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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

砂の蛇

作者: くたくたうさぎ

   冷たい水の中なら 貴方には私の手は見えない


   生い茂る草の中なら 貴方には私の足は見えない


    熱い砂の中なら 貴方には私の頭は見えない


   もういいよ…… もういいよ…… もういいよ……




 「─────ねぇ! 聞いてるの?!」


 蒸し暑い教室の窓側に座ってぼぅっと外を眺めていた都筑 春花は叫ぶ声に鬱陶しそうに振り返った。


 「ん? なに? 聞いてなかったわ」


 春花のいつものそっけない態度にも全くめげる事なく喋り続けているのはクラスメートの相良 明菜だ。明菜はクラス替えした春から何かと春花に付き纏っている女子だった。

 元々人付き合いに全くと言っていい程興味がなく一匹狼な春花は誰とも仲良くなるつもりもつるむつもりも無かった。だが、明菜は春花の冷たい態度にもめげることも無く春花に事ある毎に着いてきては一人で喋っていた。


 「だぁからぁ! うわさだよぉ! う・わ・さ」


 少し興奮気味にしゃべる明菜に春花は溜め息をついて頬杖をつきながら見上げた。

 くりくりした大きな目に栗色の髪を後で括りポニーテールにしてる明菜は、シマリスの様で誰にでも好かれそうな可愛らしい容姿をしている。ツンとした春花とは真逆な人物だ。春花は腰まである黒のストレートの髪で背も女子にしては大きな方だ。そのモデルのような体型と少し釣り上がった目尻に大人びた風貌のせいで、小学生の時から遠巻きにされていた。いじめこそなかったが、仲の良い友達など全くと言っていいほどできなかった。

 そんな春花に全く臆する事なく話しかけてくる明菜は相当変わり者の部類に入る方だとおもう。だから何故こんなに自分に関わってくるのか全くと言っていい程分からなかった。

 

「噂? どんな?」


 春花はあまり興味は無かったが一応聞いてみることにした。


「あのね? 雨が降った夕方にね、とある場所で『も〜いいかい?』っていったら連れて行かれるんだって! あの世に」


「はぁ……。明菜あんた小学生じゃないんだから何言ってんのよ」


「春花ちゃん冷たい……だってさ、もう何人も居なくなってるって聞いたんだもん」


「何それ? それって誘拐とかなんか事件に巻き込まれたんじゃないの?」


「ん〜……。でもね、全くの手がかりないし、見に覚えもないみたいなの。しかも一緒にその場にいた友達が皆気が狂ったみたいになってさ……ある言葉を呟いてるんだって!」


「ある言葉?」


 春花は訝しげ眉を顰めて問いかけた。


「そう! 『見つかっちゃった』 って……」


「なに……それ。でも、うわさなんてそんなもんよ。人の口から口に伝わると話は大っきくなるんだから」


「まぁねぇ……でもホントならこわいよね〜」


「そうね」


 明菜は春花に一通り話したので満足したのか自分の席へと戻っていった。嵐が去った事に小さく溜息をつきながら春花はまたそっと窓の外に視線を移すといつの間にかポツポツと空から水滴が落ちて窓枠を濡らしていた。


「雨……やっぱり降ってきた……」


 小さく独り言を呟きながら席を立ち開いていた窓を閉めようとした春花はふと校門のそばに立つ小さな影に気がついた。ゆらゆらと揺らめく影は小さな子供のそれに見えたのだが、一瞬カーテンに気を取られもう一度見るとそこには誰も居なかった。見間違いかな……と春花はそれを気にすることもなく自分の席に座り直した。


       『──も……いいかい』

 

 シンシンと降る雨に紛れて春花の耳に小さな女の子の声が聞こえた気がした。その声を聞いた途端に足元からぞわりと鳥肌が立ちたちふるりと身体が震えた。


 「え……な、に?」


 ぱっと周りをみわたしたが、ざわついた教室で皆それぞれに会話しているだけで誰も春花の近くには居なかった。明菜も違う友達と先程の話をして盛り上がっているのか、コロコロと表情を変えながら数人の女子生徒と輪になって話していた。

 先程閉めた窓の方を振り返った春花はひゅっと息を呑んだ。小さな手形が曇った窓に付いている。


 春花はガタンと椅子から立ち上がると教室を飛び出した。そんな春花の行動に皆一斉に振り返った。


「え……? どうしたんだ?都筑」


「トイレじゃない?」

 

 皆口々に疑問を口にしたが特に気にするでも無くまた友達と喋り始めた。


 春花は長い廊下を走ると突き当りを左に曲がり渡り廊下にたどり着いた。はぁ……はぁ……と上がった息を整えるようにゆっくりと深く息を吸うとドキドキと高鳴っていた心臓が少し落ち着いた気がした。


「あれは……何だったの……子供の手形……よね? 誰かのいたずら? でもここは2階だし……」


 考え込み俯いていた春花の肩にすっと白い手が伸びてきた。


「っ……きゃぁ!!」


 驚き叫んだ春花が振り返るとそこには心配して追いかけて来た明菜がキョトンとした表情で立っていた。


「ど……どうしたのぉ? 春花ちゃん。いきなり教室飛び出したからびっくりしたよぉ」


「あ……あきな……。ご、ごめん。びっくりして」


 明菜だった事に安堵してヘナヘナと力が抜けた春花はとすんと壁に寄りかかった。


「ちょっと変なことがあって……。あのね、教室の窓に子供の手形があったのよ」


「え……!? ほんとに?! ここ二階だよ?見間違えたんじゃない?……そうだ! ちょっと見に行こうよ」


「そ、そうね……」


 明菜に促され教室に戻った二人が恐る恐る窓を見るとそこには小さな紅葉の若葉が貼り付いていた。


「ふふっ……あはは! 春花ちゃん、これじゃない?」


「……」

 

 紅葉……。これなのかしら。はっきりと手形だった気がしたけど、明菜の話を聞いたあとだから錯覚をみただけなのかもしれないわね。はぁ……明菜を子供っぽいっていったけどこれじゃ私のほうが臆病者ね。春花は自嘲気味に笑うと明菜に答えた。


「そうみたい。明菜の話を思ったより怖がってたのは私の方だった様だわ」


「春花ちゃん、可愛すぎぃ!」


 明菜が春花にダイブしてぎゅうぎゅうと抱きついて来たのをされるがままに立ち尽くしていた春花だったが、明菜の明るさに恐怖心が和らぐ気がして、こっそりと安堵の息をはいた。


「春花ちゃん、帰りさ、【豆の木】に寄ってかえろ。ミルクショコラ飲みたいなぁって」


「いいわよ」


 【豆の木】は春花と明菜がよく行くカフェだ。高校の帰り道の商店街の外れにあり、こじんまりしていてあまりお客もいないが、雰囲気がとても良くおじいさんが一人で切り盛りしている店で、二人の寄り道スポットだった。明菜はいつも甘々のミルクショコラ、春花は挽きたてのコーヒー豆で淹れた香りの良い濃いコーヒーがお気に入りだった。


「じゃあ支度してくるね」


 明菜はぱっと身体を離し、荷物を取りに自分の席に戻っていった。春花も自分の席に戻り机の中に入っていた本や筆記用具を鞄に入れると、廊下で待っていた明菜と共に学校を後にした。



 二人は校舎を後にし、カフェに向かい歩き始めた。独特な雨の香りが鼻につき、さらさらと降る雨は熱くなったアスファルトを静かに濡らしていた。


「ねぇ、春花ちゃん? さっきの話の続きなんだけどさ……」


 明菜は傘に当たる水滴を見つめながら春花に声を掛けた。


「ん? あぁ、行方不明になる話?」


「そうそう。その行方不明になる場所、どこだと思う?」


「場所? 人気のない場所何じゃないの?」


「ん〜……ぶー! それがねぇ……あざみ公園なの」


「あざみ公園? 結構人が集まる場所じゃない?」

 

 あざみ公園はこの辺りでは比較的大きな公園で常に犬の散歩する人や子供たちで賑わっている。まぁでも流石に雨の日は人も少なくはなるかも知れないが、前の道路は幹線道路なのもあり車通りは絶えることはない。店も建ち並んでいるから暗がりになるような事はない場所だった。


「そうなんだよねぇ。すべり台の横にある砂場の近くのブランコ……らしいの」


「ふぅん……てか、明菜なんでそんな詳しいのよ」


「実はね……消えた一人が私のお兄ちゃんのクラスメートの知人らしいの」


「また何というか……信憑性ありそうでな無さそうじゃない」


 春花は額に手を当てて小さく溜息をついた。噂とはそういった類のものが多い。親しい人なら嘘はつかないだろうと言う心理を利用してるからこそ信憑性が増してしまう。


「まぁ、とりあえず私達には関係ないんだしいいじゃない」


「う……ぅん! そだね」


 明菜はうーん。と手をクロスして肩を抱くような仕草をしていたが、ぱっと顔を上げて元気よくそう返事をした。


 だが、【豆の木】に行くには実はあざみ公園の横を通らなければならず、明菜がそれを気にしているのは一目瞭然だった。


 二人はしばらく他愛ない話をしながらあざみ公園の手前の横断歩道で足を止めた。赤の信号をそれとなく見つめた時だった。春花はどこからか視線を感じ、キョロキョロと周りを見渡した。だが、私達の向かいの道路にも人影はなく気の所為だったのかたと目線をを横断歩道の先に向けるた春花はビクリと肩を鳴らした。

……今迄居たのだろうか。赤い傘を挿した小さな女の子が一人信号を待っていた。傘で女の子の表情はこちらからは分からなかった。



「──ねぇ、春花ちゃん」


「えっ? なに?」


 春花がぱっと横を向くと、急に声をかけられたかのような反応に明菜は首を傾げ変なの、と呟くと明菜はまた話を続けた。そしてもう一度横断歩道に目をやると赤い傘の女の子の姿は消えていた。


「春花ちゃん! 青だよぉ〜いこっ!」


 歩みださない春花の手をひっぱる明菜の手をとめて春花は問いかけた。


「ねぇ明菜……さっきあっちに女のコ立ってなかった? 赤い傘の……」


「えぇ……ん……居なかったとおもうけど……」

 

 明菜はそういいながらと周りをキョロキョロと見渡した。私達の向かいの道路の奥に公園があり此方から比較的見渡しやすい。──隠れたりするような場所は無いように見える。

 春花は少し身震いしたが、気を取り直して明菜に声をかけた。


「そっか……見間違いかも。あ、急ご。赤に変わるわ」


「うん。だね」


 そのまま言葉少なげに二人は少し早足で横断歩道を渡りきった。


 あざみ公園は雨の為か人もまばらで、雨合羽を着た犬をつれて歩く人くらいだった。勿論子供の姿は皆無で、春花は少し気になって先程見た赤い傘の女の子を軽く見渡して探してみたが見える範囲には居ないようだった。


「春花ちゃん……」


 明菜は少しトーンを落した声色で名前を呟いた。


「ん? なに明菜?」


 傘に落ち跳ね返る水滴を鬱陶しそうに少し傘を回して振り払いながら明菜の方を振り返った。だが、春花の目線の先に居たのは明菜では無かった。

 そこには先程の女のコが傘で雨を弾かせながら立っていた。春花はひゅっと息を吸い、足を半歩後ろにずらした。手に持っていた傘が地面に落ち、パタンパタンと雨を弾く音がやけに大きく耳に届いた。  


    ───明菜……そう! 明菜はどこ!?


「次は春花ちゃんの番ね? 私が鬼……」


 赤い傘の女の子は小さくクスクスと笑っている様だった。様だったと言うのは顔が傘に隠れて表情がこちらから見えなかった為……


「まっ……まって何なの?! あなたは……だれ?! 明菜はどこ?」


「数えるよ〜……30秒数えるから……隠れてね……い〜ち……にぃ〜い……」


 な、何なのこの子! 気持ち悪い……明菜は? ひとまずここから離れないと……春花はくるりと踵を返すと来た道を走り出した。


 なに! なんなの……いきなり現れたあの子は何? 明菜が言ってたあの怪談? 


 ───まって……。



 春花は走りながらデジャヴの様な感覚に襲われたのだ。私……しってる……この感じ。雨の日したかくれんぼ。

──誰としてたんだっけ。──仲良くなった近所の子達としてたはず……。で……。見つからなかった友達……。


 春花はドキドキと鳴る心臓に手を当てながらゆっくりと足を止めた。雨に濡れた制服のスカートが重たく足に張り付いた。


 昔近所で仲の良かった友達と雨の日に集まり探検ごっこを良くしていた。雨の日だと人があまり居ないので皆濡れてもいい服を着て集まって……でもいつも一人傘を挿して濡れたら駄目な綺麗なワンピース着た女のコがいた……。

 皆お高く止まってるその子を好きじゃなかった…ちょっと意地悪してやろうて話してるのを私は黙って聞いてた。皆に意見してはぶにされたく無かったから。その日にした遊びは───


       かくれんぼ……


 そうだ……かくれんぼしてその子を置いていって皆で帰ろうって。でも私は────


「も……いぃかぁ……い」


 春花の意識がその声にぱっと引き戻された。公園と逆方向に走っていた筈なのに、今いるのは砂場の中央だった。


「なんでっ!」


 その時気が付いた。砂場の中央か盛り上がっていることに……その盛り上がりが気になり近づいた事を春花は後悔する事になる。砂場は雨に打たれ盛り上がった砂を流すように左右に分かれ、水路を作っていた。流された砂の端から見えたのは……髪の毛。 


「っ!!?」


 近づいた春花は声にならない悲鳴を飲み込んだ。人が……いや、イタズラでもしかしたらマネキンかもしれない……でも気味が悪くてとてもじゃ無いが確認なんか出来なかった。春花は走り出した。


「もうやだ……! っ、そうだ明菜はどこに……まさかさっきの


 自分のしてしまった想像に吐き気を催してしまう。そんなわけ無い! そんなわけ───


 春花が足を止めた先にあったのは広い池だった。あざみ公園の半分を占めるほど大きな池。暗く濁った水は空から降る綺麗な水滴をその中に吸い込むように水面を震わせていた。    

           


        気持ち悪い。




       春花は水が大嫌いだった。


 昔溺れたことがあり、トラウマになっていた。水を見つめるだけで、底に引っ張られるような感覚になってしまう。ぱっと顔をあげ、池に背を向けようとした時だった。池の柵の縁に青白い何かが落ちてる。あれは……手だ。


「っ!!? 訳わんない! もうやだ……」


 目の前の池から無数に手が出てきそうな感覚にガタガタと身を震わせた春花はぎゅっと肩を抱き震える足で何とかその場を後にした。あそこにいるほうが嫌だった。


 まって……砂場……池……


「まさか……」


 春花はある事を思い出した。虐められていた女のコ……砂場で埋められて泣きながら帰っていた。ある時は池に突き落され溺れかけたことも……草むらだ。みんなの秘密基地!あそこにみんなで隠れてた。


 春花はよくわからない感情に突き動かされるまま、でもそこに行かなきゃいけないんだという思いに駈られ走り出した。


 あざみ公園の端の野原の先に葦が茂っていてすこし窪んだ場所がある。そこに穴を掘って草を被してみんなの秘密基地にしていた。


「はぁ……はぁ……」 

 

 春花は上がった息をゆっくりと深呼吸して整えるとその場所に近づいていった。葦についた雨が水を弾き蔓のように春花の足に絡まり行き道を塞いでいた。


「このへん……のハズ……あ! あった……」


 その場所にはたくさんのくたびれ、汚れたおもちゃやお菓子のゴミが落ちていた。春花の足にこつんと何かが当たった。汚れた小さな水筒……手に取った春花は身体を硬直させた。






          さがら あきな 





 「あきな……?」


 まって、私は明菜を知ってたの? 昔遊んだメンバーに明菜は……





「みぃつけた……」




 ぐいっと手を掴まれた鳥肌が全身を駆け巡った。赤い傘を挿した女のコの小さな手は春花の腕にありえないぐらいの強い力で食い込んでいた。よく見ると血が通っていない青白い手。


「きゃぁぁ!!!」


 振り払おうとした手はびくともしない。振り回した手が赤い傘に当たり地面に落ちた。そこにいたのは、明菜だった。


「明菜……?」


「もう……何処に行ってたのよぉ。春花ちゃん、探したんだよ」


「え……明菜。な、なんで……? え……」


 春花は今ここに明菜がいること、昔遊んでいたのが明菜だったこと色々と聞きたかったが何より知ってる人がいると言う安心感に力が抜け泥だらけになるのも構わず地面にへたり込んだ。掴んだ手はそのまま……


「頭おかしいって言われるかもしれないけど、へんな夢みたいなの見たみたい」


「そう……じゃあ、つぎは春花ちゃんが鬼ね……」


「え……」


 明菜はそういうとギュッと掴んでいた手を離しゆっくりとした動作で赤い傘を拾い上げた。明菜が傘手渡した瞬間、足元からすぐ上げるような風が吹き、傘を巻き上げるように攫っていった。



「あっ……!」


 ふと傘に目を取られた瞬間に明菜の姿は消えていた……。





─────────────

 それからどうやってかえったのか覚えていなかった。春花は自分の部屋で目を覚ました。


 リビングに降りていくとそこには朝食を作る母と、スマホでニュースを見る父、眠そうな兄がいつも通りそこにいた。そのことにほっと息をつき自分も席に腰を下ろした。


「おはよう皆起きるの早いね」


 春花がそう言いながら蹴伸びをすると、立ち上がり横をすり抜けた兄が冷蔵庫から牛乳を取り出していた。


「あ、おにい。私も牛乳ちょうだい」


「……」


 無言の兄はバンッと冷蔵庫を閉めると春花を無視して自分の席に座り直した。なんか機嫌悪そうだなぁ、まぁ別にのまなくてもいっか。あんまりお腹も空いてないし、このまま学校に行ってもいっかなぁ。


「みんな、目玉焼き何個いる? お父さんは一つよね? 彰は?」


「俺は3つ。白身だけでいい」


「私いらない」


「わかったわ」


 お兄ちゃん筋肉でもつける気なのかな? あっ! そうだ。明菜の事聞いてみよ。お母さんなら知ってるかも。


「ねぇ、おかあ……」



「お父さん今日花屋によって帰って来て頂戴ね。仏壇に飾るお花」


「あぁ……」


 父はスマホに目線を落としたまま言葉少なげに頷いた。

仏壇? そんなものうちにあったっけ?


「彰も今日は早く帰ってきてよ。今日は春花の────」







    ───春花の命日なんだから。




 「え……? な、なにいってんの。おかあさん?」


 ガタンと席を立ち、春花は母の肩を掴もうとしたが、その手は虚しく空を切った。その手は春花が見慣れているいつもの手ではなく、小さな子供の手だった。

「な、なにこれ……」

 

 母を茫然と見つめるが、縋るような目線が交わり合うことはなかった。


 「うそ……私、死んでるの? うそだよ……いつも通りの……」


 

 言いしれない恐怖から春花はガタガタと身体が震えるのを止めることができなかった。




 そうだ!明菜、明菜に聞けばわかるかも。春花は立ち上がり家を飛び出すと明菜の家に向けて走り出した。だが、ある事に気が付きゆっくりと足を止めた。


 私……どうして明菜の家を知ってるの? 明菜は高校ではじめて出来た友達で……


  ───ちがう。わたしは明菜を知っていた。


「春花ちゃん。みーつけた……」


 春花はその声に振り返った。そこには目に涙を溜め悲しそうに佇む明菜がいた。


 思い出した……私だ。あの赤い傘を挿した女のコ。いつも虐められていた女のコ。あの日もみんなに騙されてかくれんぼをしていた私は……殺された。暗くなっても探しに来ない皆に意地悪されたことを悲しんで泣いていた私はブランコに乗ってたんだ……その時、優しげに声をかけてきた男の人に連れられてトイレで首を締められた。そして……バラバラにされた。池や、砂場、草むらに私は無惨に捨てられた。


「明菜……どうして私が見えるの」


「春花ちゃんが殺されたあの日。私やっぱり気になって戻ったの。かくれんぼが終わったって伝えにいこうって。でも春花ちゃんは男の人に連れられて、殺された。わたし……見たの。でも怖くて声が出なくて……足も固まって……」


 明菜は涙を流しながら話を続けた。


「春花ちゃんごめんなさい……わたし……怖くて声が出せなかった。あの男が春花ちゃんをバラバラにするとこまでみた」



 

「でも終わらなかった。あれから春花ちゃんはずっと彷徨ってた。終わらないかくれんぼをずっと……」


「そうなんだ……」


「だから私……あのときかくれんぼしたメンバーを一人づつ連れてきたの……」


「そっか……」


 思い出した事がもう一つあった。虐められた私をいつも気にしてくれていた子。庇ったらイジメられる怖さから表立って庇われたりはしなかったが、皆がいなくなってから手を差し伸べてくれていた子。明菜だ……。


「ありがとう。みつけてくれて……」



 明菜は私をずっと探してくれてたんだ。終わらないかくれんぼをしていた私を。私のばらばらになった体の一部はあの草むらの中に捨ててあった。明菜はそれを服に包み家に持って帰ったそうだ。そして親にそのことを伝えた。血だらけになって帰ってきた娘が持っていた物にひっくり返り、警察が詰めかけ私のバラバラの遺体は発見が早かったそうだ。

 明菜は霊感が強く私のことがずっと見えていたそうだ。だが、意思疎通出来るようになったのは最近だったと。


「残留思念てやつかな……明菜こわくないの?」


「こわくないよ。やっと……思い出してくれて……よかった」



 明菜は傘を差し出した。赤い傘。その傘を手にすると私はだんだんと姿が薄くなっていくのがわかった。


「明菜、お別れみたい……ありがとう」


「春花ちゃん」


 震える手で春花に触れようとした明菜はゆっくりと手を下ろした。もうそこに春花の姿が無かったからだった。






 明菜は春花を思い出していた。明菜は小さい頃病弱で近所の子供たちに虐められていた。そんな折に現れたのは近所に引っ越して来た綺麗な女のコ。いつも芯が通っていて優しくて私はずっと憧れていた。だが、周りの子供たちはそんな春花を気に入らず虐めた。そして事件は起きた……。


 春花が亡くなっていて数日後に通ったあざみ公園のブランコに春花が座っているのを見つけたとき明菜は嬉しかった。殺されたんじゃなかったんだと……でもそれは幻想だった。霊になって彷徨う春花をどうにか助けたかった。



 虐めていた奴らはみんなこの公園に連れてきた。春花ちゃんは彼奴等を連れて行った。私もそろそろかな……。


 明菜は振り返るとゆっくりと微笑んだ……。




 ────その後、明菜の行方は誰も知らない。


        もう……いいかい。



  もういいよ…… もういいよ…… もういいよ……




 あの公園で雨の降る日にこどもたちの小さな足音とともに聞こえてくる声……





 

















 







 


 






 


        

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[良い点] 終盤の『春花の命日なんだから』のくだりから最終まで、読んでいる間悪寒が止まりませんでした、なぜか体の左半分に悪寒が走り抜けました。 こちらの想像する展開を見事に上回る展開になっており読み応…
[良い点] 面白かったです。春花が自分の死に気づいていないから、そのまま成長していて、精神的には高校生なのでしょうか? 結末を知ってから読み返すと、最初の「もういいよ…… もういいよ…… もういいよ……
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