私のエッセイ~第百六十弾:多言語学習雑記(その12)~アイヌ語~ もうひとつの日本の言語
皆さん、おはようございます。いかがお過ごしでしょうか・・・?
本日は、久々に・・・『アイスランド語』以来、ひさしぶりに、語学エッセイをやってみます。
お題の通り、皆さんもご存じの『アイヌ語』であります。
アイヌ語は、私たちが普段使用しております『日本語』と並び、れっきとした日本固有の言語です。
大昔には、北海道や東北地方を中心に、先住民のアイヌ民族の皆さんが、このアイヌ語を純粋な「母語」として日常生活で使用し、生活しておられました。
ただ・・・その言語の名前を知らない方はまずいないのですが、言語そのものの性格や特徴、実態というものをご存じの方は、あまり多くはないものと思われます。
かくいう私自身、学習書を買ったりして勉強するまでは、この言語についての知識というものは・・・ほぼほぼ「ゼロ」でしたから。
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さて・・・そのアイヌ語ですが・・・
アイヌ語の方言は、大きく北海道・樺太・北千島・本州東北北部の4つに分かれると考えられています。
北海道と樺太とでは、 発音や単語などがかなり異なっていることなどがわかっています。
北海道内でも、地域によって単語や文法などに多少の違いがあります。(わずかな差ですけれどネ。)
北海道の方言を、西南部の方言グループと 東北部の方言グループなどに大きく分類することもできます。
また、同じ北海道の中でも宗谷地方の言葉は、 樺太の方言に近いと言われています。
アイヌ語には、「文字文化」というものがなく、情報の伝達手段は、すべて「口頭」で行なわれてきました。
いま、私たちがアイヌ語の昔の情報を知ることができるのは、まだ母語話者がご存命のうちに、言語学者たちが、懸命にその方々から、直接耳で単語や文を聴き取り、記録してくれたからです。
ゆえに、アイヌ語の「字面」というものは・・・すべて、ローマ字かカタカナでの表記となっておりますね。
アイヌ語の文法に関して・・・その「語順」ですが、以下のような感じで、一部の「否定表現」を除けば、日本語とほぼ同じですね。
ワ(= wa)・・・つまり、日本語の「~て、~で」で前後の動詞をつなぐ言い方も、日本語と同じです。
例文:
イソサンケカムイ(フクロウが) ホプニ((起き上がる、飛び立つ) ワ(~て) アラパ(行く)
イソサンケカムイ ホプニ ワ アラパ。
= フクロウが、飛び立っていく。
ただ・・・さびしい話なのですが、今現在の日本で、この「アイヌ語」のみで暮らす、母語話者というものは・・・まったくの「ゼロ」であります。
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ちなみに、アイヌ語の「アイヌ」というのは、「人間」という意味です。
だから、「アイヌ語」をアイヌ語で言うと、「アイヌ イタク」となりますね♪
また、みなさんはきっと、「カムイ」というアイヌ語の単語をご存じかと思います。
カムイは、日本語でよく、「神」などと訳される傾向がありますが・・・
実はコレ、日本語における「神様」のような、超自然的で、何か特別かつ絶対的な存在を表すのではなく、たとえば、一羽一羽のスズメや、一本一本の木などの生物も、すべて「カムイ」なのです。
カムイとは、アイヌ(= 人間)とともに、意志を持って、この世で何らかの役割を果たしていると考えられるすべての存在を指しており、アイヌとカムイがお互いに利益を与え合うことによって、この世がうまく動き、人間もより幸福になるのだ、と考えられてきました。
繰り返しますが・・・フクロウやカラスなどの鳥や、熊や鹿などの獣、サケやマスなどの魚、バッタやセミなどの昆虫、カツラ木やトリカブトのような植物、さらに、火や雷などの自然現象や、家や舟など、人間の手によって作られたものまで含めて・・・アイヌ語では、すべてこの「カムイ」という言葉で表されます。
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ではここで、アイヌ語の実際の「会話文」を見てみましょう。
実際に読んでいただけると分かると思いますが・・・完全にこれ、「外国語」ですよ。単語レベルからして、すでに。
以下は、アイヌ語の「沙流方言」の例文です。
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Aさん1:「フナク ワ エエク?」
Bさん1:「トーキョー ワ ケク。」
フナク→どこ ワ→から エ→君が、あなたが エク→来る ケク→「K=ek」とローマ字では表記します:ク(「ku」私が:一人称単数主格)+エク「ek:来る」で、「ケク」。
(訳)
Aさん1:「どこから来たの?」
Bさん1:「東京から来ました。」
Aさん2:「トゥイマ ケク ワ エエク ワ ヒオーイオイ。ピリカノ ヌカラ ヤン!」
Bさん2:「クヌカラ カ エラミシカリ プ ポロンノ アンナ。」
トゥイマ→遠い ヒ→ところ ワ→から エエク→あなたが来る ヒオーイオイ→ありがとう ピリカ→良い(形容詞) ピリカノ→よく(副詞) ヌカラ→~を見る、~を読む
ヤン→~なさい(命令を表わす。) クヌカラ→「ku=nukar(rのあとにaがありませんが、これでヌカラと読みます。)」つまり、ク(私が)、ヌカラ(見る)で、クヌカラ:私が見る カ→も エラミシカリ→~を知らない、~したことがない プ→もの ポロンノ→たくさん アン→ある、いる ナ→ぞ アンナ→あるぞ、いるぞ、あるなぁ
(訳)
Aさん2:「遠いところから来てくれて、ありがとう。よく見てちょうだい!」
Bさん2:「見たことのないものが、たくさんあるなぁ。」
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参考までに・・・以下は、「樺太アイヌ語」の例文です。
~ ~ ~ ~ ~
Aさん1:「タント アンペネ シリピリカ。」
Bさん1:「シーナアン。ヌーマン シリウェニヒ ネーワカイキ タント ネアンペ シリピリカ。」
Aさん2:「タニ ナケネ エオマン クス?」
Bさん2:「クシロ オンネ クオマン クス。」
Aさん3:「クシロ オホタ ヘマタ エキー クス?」
Bさん3:「ウサオカ イペ レンカイネ クコロ クス。エアニ、タニ ヘマタ エキー クス?」
Aさん4:「チセ オホタ クモンライキ クス。」
Bさん4:「ヘマタ モンライキ エキー クス?」
Aさん5:「カンピヌイェ クキー クス。ピリカノ オマン。」
Bさん5:「ピリカノ アン。」
(単語)
タント→今日 アンペネ→とても シリピリカ→天気がいい シーナアン→はい、そうだ。 ヌーマン→昨日(= この単語は本来形容詞なんですが、ここでは副詞的に使われていますね) シリウェン→天気が悪い ネーワカイキ→??ごめんなさい、手を尽くして調べても意味がいまだに分かりません。誰か助けて! ネアンペ→~は(対比を表わします) タニ→今 ナケネ→どこへ エオマン→あなたは行く クス→~から、~ので オンネ→~へ、~に クオマン→私は行く オホタ→~で、~に ヘマタ→何 エキー→お前は~する ウオサカ→いろいろな イペ→食べ物 レンカイネ→たくさん クコロ→私は~を買う エアニ→あなた、お前 「チセ オホタ」→家で クモンライキ→私は仕事をする モンライキ→仕事、仕事する カンピヌイェ→勉強、勉強する クキー→私は~する 「ピリカノ オマン」→「さようなら(= 去る人に)」 「ピリカノ アン」→「さようなら(= 残る人に)」
(訳)
Aさん1:「きょうはとても天気が良いね。」
Bさん1:「そうだね。きのう天気が悪かったけど、今日は天気がいい。」
Aさん2:「いまどこへ行くの?」
Bさん2:「釧路へ行くんだ。」
Aさん3:「釧路で何をするの?」
Bさん3:「いろいろな食材を買うんだ。お前はいま(今日)、何をするのか?」
Aさん4:「家で仕事をするの。」
Bさん4:「どんな仕事をするの?」
Aさん5:「勉強を、私はするんだ。元気で行ってらっしゃい。」
Bさん5:「さようなら。」
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・・・ここで、『北海道アイヌ語』と対照した、『樺太アイヌ語』の特徴というものを、簡単にではありますが列挙しておきます。
樺太アイヌ語では、北海道アイヌ語のような母音のアクセントのような区別はなく、長短の区別があります。
例えば、北海道アイヌ語の『pa(= 「年」)』、『pi(= 「種」)』、『pu(= 「倉庫」)』、『ke(= 「脂」)』、『po(= 「子供」)』などは、樺太アイヌ語では母音が長くなって、『paa(= 「年」)』、『pii(= 「種」)』、『puu(= 「倉庫」)』、『kee(= 「脂」)』、『poo(= 「子供」)』のようになって、頭高に発音します。
次に、『イントネーション(音調)』について。
樺太アイヌ語には長母音があるためか、文末の抑揚が多様に変化するようです。
また、北海道アイヌ語と同様、樺太アイヌ語に特徴的なのは、一般的発話では、叙述文は上がり音調で、疑問文は下がり音調で発話することですね。
といいますのは・・・私たちの日本語もそうなんですが、普通、肯定文や否定文の文末のイントネーションって、『下がり調子』で、疑問文の文末のそれって、『上がり調子』じゃないですか・・・?
ところが、北海道アイヌ語と樺太アイヌ語は、それらが正反対・・・つまり、「あべこべ」なわけですよ。
ちなみに、フィンランド語とハンガリー語は、疑問文でも肯定文でも、文末はすべて「下がり調子」になりますね♪
(・・・英語の、「文頭に疑問詞のある疑問文」も下がり調子になりやんすね。)
次に、「否定表現」について。
否定や禁止を表わす表現が、樺太アイヌ語と北海道アイヌ語とでは、まったく異なります。
例えば、否定『~ない』は、樺太アイヌ語では「hannehka:ハンネーカ」、北海道アイヌ語では「somo:ソモ」を付けます。
また、禁止『~するな』は、樺太アイヌ語では「hanka:ハンカ」、北海道アイヌ語では「'iteki:イテキ」を付けますね。
例文を二つ、挙げてみましょう。
例文1:「私の子どもではない。」
樺太アイヌ語:「ku-pooho ka hannehka.」
北海道アイヌ語:「ku-poho ka somo ne.」
例文2:「言うな!」
樺太アイヌ語:「hannehka yee!」
北海道アイヌ語:「'iteki ye!」
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・・・ではここで、北海道アイヌ語と樺太アイヌ語の実際の音声を、なじみのYouTube動画でもって、聴いてみましょう。
『AINU LANGUAGE, PEOPLE, & CULTURE』
→ UP主様は、「ILoveLanguages!」様。~ アイヌ語全般についての説明動画ですね。
『The Sound of the Äynu language (Numbers, & Sample Text)』
→ UP主様は、「ILoveLanguages!」様:これは、北海道アイヌ語ですね。
以下は、私などよりずっとアイヌ語に詳しい方の参考動画になります。
・・・世の中、上には上がいますね♪
『1000年前のアイヌ語を再現する (Pre-)Proto-Ainu language』
→ UP主様は、「minerva scientia」様。
『幻の「千島アイヌ語」を復元する [Kuril Ainu Language]』
→ UP主様は、「minerva scientia」様。
『幻の「本州アイヌ語」を復元する [Emishi/Honshu Ainu Language]』
→ UP様は、「minerva scientia」様。
以下は、浅井タケ様に関する、在りし日の貴重な情報動画です。
『樺太アイヌ語の最後の担い手【浅井タケ】』
→ UP主様は、「ワンペンの【トリビア人物解説】」様。
『樺太アイヌ語の最後の担い手【浅井タケ】の肉声 #short』
→ UP主様は、「ワンペンの【トリビア人物解説】」様。
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・・・では最後に、私が今現在、ゆっくりと取り組んでおります学習書や辞書などを紹介して、この長いエッセイを閉じたいと思います。
ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
m(_ _)m
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1.『CDエクスプレス アイヌ語』:これは、「千歳方言」の教科書です:白水社
2.『ニューエクスプレス アイヌ語』:これは、「沙流方言」の教科書です:白水社
3.『アコロ イタク アイヌ語テキスト1』:社団法人「北海道ウタリ協会」
4.『樺太アイヌ語 入門会話』:緑鯨社
5.『アイヌ語会話イラスト辞典』:蝸牛社
6.『アイヌ語イラスト辞典』:蝸牛社
7.『アイヌ語會話字典』:北海道出版企画センター
8.『カラフトアイヌ語 - 文法篇』:国書刊行会
9.『蝦和英三封辞書』:国書刊行会:明治22年6月発行。超古い辞書ですが・・・私が、一番信頼している、アイヌ語の辞書です♪ 最後の最後に頼りになるのは、やっぱりコレですね。
10.『旭川採集 アイヌ語動詞集』:旭川市教育委員会
11.『村山七郎 アイヌ語の研究』:三一書房
参考サイト:アイヌ語教材テキスト | アイヌ語ポータルサイト | 公益財団
ここでは、アイヌ語の『千歳方言』『美幌方言』『幌別方言』『静内方言』『十勝方言』『沙流方言』『石狩川方言』『カラフト方言=樺太アイヌ語』の貴重な学習テキストが、無料で読め、PDF形式でダウンロードして、ゲットできちゃいますね♪
では・・・。
m(_ _)m