国境伯を王家派に取り込む、あるいは、手を組んだと見せようとしたのが、第三王子殿下とわたし(キグナスバーネ家)の婚約、引いては婚姻だったわけね。


 宰相閣下の希望は、第三王子殿下がケジメをつける毒杯コースで戦線離脱したならともかく。生存ルートなら、婚約・婚姻してほしい。

 アトレイタスお兄様の要求は、第三王子殿下は生きていてもらいたいけど、婚約・婚姻は断固拒否。


 宰相閣下からしたら、どうして殿下の生存を望むのに、婚約は絶対イヤ! なのかが、腑に落ちなかったらしいけれど。

 とりあえず今回の話し合いでは、戦の回避と侯爵家への陞爵(しょうしゃく)は合意して、婚約に関しては物別れというか、保留。

 宰相閣下も最低限のことは取り付けたから、それ以上は引き止めず。また明日、詳細を詰めましょう、となったそう。

 当然のことながら、ロセア嬢の能力は極秘よ。でないと、治癒術師が偏見の目で見られてしまうわ。



 思ったのだけど。

 わたしと殿下の婚約、それだけ大事だったらもう少し予算を割きなさいよ。正式に婚約して半年、第三王子殿下への割り振り予算、さして変わってなかったわよ。


「四代前の王妃の呪いだ。トランが苦い表情(かお)で、父上に説明していた」


 まさかのアトレイタスお兄様からのフォロー、しかもトランお兄様の時からの。

 そうね、側近時代から、我が家が第三王子殿下の遊興費用、負担していたものね。

 なるほど、殿下の使える金額って、わざと制限がかけられていたの……。

 もしかすると、本人の希望だったのかしら。贅沢できないよう、自分が動かせる金額は少なくって……ちょっと物申したくなるけど、トランお兄様も苦い表情で申し上げていたなら、わたしからは、何も言うことは無いわ。


 それはそれとして。

 アトレイタスお兄様に、ロセア嬢の家族の救出をお願いしてみた。ついでに、男爵の誘い出しも。


「よし、話してみろ」

「あらまぁ、豪気なこと!」


 アトレイタスお兄様が手を打って、オーレリアお義姉様が身を乗り出して、わたしの話を促した。


「殿下が婚約破棄をしたので、男爵様は王城へぜひ来られたし、という報告の手紙を出してもらって。

 のこのこと登城してきたら、フェミンゴ男爵を捕縛」


「罪状は?」


「そんなの。王命による王族の婚約を邪魔しようとした、それを謀反と言わずしてなんと言うの?

 それで、捕縛した後で、喧伝してほしいことがあるの」


 政治がスケープゴートを求めるのならば。道具のロセア嬢ではなく、使い手のフェミンゴ男爵だけを連れて行きなさい。


「第三王子殿下とわたしは、フェミンゴ男爵の反乱の兆しを探り当てていて、その尻尾を掴むために婚約した、ってことにしてほしいの。

 婚約して、半年でロセア嬢を釣り上げたのよ。だから、手段であった婚約は、解消するの。

 そして最後。ロセア嬢は、わたしがもらい受けることに。キグナスバーネ家預かりになった、と大々的に公表してほしいわ」


「発表するだけならできるが……信じないぞ、誰も」


「良いのよ、それで。

 誰も信じなくて、誰もがきっと、第三王子殿下が浮気して、婚約者のわたしが怒り狂って、男爵家を潰して、泥棒猫のロセア嬢を直々に罰するために連れ帰ったんだろう、って思ってくれるでしょ。

 でもこれなら、男爵以外誰も罰されなくても、表向きはどの貴族も異を唱えないと思うの」


 だって、経緯はどうあれ、瑕疵(かし)の無い未婚の王族の婚約が無く(フリーに)なるんだもの!


「それでね、フェミンゴ男爵が捕縛されて、罪人の烙印が押されたら……本家の侯爵家の、監督責任を問えないかしら?

 だって男爵家がしていること、知っていたんだもの」


 さぁ、連座制の本領発揮よ。

 ここで輝かないと、どこで輝くというの! 行け、行け、連座制! 本気を出すのよ、連座制!


 わたしが素敵に可愛らしくにっこり笑うと、アトレイタスお兄様が口の端を釣り上げて、凶悪な笑みを作った。

 ……水色地に黄色ストライプのファンシーなベストを着てもらっていて、本当に良かった。着替えの服を用意してくれた侍従には、あとでお礼を言いに行かないと。


「貴族派は、自分の都合の良いようにしか動かない、言うなれば、傍若無人で得手勝手の集団だ。

 それこそ他人の、落とし穴に落ちた侯爵家など、誰も助けず、見捨てるだろう。……なるほどな」


 うっすらと笑うアトレイタスお兄様、その怖さ……もとい、美しさ、プライスレス! 

 良かった、談話室を淡いベージュにオフホワイト、ローアンバー(カーキ色)のシックな装いにしてて。白黒モノトーンを却下した過去のわたし、ぐっじょぶ!


「誰もが嘘だと思う公式発表。罰されず、野放しの側近や兵士たちの口から、広まる噂。

 その頃には、見捨てられて取り潰された、小賢しい貴族の二家。目端の利く者であれば、王家の差配に首を垂れるな」


「そうですわね、旦那様。王家の公式発表ゆえに、第三王子殿下にも、キグナスバーネにも、表向きは何一つ瑕疵がありませんわ」


 凍える魔王に恐れ気もなく笑いかけるオーレリアお義姉様、さすが。胆力が違うわ。

 なんて感心していたら、夜空に光る星のように目を輝かせて、オーレリアお義姉様がわたしを絶賛した。


「ふふっ、犠牲となる哀れな少女を救わんとする、その心意気や良し!

 侵略、いいえ、略奪は速さが肝要です。

 国境伯の娘として、砦を守る防衛戦は何度も心に描いておりましたが。まさか、まさか! 家で守られていた義妹に、略奪戦を教示されるとは!」


 頬を上気させて、大興奮のオーレリアお義姉様。

 えっと、わたしは普通に、我が家の兵士にロセア嬢のお家を訪ねてもらって、ご家族にご同行とかお引越しをお願いしようかな、って思ったんだけど。

 そうよね、前世みたいに考えてはダメよね。

 領地の住民は、領主の持ち物。それを勝手に保護って、どんなに言葉で言い繕っても、実際は横から奪うことよね。


 ずばり、略奪、人攫(ひとさら)い!


「男爵が王都へ来る間が狙い時だな。入れ違いで兵士を出せば、一家族程度の人数、根こそぎ奪うも容易かろう。

 ははっ、確かに! 貴族共が言う通り、我らキグナスバーネは山賊上がりであったな!」


 アトレイタスお兄様の、どこか突き抜けた感じの哄笑。

 いつにない大笑を聞きながら、わたしは座右の銘(常在戦場)を胸に抱きしめて、気合を入れて表情を作った。


 わたし、動揺なんてしていないわ。命を投げ出して頼って来た平民の少女に、安心しなさい、って約束したの。淑女らしく毅然としていて、格好良かったと我ながら思うわ。

 だから、ほら、この状況は想定通り、って余裕の笑みを浮かべなさい、わたし。優雅にして悠然、泰然自若に構えるのよ。

 取り乱すような無様な真似、晒してなるものですか!!!


「表立っては、第三王子と同じく、コラヴィアにも瑕疵が無い。そして知った顔で、婚約破棄された家だと侮るような者など、こちらからお断りだ」


「次の婚約者には、上辺に踊らされるような殿方は弾いてくださいませ。自慢の義妹ですもの、この程度の(ふるい)はくぐり抜けていただかないと」


「元々、コラヴィアは婿を取る予定だった。無理に嫁に出す必要はない」


 アトレイタスお兄様とオーレリアお義姉様が、上機嫌で話し合いながら、葡萄酒を飲み干しす。

 ふと、アトレイタスお兄様が空になった杯を見つめて、意地の悪い笑みを浮かべた。


「今年の葡萄酒は、素晴らしく出来が良い。王家に献上すれば、陞爵(しょうしゃく)していただけるかもしれんな。

 明日、宰相閣下にご相談申し上げよう。

 ――侯爵家となる頃には、すべてが茶番だったと、フシ穴共も気付くだろうさ」


「あら、今後お付き合いするお家の選別にもなりますわね」


 にんまりと笑い合いながら、仲良く談話室を出て行く伯爵夫妻。


 そういえば、殿下との結婚が無くなったら、陞爵理由が無くなるわね。

 葡萄酒で侯爵位。取ってつけた感がすごいけど、まぁ、昔から、献上品が愛でられて爵位、ってよくある話だし。

 もう正直、理由なんてどうでもいい気がするわ。


 わたしは、おやすみなさい、と談話室を出るお二人を見送り……明日に思いを馳せた。


 宰相閣下、どうぞよしなにお願いいたしますわね?

宰相閣下「(ごっくん)…………水持ってきてー……」


(小ネタ)

 仮に戦争起こると。王家だけで戦うわけじゃないし、いらん貴族共が自分も~、とか言い出し始める。で、勝ったとしても、その後の報酬でもめる。しかも、御しきれず反乱起こされて、鎮圧に自分たちの力を借りたよね?とばかりに、王家が舐められる要因になりかねず……だから、戦争、断固拒否! なわけですよ。

 宰相閣下、がんばりました。


次回、15話「劇場公開」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生系ファンタジー・絵本童話と都市国家の話
「続きはまた明日」
https://ncode.syosetu.com/n0693ik/

力技、でも正しい政略結婚の話(ジャンル恋愛)
「これは政略結婚です」
https://ncode.syosetu.com/n1556iq/

アルナシオン国の話(転移系ファンタジー・短編)
「彼方にて幻を想う」
https://ncode.syosetu.com/n8732id/

ファンタジー世界のミステリ一作目
「癒し手の偽り ~おお、悪役令嬢よ、死んでしまうとは情けない~」
https://ncode.syosetu.com/n7095ie/
― 新着の感想 ―
[良い点] ロセア嬢を助けるコラヴィアちゃんかっこいい!脳内では圧倒的美なコラヴィアちゃんが悠然と微笑んでいて最高でした。 [気になる点] 葡萄酒……どんな味だろう? アトレイタスお兄様がお飲みになっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ