12話 解説さん、この状況をどう見ますか?
時間はかかったけれど。
ロセア嬢の治癒魔法には、麻薬……要は多幸感とか興奮作用みたいな効果も付いてくる。
ロセア嬢が「天性の」治癒魔法特化だったせいで、正式には習わないまま、我流で矯正されずに治癒魔法を使い続けた弊害。
――というのを何とか説明して。
そのせいで第三王子殿下のタガが外れて、暴言に繋がったと、一応の納得は得られたわ。
それと、あの領地から連れて来たっていう侍女。
仲良しで部屋も一緒、らしいけれど。あの訓練場で、ぜんっぜん、これっぽっちも、仲良しだなんて見えませんでしたけどぉ~?
あまりに不自然だったから、お兄様にもしかしたら、と断ってから話してみた。
調査した時、ロセア嬢はフェミンゴ男爵に七日に一度、手紙を出していて。あの領地から連れて来たっていう侍女の手紙は、十日に一度。
ということから、もしやあの侍女って、ロセア嬢の見張りじゃないでしょうか、って。頻繁な手紙も、本人からの経過報告と、見張りからの進捗状況?
少なくとも、ロセア嬢本人は嫌がってるように見えました、って伝えたわ。
そうこうしてる内に、トランお兄様が王家の使者と一緒に王城から屋敷にやって来て。
段取りが色々狂ってしまった、と内心慌てたけれど、トランお兄様が落ち着いて説明してくれた。
「訓練場の見張り兵の、その上官の小隊長から隊長、に縋られた大隊長が将軍に繋いで、大将軍の口から直接、この度のことが王族の方々に伝えられた。
僕は、何も知らずに王太子殿下のお側にいたからね。
――今回の婚約破棄騒動、我が家の仕込みではないと、王家は僕の存在でもって信じてくれたよ」
にこりと、穏やかに微笑むトランお兄様。
その隣には、強張った表情の王家の使者。
ほんとはトランお兄様、今日、わたしが第三王子殿下に会いに行くって知ってたけど。この騒動、わたしが事の次第を確かめに行ったから、起きたことだけど。
ぜんぶ承知の上で、王家に対して白を切り通したのね、さすがだわ、トランお兄様。わたしが滅茶苦茶にしてしまったのを、辻褄合わせしてくれたなんて、ほんと頼りになるわ!
わたしは、何も知らなかった。初めて、殿下とロセア嬢が仲良くしてるのを見て、驚いて突き飛ばしてしまった。
これが真実よ、異論は認めないわ。
もし、これがキグナスバーネ家の仕込みで。
第三王子殿下を罠に嵌めて婚約破棄をその口から引き出し、それをネタに王家から賠償金とか更なる優遇策を引き出すつもりであったのなら。
トランお兄様は城に居らず、我が家は何一つ弱みなく、ひたすらに王家側の瑕疵を攻め立てたでしょう。
でも今回、トランお兄様は王城にいて。
最悪、王家はトランお兄様を人質にして、戦上等、王家舐めんな、とばかりに我が家の交渉を突っぱねることもできた。
それを、王家も、我が家も、わかっている。
だからトランお兄様の『王家は僕の存在でもって信じてくれた』は、そういうこと。トランお兄様が王城にいた、それこそが我が家の仕込みではありませんよ、の証。
そして王家がトランお兄様を使者と共に我が家へ寄越したのは、人質に取るつもりはない、我が家と戦をするつもりはない、との意思表示。
使者は平身低頭で、王家はキグナスバーネ家長女コラヴィア嬢を傷つけるつもりはなかった、と伝えてきた。
王命は撤回しない、婚約破棄の予定はない、ましてや、キグナスバーネ家を敵に回すつもりはない! と、それはもう必死に釈明した。
それならわたしは、便乗するだけよ。
「王家の方々のお気持ち、ありがたく存じます。ですが、第三王子殿下のお言葉も、事実でございましょう。
であれば、殿下の婚約者だった者として、その少女と少しお話をさせてくださいませ」
断らないわよね? 断れないわよね? 答えは、はい、か、イエス、しか認めないわよ。
使者が返事を躊躇し、お兄様たちが不審そうに見遣る中、わたしは最高にかわいらしく見えるよう、にっこり笑って言った。
「人の男を盗った泥棒猫、一度きちんとお話をしてみたい、と思うのはそんなに不思議なことかしら?」
朝から登城したっていうのに、もう昼過ぎ。ロセア嬢、ほんとは昨日の内に会いたかったんだけど。
訓練場からの脱出、の後の伯爵邸での話し合い、の終わり頃に王家の使者が到着して、王家側の釈明、を聞きはしたけど、こっちだって言い分があるわけで……。
使者が王城へ戻る頃には、とっくに陽が落ちて夜になってたわ。
夜更かしは、美容に悪いの。
泥棒猫より、わたしの美貌の方が大事よ、当たり前でしょ。
とりあえずロセア嬢は、見張り付きで自室に謹慎処分、というか軟禁状態ですって。
いくら数少ないとはいえ、所詮は一治癒術師。王家としたら、ロセア嬢なんて首ちょんぱして、あんな暴挙は無かったことにして、わたしとの婚約を続行したいでしょうけど。
第三王子殿下って、王室最後の未婚男性ってことで、貴族各家に群がられていたじゃない。
つまり今回の婚約破棄、他家からしたら、降ってわいたチャンスなのよね。聞きつけた耳の早い方々が、なら自分の娘を、となるわけで。
婚約破棄を無かったことにしたい王家に、いやいや、王族が一度口にしたことですぞ、と意見を一つにしたそうよ。
日頃のいがみ合い、どこへやったのかしらね。
で、ロセア嬢が首ちょんぱされてないのは、その貴族の方々が庇ったから。
だって、ロセア嬢がいたから、婚約破棄が成ったわけで。ロセア嬢がいなくなってしまったら、残るのは殿下とわたし。つまりは、前のまま、元通りな状態なわけで。
ロセアって子がいるでしょ、だから婚約破棄はあったんだよ!
というのが、貴族の方々の主張らしいわ。
なにその存在証明。
まぁでも、だからロセア嬢の生存は貴族各家には必須で、秘密裏に首ちょんぱ、は回避されたみたい。
ちなみに。一番声が大きかったのは、ロセア嬢のフェミンゴ男爵家、の本家の侯爵家。昨日の昼過ぎには騒ぎを聞きつけて、真っ先に自分ちの娘の釣り書きを王家に持っていったらしいわ。
耳、早すぎじゃない? もうギルティで良くない?
わたしはそう思ったのだけれど、アトレイタスお兄様が言うには、ちがうみたい。
男爵家の動向を把握して勝手を許してはいるが、「見てるだけ」で、実際には指一つ動かしていないのが実情だろう、ですって。
つまり? 本家の侯爵家は、分家のフェミンゴ男爵家がロセア嬢を使って第三王子殿下を誘惑してるのは知ってる、けれども何もしていないってこと?
ちょっと、侯爵家が何がしたいのかわからないでいたら、アトレイタスお兄様が予想の一つとして、と話してくれた。
仮に婚約破棄が起こらず、そのまま結婚したとして。そもそも第三王子殿下がロセア嬢を望んだとて、男爵家では王子妃に家格が足りず、どうしても愛人として迎えることになる。愛人を一人でも認めてしまえば、二人目を認めないわけにもいかない。そして、二人目の愛人には侯爵令嬢を。
そこで、ロセア嬢と侯爵令嬢の関係は、分家と本家だ。殿下の愛情はどうあれ、ロセア嬢は侯爵令嬢に頭を下げねばならん。
愛人間での力関係は、二人目の愛人の方が強いわけだ。
では愛人と正妻の力関係はどうか。
結婚前から一人目の愛人を迎えることが決まっているような状況。これは、愛人を断ることができなかった、正妻の力が弱かった、となる。
愛人と正妻では、一人目の愛人の方が強い、となるわけだ。
さぁ、三人の力関係はどうなる……そうだ、二人目の愛人である侯爵令嬢が最も権力を持ち、正妻であるおまえが最弱の、名ばかりの妻となる。
次に、今回のようにおまえが婚約者を降りた状態だと、話はもっと早い。家格の足りないロセア嬢は愛人、侯爵令嬢が正妻に。
そうなってしまえば、元々が分家と本家だ。力関係は言わずもがなだ。
むしろ侯爵令嬢との婚約が整えば、おまえとの婚約を破棄させたロセア嬢に、もはや使い道は無い。いつまで生きていられるかな。
もし、これが侯爵家の仕込みなら。ロセア嬢は使い捨て、フェミンゴ男爵家も使い切りだ。
もし事が発覚した場合、王家と我が家を敵に回すことになる。当然、侯爵家は知らぬ存ぜぬ、で男爵家だけが潰れるさ。だが、トカゲのしっぽ切りとして見られた侯爵家の顔には、傷がつく。
成功しても、何かの拍子にしゃべられたら厄介だ。使い終わった道具の口は潰しておくに限る。
だが、どう潰す? 使い勝手の良い治癒術師、第三王子殿下の愛人、その実家。いくら侯爵家とはいえ、裏で手を回すにしても限界がある。明るみになったら、それこそ王家と我が家を敵に回す。
今回の騒動、フェミンゴ男爵家の単独犯、それに便乗したのが侯爵家、と見るのが妥当だろう。上手く事が運べば、第三王子殿下を婿に取ることができるからな。
婿取りの理由? 侯爵家に王家の血が入れば、今すぐではなくとも、公爵家への道が開かれる。未来への布石と思えば、不良債権を喜んで引き取るさ。
だそうよ。いやねぇ、殺伐としてるわ。打算まみれで美しくないったら。大体、言いがかりのセリフからして品が無いのよ、聞き苦しいったら。
所詮は山賊上がり、貴き血の高貴なる御方を繋ぎ止めておくのは、荷が重かったのでは、なんて。
まず、わたしを見てから、そのセリフ言ってごらんなさいよ。
一度会って五体投地で拝んで、感涙にむせび泣きながらわたしへの賛美を口にしなさい、話はそれからよ。
朝から待たされて、アトレイタスお兄様は途中で呼び出されて。ご機嫌取り、もとい、心づくしのお昼を王城でいただいて。
王太子殿下の側近として王城にいるトランお兄様とも少しお話して――昨夜、トランお兄様は使者と共に王城に戻ったの。「僕が王城にいることが、キグナスバーネ伯爵家の、王家に対する誠意だよ」って。
体張りすぎじゃないかしら、って心配したけれど。わたしへのこの丁重な扱いは、トランお兄様の頑張りのおかげなのだと納得して、お礼をいって別れて。
昼過ぎ、ようやくわたしは案内人によって、ロセア嬢の所へ案内された。
護衛三人、侍女一名に加えて、王城からも護衛二人。
物々しい? 王城で護衛だなんて、警備を信用してない?
いちゃもんつけてきた侯爵様には、アトレイタスお兄様が、「訓練場で妹は護衛に助けられたわけだが……それはなかった、ということだろうか?」で、黙ったそうよ。
はっ、弱い犬がきゃんきゃんと吠えて、みっともないわね!
推測を語る(設定の説明)のは、楽しいのですが、上手く会話にならないし、こう、上手く物語に組み込めない作者の技量orz こんな設定! こんな思惑! みたいなのを、綺麗に物語に当てはめて、読者に楽しく読ませる作者様方、すごいですよね。内政系好きな方、エア握手!
次、13話「対決、泥棒猫!」