プロローグ
「殿下、最後にもう一度だけ確認します。今の御言葉に、二言はないですか?」
「二言はないか、だと! 婚約破棄を告げたのは、このわたしだ!」
額に青筋を立て、怒りを露わにしているのは、この国の皇太子であるブロン・ワース・フレミング。銀髪に碧い瞳の美貌の皇太子と知られているのに、今の顔ではそれが台無しだ~。
一方、シルバーグレーのテールコート姿のブロン皇太子に寄りそうようにしているのは、イエローゴールドのドレスを着た、ヒロインであるホリー・ヒルデン。ツインテールにしたミルキーブロンドの髪には、ドレスとお揃いの大きなリボンが飾られている。甘ったるい声で「殿下、落ち着いてくださいませ」としおらしく言っているが、そのアプリコット色の瞳は、嘲るように私に向けられていた。
うーん、ヒロインなのに、そんな顔をしてはダメでしょう!
婚約者である皇太子からは、怒りを向けられている。皇太子を私からまさに奪おうとしているホリーからは、侮蔑を向けられている。怒りと嘲りを向けられているのは誰か? それは私、公爵令嬢であり、悪役令嬢のリア・ナイトリーだ。
ヒロイン、悪役令嬢。
この二つのワードがくれば、ここがどんな世界か、すぐにピンとくるよね。
そう、ここは乙女ゲーム『恋のヴィナース~うたかたの恋』の世界。剣と魔法の国、フレミング皇国を舞台に、ヒロインに扮してイケメンとの恋の駆け引きを楽しむ。それが乙女ゲーム『恋のヴィナース~うたかたの恋』だ。
つい、ガチャで課金してしまったこのゲームの世界に転生していた理由は……不明だった。そこの記憶がない。でもあれを体験した時は、宝くじに当たった気分だ。
目覚めて見えた天井が見たこともないっていう、あれ!
ついに私にもこの機会がきましたかーって。
生来が明るい気質だからかな。転生しているってことは、前世で命を落としている。ただその時の記憶がないから、テンションはつい高くなってしまう。
というわけで。
目が覚めた瞬間に天井を見て、転生を確信した。
あ、でも私の場合、天蓋付きのベッドで目覚めたから、厳密に言うと見えたのは天井ではない。でも「え、ここはどこ!?」となったのは事実。
乙女ゲームをやりこんでいるぐらいだから、ラノベも漫画もアニメも当然、たしなんでいた。だからすぐにピンときたのだ。転生は転生でも、これは異世界への転生だ!!!!!と。
でも手を広げ過ぎていたから、どこに転生したのかはすぐに分からなかった。ラノベの世界なのか、漫画の世界なのか、ゲームの世界なのか。かつどの作品なのかも。つまり部屋を見ただけでは、「あー、暖炉あるね。うん、日本家屋で暖炉なんてそうそうないから西洋確定ね。で、天蓋付きベッドに、やたら豪華なドレッサー、文机、ソファセットも見えている。しかもシャンデリアでしょ。こりゃ貴族だわ」と独り言を呟くことになった。
次に髪の色を確認したけれど、淡い紫色をしている。これは……かなり珍しい。肌はすべすべで艶々。それでいて胸はしっかりあって、ウエストは……わぉ!大変くびれている。それでいて手足はスラリと長い。恵まれた体をしていらっしゃる。
でもやはりこれだけでは分からない。ただ……紫って、ヒロインではあまりお見かけしない色……よね。それにモブってこんなに素敵なスタイルしている? 少し「もしかして……」という気持ちにはなった。
そこでベッド横のサイドテーブルの引き出しを開けると、手鏡を発見!
ドキドキで鏡を覗き込み、宝石のような紫色の瞳と目が合う。そして顔を認識。
すご~い! 美人さんです!
同時に。
知っています、このお顔!となった。
つまりは悪役令嬢のリア・ナイトリー! 乙女ゲーム『恋のヴィナース~うたかたの恋』の世界に転生したと理解した。この事実を認識した直後の感想はこれ。
ああ、まずいなぁと思う。
悪役令嬢リアと言えば、バッドエンディングしかない悲しき存在。そこは幽閉や終身刑でもいいのでは……と、プレイ中感じたことが、何度もあった。でもゲームの神様は、絶対にリアに微笑むつもりがないようだ。
攻略対象は四人。
フレミング皇国の皇太子、騎士団の団長、宰相、公爵家のそれぞれのご令息だ。ヒロインが誰を攻略しようと、断罪されるのは、リアが二十歳の時だ。ちなみにヒロインの攻略対象達、ヒロイン、悪役令嬢、共に同い年の設定になっている。
フレミング皇国の慣習として、婚約する時には婚約式がある。だいたい婚約者を作るのは、社交界デビューをする十五~十六歳。その後、学校を卒業し、二年の準備期間(女性はいわゆる花嫁修業。男性は求職)を経て、迎える二十歳の誕生日。そこで結婚することを宣言する、“結婚の誓約”が発表される。つまり「自分達は婚約していますが、半年後に結婚するつもりです」というように誓約を述べるわけだ。婚約式のような格式ばった形ではなく、多くが舞踏会の場で行われた。
その結婚の誓約が本来行われる舞踏会で、悪役令嬢リアは婚約破棄を告げられ、そして断罪コースまっしぐらだった。
今、私は何歳なのかな?
手鏡を取り出した引き出しの中に、何かある。取り出すとそれは日記。前世の記憶は完璧によみがえった。でもまだリアの記憶はない。そこで申し訳ないと思いつつ、でも私はリアなのだからと日記を見てみることにした。