14話 宰相閣下の友達は胃薬
飴色が美しい赤みがかった円卓のある、伯爵邸の談話室。アトレイタスお兄様とわたしは、オーレリアお義姉様も交えて、お互いが見聞きしてきた情報を交わし合っ…………。
……交わし合う、その前に。王城から戻ってきたら、当然、着替えるのだれど。
もちろんわたしは深く落ち着いた感じの、ローズマダーを基調にしたドレスを選んだわ。
そしてアトレイタスお兄様には、侍女を通じて、黒じゃなくて、ちょっと明るくて優しめの色合いのにして、って着替えを手伝う侍従に伝えてもらった。
お兄様には黒が似合うし迫力あって格好良いけれど。対面で話し合うには、ちょっと遠慮したいのよね。
王城に行った時の、アトレイタスお兄様のお衣装? 着替えを用意する侍従に口添えして、銀の刺繍の入った黒衣、まさしく黒の魔王様、なお衣装を用意してもらったわ。
ええ、もちろん、わざとよ。
王家とアトレイタスお兄様の話し合いは、結局のところ、落とし所をどこにするか、が問題だっただけで。我が家が戦を起こす気はないと知って、王家は心底安堵したそう。
王家側の交渉は宰相閣下がお相手で、とにかく戦争は回避で、その為ならキグナスバーネ伯爵家の要求を飲むよ! と前のめりだったんですって。
宰相閣下からは。
選択肢の一つとして。婚約破棄騒動は無かったことにして、このまま婚約を続行。その時は、ロセア嬢は斬首、男爵家は取り潰し、側近は王都より永久追放、現場にいた兵士たちは舌を切り落して除籍。
選択肢の一つとして。殿下を含めて関係者全員、罰を。具体的に言うと、殿下と側近は毒杯。ロセア嬢は石打、男爵家は斬首。現場にいた下級兵士たちは鞭打ちか親指切り落とした上で除籍。
するので、戦争は回避で! という内容を、修辞に修飾語、修飾部を駆使して語られたんですって。
まぁ、普通、王家が持ちかけた婚約を第三王子殿下が反故にするって、どれだけ我が家をコケにしてるの? って感じだけど。
ここまでフォローされたら……特に二つ目、皆殺しにしてもいいよ! とまで断言されたら、溜飲も下がるってものよね。
っていうか、現場にいた下級兵士たちが哀れだわ、とんだとばっちりじゃない。
国所属の兵士にまでなったのに除籍って、放り出されても帰る所なんてないでしょう。遠回しに死ね、って言ってるようなものよ。
それで、アトレイタスお兄様は物理的に縋りついてきそうな宰相閣下に、ロセア嬢の治癒魔法の副作用を説明したの。不可抗力だった、って。
戦を起こすつもりは無い。
第三王子殿下および現場の関係者への罰は必要なし。
婚約はナシ。
お兄様の口から、戦を起こすつもりは無い、第三王子殿下に罰は不要、で躍り上がりそうだった宰相閣下。
婚約はナシ、で崩れ落ちたそう。
宰相閣下が語られたのは。
王命での婚約が無くなってしまうと、王家が貴族派に屈したことになる、だそうで。
高位貴族からの、前の婚約が無くなった第三王子殿下は新たな婚約を結ぶべき、との声が大きくて。その要求が通ったように思われてしまうと、マズイのです、と。
いっそ第三王子殿下の毒杯で、王家の強硬姿勢を打ち出した方がマシで。
ただでさえ爵位料の支払いを渋る貴族が出始めた昨今。国境伯と組んだ中立派のキグナスバーネ「侯爵家」によって、貴族派の勢力を削ぎたいのだと。
そもそも、戦争断固回避! の理由も。
それがたとえどのような状況であろうと、一度戦争が起こってしまえば、それは王家がたかが一貴族を抑えつけることができなかった、ということにほかならず。
貴族派はますます調子に乗り、王家は舐められる一方になってしまう、とのこと。
中立派の国境伯を王家派に取り込む、あるいは、手を組んだと見せようとしたのが、第三王子殿下とわたしの婚約、引いては婚姻だったわけね。
宰相閣下の希望は、第三王子殿下がケジメをつける毒杯コースで戦線離脱したならともかく。生存ルートなら、婚約・婚姻してほしい。
アトレイタスお兄様の要求は、第三王子殿下は生きていてもらいたいけど、婚約・婚姻は断固拒否。
宰相閣下からしたら、どうして殿下の生存を望むのに、婚約は絶対イヤ! なのかが、腑に落ちなかったらしいけれど。
とりあえず今回の話し合いでは、戦の回避と侯爵家への陞爵は合意して、婚約に関しては物別れというか、保留。
宰相閣下も最低限のことは取り付けたから、それ以上は引き止めず。また明日、詳細を詰めましょう、となったそう。
当然のことながら、ロセア嬢の能力は極秘よ。でないと、治癒術師が偏見の目で見られてしまうわ。
思ったのだけど。
わたしと殿下の婚約、それだけ大事だったらもう少し予算を割きなさいよ。正式に婚約して半年、第三王子殿下への割り振り予算、さして変わってなかったわよ。
「四代前の王妃の呪いだ。トランが苦い表情で、父上に説明していた」
まさかのアトレイタスお兄様からのフォロー、しかもトランお兄様の時からの。
そうね、側近時代から、我が家が第三王子殿下の遊興費用、負担していたものね。
なるほど、殿下の使える金額って、わざと制限がかけられていたの……。
もしかすると、本人の希望だったのかしら。贅沢できないよう、自分が動かせる金額は少なくって……ちょっと物申したくなるけど、トランお兄様も苦い表情で申し上げていたなら、わたしからは、何も言うことは無いわ。
それはそれとして。
アトレイタスお兄様に、ロセア嬢の家族の救出をお願いしてみた。ついでに、男爵の誘い出しも。
「よし、話してみろ」
「あらまぁ、豪気なこと!」
アトレイタスお兄様が手を打って、オーレリアお義姉様が身を乗り出して、わたしの話を促した。
「殿下が婚約破棄をしたので、男爵様は王城へぜひ来られたし、という報告の手紙を出してもらって。
のこのこと登城してきたら、フェミンゴ男爵を捕縛」
「罪状は?」
「そんなの。王命による王族の婚約を邪魔しようとした、それを謀反と言わずしてなんと言うの?
それで、捕縛した後で、喧伝してほしいことがあるの」
政治がスケープゴートを求めるのならば。道具のロセア嬢ではなく、使い手のフェミンゴ男爵だけを連れて行きなさい。
「第三王子殿下とわたしは、フェミンゴ男爵の反乱の兆しを探り当てていて、その尻尾を掴むために婚約した、ってことにしてほしいの。
婚約して、半年でロセア嬢を釣り上げたのよ。だから、手段であった婚約は、解消するの。
そして最後。ロセア嬢は、わたしがもらい受けることに。キグナスバーネ家預かりになった、と大々的に公表してほしいわ」
「発表するだけならできるが……信じないぞ、誰も」
「良いのよ、それで。
誰も信じなくて、誰もがきっと、第三王子殿下が浮気して、婚約者のわたしが怒り狂って、男爵家を潰して、泥棒猫のロセア嬢を直々に罰するために連れ帰ったんだろう、って思ってくれるでしょ。
でもこれなら、男爵以外誰も罰されなくても、表向きはどの貴族も異を唱えないと思うの」
だって、経緯はどうあれ、瑕疵の無い未婚の王族の婚約が無くなるんだもの!
「それでね、フェミンゴ男爵が捕縛されて、罪人の烙印が押されたら……本家の侯爵家の、監督責任を問えないかしら?
だって男爵家がしていること、知っていたんだもの」
さぁ、連座制の本領発揮よ。
ここで輝かないと、どこで輝くというの! 行け、行け、連座制! 本気を出すのよ、連座制!
わたしが素敵に可愛らしくにっこり笑うと、アトレイタスお兄様が口の端を釣り上げて、凶悪な笑みを作った。
……水色地に黄色ストライプのファンシーなベストを着てもらっていて、本当に良かった。着替えの服を用意してくれた侍従には、あとでお礼を言いに行かないと。
「貴族派は、自分の都合の良いようにしか動かない、言うなれば、傍若無人で得手勝手の集団だ。
それこそ他人の、落とし穴に落ちた侯爵家など、誰も助けず、見捨てるだろう。……なるほどな」
うっすらと笑うアトレイタスお兄様、その怖さ……もとい、美しさ、プライスレス!
良かった、談話室を淡いベージュにオフホワイト、ローアンバーのシックな装いにしてて。白黒モノトーンを却下した過去のわたし、ぐっじょぶ!
「誰もが嘘だと思う公式発表。罰されず、野放しの側近や兵士たちの口から、広まる噂。
その頃には、見捨てられて取り潰された、小賢しい貴族の二家。目端の利く者であれば、王家の差配に首を垂れるな」
「そうですわね、旦那様。王家の公式発表ゆえに、第三王子殿下にも、キグナスバーネにも、表向きは何一つ瑕疵がありませんわ」
凍える魔王に恐れ気もなく笑いかけるオーレリアお義姉様、さすが。胆力が違うわ。
なんて感心していたら、夜空に光る星のように目を輝かせて、オーレリアお義姉様がわたしを絶賛した。
「ふふっ、犠牲となる哀れな少女を救わんとする、その心意気や良し!
侵略、いいえ、略奪は速さが肝要です。
国境伯の娘として、砦を守る防衛戦は何度も心に描いておりましたが。まさか、まさか! 家で守られていた義妹に、略奪戦を教示されるとは!」
頬を上気させて、大興奮のオーレリアお義姉様。
えっと、わたしは普通に、我が家の兵士にロセア嬢のお家を訪ねてもらって、ご家族にご同行とかお引越しをお願いしようかな、って思ったんだけど。
そうよね、前世みたいに考えてはダメよね。
領地の住民は、領主の持ち物。それを勝手に保護って、どんなに言葉で言い繕っても、実際は横から奪うことよね。
ずばり、略奪、人攫い!
「男爵が王都へ来る間が狙い時だな。入れ違いで兵士を出せば、一家族程度の人数、根こそぎ奪うも容易かろう。
ははっ、確かに! 貴族共が言う通り、我らキグナスバーネは山賊上がりであったな!」
アトレイタスお兄様の、どこか突き抜けた感じの哄笑。
いつにない大笑を聞きながら、わたしは座右の銘を胸に抱きしめて、気合を入れて表情を作った。
わたし、動揺なんてしていないわ。命を投げ出して頼って来た平民の少女に、安心しなさい、って約束したの。淑女らしく毅然としていて、格好良かったと我ながら思うわ。
だから、ほら、この状況は想定通り、って余裕の笑みを浮かべなさい、わたし。優雅にして悠然、泰然自若に構えるのよ。
取り乱すような無様な真似、晒してなるものですか!!!
「表立っては、第三王子と同じく、コラヴィアにも瑕疵が無い。そして知った顔で、婚約破棄された家だと侮るような者など、こちらからお断りだ」
「次の婚約者には、上辺に踊らされるような殿方は弾いてくださいませ。自慢の義妹ですもの、この程度の篩はくぐり抜けていただかないと」
「元々、コラヴィアは婿を取る予定だった。無理に嫁に出す必要はない」
アトレイタスお兄様とオーレリアお義姉様が、上機嫌で話し合いながら、葡萄酒を飲み干しす。
ふと、アトレイタスお兄様が空になった杯を見つめて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「今年の葡萄酒は、素晴らしく出来が良い。王家に献上すれば、陞爵していただけるかもしれんな。
明日、宰相閣下にご相談申し上げよう。
――侯爵家となる頃には、すべてが茶番だったと、フシ穴共も気付くだろうさ」
「あら、今後お付き合いするお家の選別にもなりますわね」
にんまりと笑い合いながら、仲良く談話室を出て行く伯爵夫妻。
そういえば、殿下との結婚が無くなったら、陞爵理由が無くなるわね。
葡萄酒で侯爵位。取ってつけた感がすごいけど、まぁ、昔から、献上品が愛でられて爵位、ってよくある話だし。
もう正直、理由なんてどうでもいい気がするわ。
わたしは、おやすみなさい、と談話室を出るお二人を見送り……明日に思いを馳せた。
宰相閣下、どうぞよしなにお願いいたしますわね?
宰相閣下「(ごっくん)…………水持ってきてー……」
(小ネタ)
仮に戦争起こると。王家だけで戦うわけじゃないし、いらん貴族共が自分も~、とか言い出し始める。で、勝ったとしても、その後の報酬でもめる。しかも、御しきれず反乱起こされて、鎮圧に自分たちの力を借りたよね?とばかりに、王家が舐められる要因になりかねず……だから、戦争、断固拒否! なわけですよ。
宰相閣下、がんばりました。
次回、15話「劇場公開」




