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代理の花嫁  作者: 伸夜
第1章
3/3

向かう先の道中にて

 次の日の朝、私は10時に家の外に準備された馬車に乗って錦山(にしきやま)の家を後にした。

 私が8歳の時に父が亡くなってから10年、この家では8年過ごした。思い返してみると長い年月を過ごしたが思い残すことは何もない。

 家から出ることは殆どなかったが、今まで買い出しに行くときは歩いて街まで行っていた。

 今日も歩いて行かなければいけないと思っていたから馬車を用意してもらえると聞いて少し驚いた。


 私を乗せた馬車は街の中心地を通り過ぎ、だんだんと家や店が少なくなっていく。

 そのまま人気のない山道に差し掛かった時、馬車が止まった。

「私はこちらで失礼しますので降りてください」

 ドアを開けて運転手が言った。

 馬車に乗っている間、時折窓の外を見ていたし、今も外の景色を見ても周りに家らしきものは見当たらない。

「と、到着したのでしょうか?」

 私が見つけられないだけなのかもしれない。

「いいや、この道をまっすぐ行けば到着しますので」

「で、でも、相模(さがみ)家まで連れて行ってくださるのでは…」

 聞いてみると義父からはここまでしか頼まれていないという。

 運転手は私の荷物を降ろすと来た道を戻って行ってしまった。

 私は少ない荷物を持って、道の先にあるという相模家を目指して歩いた。



「お客様ですか?」

 道はきれいに舗装されていた。日影があり、道が舗装されていても初夏の山道を歩くことはつらかった。

「…え?」

 歩くのが辛くなり、つい下ばかりを見て歩いていたから気が付かなかったが、頭を上げると馬車を運転する青年がいた。凛とした顔立ちで社交界にいれば注目を集めるに違いない。

「あ…はい。…い、いえ、お客様では…ない、です」

 相模家次期当主と婚約をしに来たのだからお客様ではないはずだ。

「でもこの先には相模家のお屋敷しかありませんよ」

 その言葉を聞いて道はあっているようで安心した。

 しかし、青年が私を見る目は私のことを怪しんでいるようだった。確かに、この先に相模家のお屋敷しかないのに客でもない人が向かっていると知ったら疑うのは当たり前だ。考えなくてもわかることだった。

「あ、あの。私は、に、錦山(にしきやま)あ、あおいと申します」

 急いで誤解を解くために運転席にいる青年に名乗る。

「さ、相模様との婚約のため、お、お伺いに…」

 私が伝え終わるよりも先に青年が運転席から降りると私の荷物を持ち上げた。

「あ、あの?」

「ん?ああ、大変失礼いたしました。私も名乗らなければいけませんね」

 青年はたたずまいを整え私に向き直って

「わたくしは坊ちゃま、いえ、銀時(ぎんじ)様の使用人をしております三条 樹(さんじょう  いつき)と申します」

 そういうと軽く会釈をして、持ち上げたままの私の荷物を馬車の荷台にのせた。

「まっすぐの道で迷子になることはありませんが、ここからお屋敷まではまだ距離がありますから」

 さあさあと背中を押されて私は理解が追い付かないまま馬車に乗せられてしまった。

「お、お仕事の途中だったのではないでしょうか?」

 もし、私が仕事の途中に抜け出して違うことをしていたことを知られてしまったら、叱られるだけでは済まない。青年が仕える相手は化け物侯爵と呼ばれているのだ。私を案内したせいで彼が酷い目に合うのは申し訳ない。

「大丈夫ですよ。急ぎの仕事ではありませんし、女性を暑い中歩かせたことを知られてしまう方が叱られますよ」

「三条様、あ、ありがとうございます」

 正直このまま山道を歩くのはつらかったので馬車でお屋敷まで連れて行ってもらえるのはありがたかった。

「私は使用人ですから様などつけなくていいのですよ。気軽に樹とお呼びください」

 しばらく馬車に揺られていると、落ち着いた外観の洋館が見えてきた。昔、父がまだ生きていた頃に住んでいた家と少し似ていて懐かしかった。

「到着しました」

 樹さんが馬車のドアを開けて降りるのを手伝ってくださった。

「ありがとうございます」

「今日は坊ちゃまも家にいますからこのまま挨拶に行きましょうか」


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