プロローグ
「私はお前に構うつもりはない」
それが、私が彼と初めて出会って言われた最初の言葉だった。
私は将来、旦那様となる相模銀時様に挨拶をするため、彼の屋敷を訪れていた。
彼は、まだ珍しい洋装を纏い、机の上で何やら作業をしているようだった。
顔を見ることはできないが、一番上まで絞められたボタンと几帳面に結ばれたネクタイ、どこか落ち着いた紺色のベストが彼の品の良さを表しているようだった。
机の上で万年筆を握るその手はしなやかで、無意識に視線を送ってしまった。
「も、申し訳ございません」
彼の使用人だという方に案内されて彼の仕事部屋だという部屋を訪れたが、私が部屋に入ったせいで邪魔をしてしまったかもしれない。
私はその場で深々と頭を下げる。いつもならすぐに謝罪の言葉が出てくるのに。長い間彼を見てしまったことで不快な気持ちにさせてしまったかもしれない。
「樹」
彼が言うと部屋の中に私をこの部屋まで案内してくれた使用人の方が入ってくる。
歓迎されていないことは彼の言葉だけではなく態度を見ればわかることだった。
「あおい様」
「は、はい」
促されるがままに私はもう一度頭を下げて部屋を出る。
「し、失礼しました」
私が部屋を出るまで、彼はその手を止めることはなく、私の方を見てはくれなかった。
それでも私はこの家でやっていくしかない。
錦山あおいには戻る場所も、待っていてくれる人もいないのだから。




