11話 見栄張らずして、なにが美少女か!
第三王子殿下が叫ぶと同時に、周りにいた兵士たちも一斉に殺気立つ。
だけど、彼らの敵意が形を取るよりも、わたしの護衛が動き出す方が早かった。
「退けっ! ――小僧!」
護衛の内の二人、いぶし銀の大ベテランが右側の兵士を押しのけ、色気ホストが左側の兵士の壁となり、そして。
わたしとたった五歳しか違わない若造の質実剛健野郎が、わたしの腰を引っ掴んで荷物のように小脇に抱えて、空けられた道をまるで空を飛ぶかのように全速力で駆け出した。
――安全ベルトだけが頼りの、掴み手の無い暴走ゴーカート、もしくは、滑走するジェットコースターって、こんな感じ?
あまりの急展開に頭がついていかず、現実味の無い前世の例えが頭をよぎった。
……ええ、そうね。
悔しいけれど、認めるわ。
あまりの恐怖に現実逃避したのよ。
兵士の殺気にじゃないわ。
今! まさに! この運ばれている状況によ!
あれから王城の伯爵位専用の車留めまで、一度も止まることなく駆け抜けた――わたしじゃないわ、質実剛健野郎が、よ!
持ち主が一切考慮せず全力疾走したら、小脇に抱えられた荷物は、息を止めて身を竦ませる以外に、何かできるとでも?
流れゆく景色? ぶつかったらどうしようって、怖くて目を開けてられなかったけれど、それが何か? わたしは採血の時、針から目を逸らす派なのよ!
万が一、ぶつかって首ポロリ、ドンぐしゃっ、としたとしても、わざわざ仇の壁を見ていたいとは思わないわ!
馬車留めに着いたら着いたで、我が家の紋章がばっちり入った馬車の扉が、自動扉みたいに勝手に開いて、これまた放り込まれるように入れられるし。
王城にいるトランお兄様の所へ遣いにやっていた侍女が、先に戻っていて馬車留めに待機していて。質実剛健野郎がわたしを小脇に抱えたまま駆け込んで来たら、異変を察知して、馬車の扉をさっと開けたのよ!
馬車に放り込まれたわたし、さながら、車の後部座席にぽいっとされた鞄だったわね。
…………ええ、そうね。
あの殺気立った兵士たちの輪から、助けてくれたことは感謝するわ。あまりにも考え無しの行動だったと、今なら、反省したっていい。
でも、あの助け方はないでしょう!?
どうして荷物抱っこ?
もうちょっとヴィジュアル考えなさいよ!
あの場面なら、誰がどう言ったって、お姫様抱っこか、腕乗せ縦抱っこが鉄板でしょ!
これだから質実剛健野郎は!!!
わたしが馬車の中で呼吸と気持ちを落ち着けている間に、馬車の準備が整い、後から二人も追いついてきたらしく、出発します、と短い一言が告げられた。
………………ええ、そうね、助けられたのは、事実。わたしの唐突で無謀な行動で、あの兵士たちを中立状態から敵視状態にしてしまったのも、事実。
気合を入れなさい、わたし! 合言葉は常在戦場! 隣に侍女だっているし!
たとえ助け方にどれほど不服であっても、不満なんて露と見せず微笑んでみせるわ!
前世で被っていた仮面は、今世でも健在よ!
わたしは小窓を開けて、凛々しいオーレリアお義姉を思い出しながら、鷹揚に、嫣然と、微笑んでみせた。
「ありがとう、さすがは領軍一の剣士様ね。安心して身を任せることができたわ」
後半は嫌味よ。相手には絶対に伝わらないだろうけれど、皮肉よ。ぜんっぜん安心できなかったし、恐怖しか無かったから!
――なんて、ちょっとした意趣返しが、だめだったのかしら。
念のため、急ぎます、とか言われて、王城の検問を通り過ぎた途端に馬車から降ろされて。侍女だけ乗せた馬車は、二人が護衛に付いて囮としてそのまま。
そして、馬や馬車を走らせるよりも、魔法で強化した人間が走った方が遥かに速いのだそう。
――わたしは再び、荷物になった。
せめて持ち主を代えて、って思ったけれど、見栄で言い切った台詞のせいで、言い出せず。
領軍一番、の看板は信頼度が桁違いで、護衛二人が囮になるなら、質実剛健野郎はわたしに付けと。
ちょっと待って。この小荷物状態、わたしに、付いてるんじゃなくない? 質実剛健野郎に、わたしが、ベルトポーチのごとく引っ付けられてるんじゃない?
お腹に回された腕、めっちゃ固いんだけど。こいつ、いつの間にサイボーグ手術受けたのかしら。
王都の伯爵邸に着くまで、わたしは意識を飛ばしていた。
~・~・~・~・~・~
タウンハウスの広間。
白黒マーブルの立派な大理石のテーブルに、アトレイタスお兄様、オーレリアお義姉様、わたし――と、護衛の質実剛健野郎と後から到着した囮組。
囮組が無事で、ほんと良かった。
お父様とお母様は、もうとっくに領地へ出発していて、屋敷にはいないわ。
少し前、伯爵邸に小荷物状態で届けられたわたしは、使用人が出迎えてくれたエントランスホールのド真ん中、毅然と頭を上げ、真っ直ぐ伸びる一輪の花のごとく、支え無し、自分の足で、凛として立ってみせた。
へたり込むような無様な真似、この野郎の前で晒してなるものか! って、魂に刻み込まれた常在戦場の灯を燃やして、生まれたての小鹿を支えようとする手から、ちゃんと独り立ちしたの。
すごいわ、わたし! 偉いわ、わたし!!
頑張ったわね、わたし!!!
首ポロッ、ドンぐしゃっ、の恐怖に耐えたのよ。誰が褒めなくても、わたしがわたし自身の頑張りを認めるわ。
使用人に走ってもらって、アトレイタスお兄様とご一緒に、オーレリアお義姉様もお呼びして、集まってもらった大広間で訓練場でのことをご報告して。
わたしの主観での報告の補足として、質実剛健野も、見たままありのままを言葉少なに語って。
そうこうしてる内に、囮組が無事に戻ってきたから報告会に参加してもらって。
第三王子殿下の暴挙を、皆が口を揃えて証言してくれた。
――嘘偽りなく、婚約破棄のことを。
貴族なんて、体面が服着て二足歩行したようなもの。
家を代表して婚約した者が、別の女と噂され、挙句の果てに一方的に破棄を宣言。それが、キグナスバーネ家の顔にどれほど泥を塗る行為であるか――そう、もはや我が家はアトレイタスお兄様の号令一つで、王家に反旗を翻す段階まで来ている。
「トランが理不尽に側近を外された。剣を振り上げる所だったが、王太子の側近に取り上げるということで、我が家は引き下がった。
そうしたら、次は婚約破棄だと? これ以上の譲歩は、ただの隷属だ」
「アトレイタスお兄様、これは、第三王子殿下本人も意図しない暴走で、王家の総意でもないわ」
もはやそういう段階ではないことは重々承知で、それでもあえて、否を申し上げた。
冷えた怒りを湛えるアイアンブルーの瞳を、真っ直ぐに見つめ返す。
「魚がエサだけ食い千切った所で、釣り師に何の痛手も無いわ。エサが無くなっただけよ……今回のこと、第三王子殿下の本意ではないの。
我が家を侮辱したのは殿下ではないのよ、釣り師は他にいるわ、アトレイタスお兄様」
「釣り師は王家ではないのか? あの甘ったれの末っ子が、前回、尻拭いされたことに味を占めて、また甘ったれたことを仕出かしたのではないのか」
侮蔑に目を細めるアトレイタスお兄様に、わたしは、いいえ、と返した。
あの圧倒的な多幸感、頭が吹っ飛ぶような高揚感。
アレを味わって、なおかつ、前世の医学知識を持つわたしでないと、恐らくきっと分からない。
殿下の悲鳴のような叫び声が、まだ耳に残っている。『目立つ金髪に、派手な顔』。あれは、殿下の心の奥底に、鍵をかけて厳重に仕舞われていたはずの、恐れ。本来なら、決して外に出ることの無かった言葉。
タガが無理やり外されてしまったのよ。第三王子殿下の落ち度ではないわ、不可抗力よ。
そう思って厳しい視線を真っ直ぐ見つめ返していたら、不意に、アトレイタスお兄様は目を背けて、むっつりと黙り込んだ。
「旦那様。言わなければ、伝わりませんよ?」
黙り込んだお兄様にオーレリアお義理姉は続きを促し、想定外の反応に戸惑うわたしに、しばし待て、と無言で視線をくれた。……目力強いわ、さすがオーレリアお義姉。
大人しく黙って待っていると、アトレイタスお兄様が溜息を一つ吐き、仕方なさそうにわたしに向き直って――。
「お前が、どうしてもアレが良いというのであれば、もう一度、譲歩してやらんことも……」
「待って、お兄様!? 殿下には同情してるけど、好きなわけじゃないわ!
わたしと殿下の間には、トランペタスお兄様がいるだけよ!」
誤解よ!
わたしは張っていた見栄を破り捨てて、同情と連帯意識しかありません、と大きな声で叫んだ。
殿下を庇うのは理由があるからだと、破れてしまった見栄を気にしながら、断固として誤解を解いた。
話ながら、前世の知識をどう説明しようかと悩んでいたら、護衛達が目に入って……ちょうどいいわ、と話しかけた。
「訓練で体を酷使するとつらいけれど。それでもなお続けていると、不思議と気持ちよくなる時がないかしら?」
護衛三人が顔を見合わせた後、大ベテランのいぶし銀が思案顔で、「限界を超えた頃合いに、気分が上がることはありますな」と。
そう、それ! と内心、手を打って。
表向きは淑やかに、それよ、とても厳しい訓練をこなしているのね、と感心してみせた。
心の内では、限界を超えた頃合いって、そうそう日常訓練ではナイ表現だと思うけど、そこはスルーよ、と自分に言い聞かせて。
ふっ、見栄はちゃんと繕ったわ……繕えて、いるわよね……? さっき、うっかり破ってしまって……。痛恨が過ぎるわ。ここにいる全員、豆腐の角に頭ぶつけて、記憶喪失になってくれないかしら。
それはそれとして。
「他にも、激戦に次ぐ激戦を経験してきた者が、普通なら退役するのに、よりさらに熾烈な戦いを……次なる戦いを求める者は、いないかしら?」
戦闘中毒者って言葉が前世ではあったけど。今世では、なんて言うのかしら。とりあえず、色気ホストが「おりますよ」と、普通に返してきたから、いるのね、そういう存在。
でもそれ、そんなに普通に存在していいの? しかも、我が家の軍に? と思わなくもないけれど、今はスルーよ。
そして最後、思い出したくもないけれど!
「今日みたいな突然の緊急事態の時、瞬間的にいつも以上に力が出せたり、怪我をしても痛みを感じなかったり、しないかしら?」
質実剛健野郎が、ぼそりと「ある」と。
……いや、即答って……。
どんな修羅場を潜り抜けて来たのよ、あなたいくつよ。今の、答えるのならいぶし銀の大ベテランでしょ。
硝煙の臭いが染みついて取れない傭兵みたいに、死と隣り合わせの戦場を渡り歩いてきたんじゃないわよね???
いやいや、動揺してはだめよ、わたし。些事はスルーよ、スルー。見栄を張ったわたしは、三百六十度パーフェクト美人なんだから。
さっきみたいな醜態、晒してなるものですか!
わたしは何事もなかったかのように、アトレイタスお兄様に向かって、説明を続けた。
「多幸感に高揚感、興奮状態。ロセア嬢の治癒魔法で、『真っ先に痛みがなくなる』の理由は、これだと思うの」
脳内麻薬に、アドレナリン。ランナーズハイなんて、前世では当たり前に知られていた知識だし。火事場の馬鹿力なんて、それこそ子供でも知ってたわ。
「魔法の……? しかし、害のある魔法だと、第三とは言えど腐っても王族。そうそう影響を受けるものではないぞ」
白黒マーブルの大理石のテーブルを前に腕を組む、黒髪、アイアンブルーの瞳のアトレイタスお兄様。
黒基調の服が似合ってるわ。恐ろしくも麗しい、魔王様そのもの! 素敵! ……だけど、今日だけは、優しいパステル調の服を着ていて欲しかった。
「だって、ロセア嬢が施すのは『治癒魔法』だもの。
アトレイタスお兄様、治癒魔法を受ける時、抵抗なんてしないでしょう?」
わたしの言葉に、全員が息を呑んだ。
(小ネタ1)
コラヴィア嬢ですが、伯爵邸にぽいっとされたら、侍女がすっ飛んできて、身だしなみを整えました。「鏡をどうぞ」さっと差し出す侍女、ぐう有能。
(小ネタ2)
問い)二十一歳の青年が、絶世の美少女から「安心して身を任せられる」と言われた時の心境を、二百字以内で述べよ。
次、12話「解説さん、この状況をどう見ますか?」
※<ネタバレ>
この物語はジャンル:ハイファンタジー、です。
(翻訳:恋愛は期待しないで下さい)