なぜ急に!?
「皇太子の五つの権限を行使する。“真実の石”を使う。ヒルデン伯爵令嬢を別室へ連れて行け。大魔法使いを今すぐ、呼ぶように」
近衛騎士にブロン皇太子が告げた言葉を皮切りに、ずっと黙っていた貴族達が、遂に口を開いた。さすがにこれは我慢できなかったのだろう。
皇太子の持つ五つの権限。それは王家にだけ伝わる特殊な魔法の行使。“真実の石”もその一つ。詳しい内容は……分からない。何せ王室にだけ伝わるものであり、“真実の石”がどんなものか見たことはない。ただそれに触れている間は嘘をつけないらしい。ということは皇太子妃教育を受けたリアの記憶で知っているけれど……。
この場にいる貴族は、皇太子妃教育を受けたわけではないため、ほぼ情報を持たない。それでも皇太子が五つの権限を行使すること、“真実の石”を使う――これが異例であるとは分かっている。ゆえについみんな、口を開いてしまったのだろう。
異例であることは私もすぐに理解できた。重要なのはブロン皇太子の動機。なぜ急に五つの権限の一つを行使することにしたのか。真実の石を使うと決めたのか。
リアの日記を読み上げ、それを聞いたブロン皇太子が、ホリーは嘘をついているかもしれないと思った――ということでいいのかしら!?
「で、殿下、なぜ、私に“真実の石”を?」
「ヒルデン伯爵令嬢。やましいことがなければ恐れる必要はないはず。……ところで物置小屋の火事で足を痛め、いまだ一人では歩くことも立つこともできない――ということでしたが、今、この瞬間に治ったのだろうか?」
「!! そ、それは、あ、え、その」「近衛騎士、早く連れて行け」「はっ」
ホリーは足を痛めていたの? え、だからもしかしてブロン皇太子がエスコートしていたの? 足を痛め、一人で立っていられないから、ブロン皇太子の胸に寄りかかっていたということ?
「皆、舞踏会の冒頭から騒ぎを起こしてすまなかった。しばしわたしは外すが、舞踏会を楽しんでほしい。皇室で保管している特別なワインもお出しする」
ブロン皇太子はてきぱきと指示を出すと、私を見た。その真っすぐな静謐さをたたえる碧い瞳を向けられると、心臓がドキドキする。
「行くぞ」
当たり前のようにブロン皇太子が私の手をとった。触れた手のなめらかさに今度はドキッとする。
「え、で、殿下、どちらへ!?」
「これからヒルデン伯爵令嬢に“真実の石”を使うと言ったはずだ」
言った。言っていました。そしてその“真実の石”を使えるのは、皇族の人間だけ。つまりブロン皇太子は、ホリーが連れて行かれた部屋へ向かっている……。
あ!
理解できた。私も……リアも嘘をついていないか、確かめるということね。ブロン皇太子に確認したわけではないけど、そうだと思う。だって彼は正義感が強い。公平さをかくことはしない。
ブロン皇太子は私の方を見ないが、そのエスコートはとても優雅であり、かつ気遣いが感じられた。速度、歩幅、タイミング。その全てを完璧に私に合わせてくれている。
こんな些末なことにさえ、彼のすごさを感じ、ため息がでそうだった。
「入るぞ」
凛としたブロン皇太子の声に我へ返る。
ホリーが連れて行かれた部屋は、舞踏会の会場となっているホールから、すぐの場所だった。ブロン皇太子に連れられ、中に入ると、そこにはサンタクロースのように白い髭を生やし、グレーの丈の長いローブを着た、大魔法使いマランがいる。
大魔法使いは皇室に使える専属の魔法使い。この国で一番の魔法の使い手だ。前世記憶が覚醒する前のリアは会ったことがあるが、覚醒後の私が会うのは初めてだった。
「ブロン皇太子殿下、ナイトリー公爵令嬢、こんばんは」
大魔法使いマランが、黒い瞳を細めて微笑んだ。柔和な好々爺という感じで、見ているだけで心が和む。でも彼の魔法で、一つの国が亡びると言われている。
「マラン、急に呼び立ててすまない」
「いえいえ、殿下。“真実の石”を使いたいということは、よほどのこと。して行使するのはこちらの令嬢で、よろしかったでしょうか?」
「フッ。聞くまでもないだろう。既に意識は失わせているではないか」
「いやはや。殿下の言葉を聞く前に先走りまして」
大魔法使いマランが微笑み、指を鳴らした瞬間。
心臓が止まるかと思った。


























































