15話:初体験(聖女視点)
キスを求ると、ノアは戸惑った様子を見せた。
その顔に嫌悪が浮かばなかったことに安堵し、胸を撫で下ろす。
少なくとも嫌われてはいないようだ。
ノアはあまり感情表現が豊かでは無いので分かりにくい所はあったが、予想通りであれば好意を持ってくれているだろう。
幾度も微笑みを返してくれたし、物腰は柔らかく、常にこちらを気にかけてくれている。
そこまで理解していながらも不安が消えないのは、それ程までに彼を想っているから。
それでも、今日の機会を逃すつもりはない。
行為に及ぶのが難しいと分かりはしたが、少しでも進展しておきたい所なのだ。
「オリビア。それは必要な事なのか?」
拳を握りしめ、ノアが問う。
彼も緊張しているのだろうか。それとも疑問が浮かんでいるのだろうか。
どちらにしても、と思いオリビアは微笑みを返した。
「必要です。絶対」
「そうか。しかし、俺で良いのだろうか」
怯えるようなノアに愛しさを感じ、同時に胸が高鳴る。
普段は見せることの無い不安げな一面を知る事ができて、自分が彼にとって特別な存在なのだろうと実感する。
心が、歓喜に満たされていく。
「ノアさんが良いんです。嫌ですか?」
「違う、嫌じゃない。ただ、何と言えば良いのか……」
ノアは腕を組んで黙り込んでしまった。
不安に心が焦がれる思いで続く言葉を待つ。
彼は数秒ほど黙り込んだ後、やがて決意を固めた面立ちで言った。
「分かった。だが、抱き締めるというのは……それは、子どもに接する様に優しくか? それとも、もっと強い方が良いか?」
その言葉にオリビアは驚いた。
彼がそういった行為をした事が無いのは理解していたが、まさか異性と抱き合った事も無いとは予想外だ。
彼の初めての相手になれる事に喜びを感じ、気持ちが更に昂る。
優しくか、強くか。そんなものは決まりきっている。
身体も心も激しく彼を求めているのだから。
「強く、お願いします」
改めて口にするのは恥ずかしかったが、それでもオリビアは欲望に忠実だった。
そのまま性行為を行っても良いのに。
そんな想いを胸に秘めて答えると、ノアはゆっくりと近づいて来て、オリビアの身体を引き寄せた。
硬く、温かい。彼の少し汗ばんだ匂いにクラクラする。
鍛え上げられて引き締まったノアの腕に優しく抱かれ、次第に羞恥心が薄れていく。
その代わりに、女としての悦びと生々しい劣情が沸き上がってきていた。
嬉しい。恥ずかしい。でももっと求めて欲しい。
優しいだけでは無く、荒々しく抱かれたい。
彼の鼓動は速く、しかし自分の鼓動も早鐘を打っている。
今感じている心臓の音は、どちらのものなのだろうか。
「オリビア。これで良いだろうか。俺には勝手が分からないが、痛くないか?」
「大丈夫です。今、ノアさんを感じられて嬉しいです」
上手く声が出せず、ノアの腕の中で囁く。
もっと触れたい。その欲求に抗わず、彼の胸板から腹筋までを指でなぞった。
彼女を抱擁する力が少し弛む。
それに合わせて、上目遣いで彼を見上げたると、緊張した様子のノアと目が合った。
期待に瞳が潤んでいるのが分かる。更に身体が熱くなり、芯が疼く。
そして彼はオリビアが望んだ通りにゆっくり顔を近付けて来て、優しく、彼女の唇にそっとキスをした。
感情が溢れてしまい、涙が零れそうになる。
このまま押し倒して荒々しく求めて欲しい。
だが彼は決して手荒な真似はせずに、あくまでも優しくキスをするだけだった。
数秒か、数時間か。
段々と高まる期待感、興奮、欲情。
自分でも発情を抑えることが出来ず、つい身悶えしてしまう。
そしてやがて感情が臨界点を超えた。
不意に腰が抜け、すとんと床に座り込んでしまう。
その事に慌てたノアが屈み込み、彼女の顔を覗き込んできた。
「オリビア⁉ 大丈夫か⁉」
明らかな心配と仄かな愛情を感じる声。
甘く切なく、胸が締め付けられるほどの愛おしさが込み上げてくる。
たくさんの感情に押し潰され心が破裂しそうだ。
それでもまだ、求めてしまう。
「腰が抜けてしまいました……ベッドで続きをお願い出来ますか?」
「分かった。だが、大丈夫なのか?」
優しく労ってくれる、そんな些細な事からでも気遣いを感じる。
しかし、愛しい彼の低く甘い声に身体が悦び、更にノアが欲しくなってしまった。
魔力供給事態はもう十分だ。
後は眠ってしまえば明日の朝には回復しているだろう。
けれど。心がまだ満たされていない。
この程度では満たされるはずも無い。
「まだ足りないので……お願いします」
「そうか」
ノアは短く告げて彼女を横向きに抱えあげると、そのままベッドへと向かった。
静かにベッドに横たわらせてくれて、オリビアはふぅ、と一息吐く。
ドキドキする。未だかつて無い程に。
愛する人とのキスがこんなに凄いだなんて思いもしなかった。
唇に残る感触を惜しみ、再びノアを招く。
「大丈夫です。来てください」
その言葉に、ノアはベッドの上に腰掛け、再度顔を寄せて来た。
覆い被さるようにしてオリビアを捕え、優しくキスをする。
彼に少しでも触れていたくて、自然とノアの大きな手を掴み、指を絡ませた。
力の入らないオリビアの代わりと言わんばかりに、優しくぎゅうっと握り返してくれて、頭の中とヘソの下が熱く火照っていくのを感じる。
どくんどくんと身体の中を血が巡り、ノアの魔力がゆっくりと自分の中に流れて来る。
オリビアの身体がノア自身で満たされて行く。
まるで一つに溶け合っているかのような感覚に、くらりと頭が蕩けてしまう。
身体の奥底に注ぎ込まれる魔力の温かみは、まるで彼自身を胎内に突き入れられているようだ。
ノアに愛されている。
その事を実感し、興奮と幸福感が絶頂を迎えた瞬間、オリビアは意識を手放した。
視界が暗転する寸前に彼が自分の名を読んだ気がして、彼女は満足感から微かに微笑みを浮かべていた。